インテリビレッジの座敷童

第一章 陣内忍の場合 ⑥

 ちゆうちよしている暇はねえ。

 危険を承知で開けた河原へと突っ込んでいく。


「それできちんと成功してりゃ、りようじゆうなんか持ち出す必要もねえよな。となると、その『資産運用』ってのに失敗して、本来渡すべき資産を削り取っちまったってのか?」

『いいや、そもそも連中は預かった資産を目的の人物へ渡すつもりがないの。正式に譲渡された資産を、そのまま自分の物にしてしまう』

「ただの集団じゃねえか!!」

『その通り。そして動かす額は一回の事件で数億から数十億に達する。不都合があったら、人間一人が消えてもおかしくない大金よね』


 丸まった石が敷き詰められた河原を走り、小川へ足を突っ込む。予想より流れが速い。足を取られねえように気をつけながら、ひたすらに前へ進む。

 来るな。

 来るな。

 来るな。

 ここを渡り切る前に猟銃持った悪徳弁護士集団が木々から顔をのぞかせたら、そのまま背中をち抜かれるのはほぼ確実だ。


「連中に人を殺しかねない理由があるのは分かった。でも、何で俺なんだ!? 連中の不正の証拠をつかんだとか致命的な場面に出くわした訳じゃねえぞ!!」


 あの『サナトリウム』で遺産相続エージェントの連中が行き来しているのは見たが、あの時何かまずいものでもあったのか? いいや、思いつかねえ。猟銃使って排除して死体もどこかに隠しましょうだなんて、そこまでやられるような何かを見たとはとても考えられねえ。


「待てよ。待て!!」

『なーに?』

「それがどうつながっているんだ?」


 ごぼごぼと靴に入り込んでくる水が気持ち悪い。こんなものに一リットル三〇〇円の値をつけている都会の連中が信じられねえ。それでもとにかく進む。小川を渡り切り、丸く削り取られた石の上を走る。


「アンタ雪女がヤバいとかって言ってたよな? それがこの遺産相続エージェントの連中とどう繋がっているってんだ!?」

「っ!?」


 背後、清流をへだてた向こうのしげみがガサリと音を立てる。

 ほぼ同時に、俺は河原を通り抜けて森の木々のすきへと飛び込む。

 耳というより腹に響くじゆうせいと共に、周囲の野鳥が一斉に飛び立つ。

 間一髪だった。

 だが次がある訳でもない。

 川越えでやはりペースを落とし過ぎた。何とか茂みの中に隠れる事はできたが、距離が近い。しやへいになる木々の密度が低過ぎる。

 鉛弾が、届く。

 しかし勝算はつかんだ。

 県や街の境を思い浮かべてもらえば分かりやすい。昔っから、川というのは土地を区切るラインとして使われる事が多い。

 それがたとえ個人所有の土地であったとしても。

 そして。

 ブドウ一房三万円の超高級農地インテリビレッジでは、そうした作物を守るためのセキュリティ網には事欠かねえ。

 片手を上げるだけで良かった。

 赤外線センサーに引っかかった直後、それは起きた。


 行く手をはばむように、横一線に持ち上がる。

 高圧電流を流したワイヤー製の防犯ネット。


 おそらくがいじゆうせつとうの双方を防止するためのものだろう。けものならそのまま突っ込んで丸焼き、人間なら危機をいだいて後ずさる。

 その『人間』を逃がさないようにするためか、俺の後方……河原に向かう方でも高圧電流ネットの壁が持ち上がった。これで俺はネットの壁にはさまれた状態になる。

 周囲に設置されたスピーカーに、ブツッというノイズと共に電源が入る。

 おそらく一定時間『丸焼き』がなかった場合は、相手を人間と判断して自動音声を流す仕組みになってんだろう。


『これより先はなか農園が保有するみかん園になります。許可なき者の立ち入りは禁止されています。警備の者が至急派遣されますが、到着前に高圧電流の被害に遭われた場合、田中農園に一切の責任を負う義務は生じません。繰り返します……』


 しげみをかき分ける音が聞こえた。

 りようじゆうを持ったスーツの男が顔をのぞかせる。

 しかし彼もアナウンスは耳にしている。遠からず無関係な警備の人間とはちわせになる事は分かっているはずだ。ここで仕留める事ができても死体を回収、こんせきを処理するだけの時間がなければ犯行を完了させられねえ。

 にらみ合ったのは数秒間だった。

 やがて、スーツの男はりようじゆうの銃口をこちらに向けながら、ゆっくりと後ろに下がる。それから舌打ちすると、彼は一気に逃走の構えに入った。

 高圧電流のネットにはさまれたせいか、携帯電話の通話は切れていた。

 誰もいなくなった山の中で救助を待ちながら、俺は小さくつぶやく。


「……『パッケージ』か」


    7


 全体的にこぢんまりとしたばあちゃんが持ってきてくれたおはぎを口いっぱいにほおりながら、真っ赤な浴衣ゆかたしきわらしは言う。


ふぉふぁふぁふぇふぁふぉ

「どこまで腹ペコキャラなんだテメェ。あと人の話はに聞くように」

「どうして人はになんて引っかかるのかね」


 まるでようかいは絶対に引っかからないみたいな調子で座敷童は言って、次のお萩を口に運ぶ。寝転がったまま食べるな行儀悪りいな。


「自分のお金をいつときでも完全に他人の手にゆだねるだなんて、ちょっと考えてみれば危ないのは丸分かりなのに。あげたお金はやっぱり返してって言えないのよ」

「理想的な詐欺の手口ってのは、絶対に誰にも怪しまれない精密な方法じゃない。たとえ怪しいって分かっていても、れいごとなんだよ。その輝いている部分が冷静な判断力をくもらせる」

「賢く勝ち組になりませんかとか?」

「選ばれたあなただけに教えますとか」


 俺の言葉に、座敷童はみようようえんみを浮かべ、


「その判断力をくもらせる魅力的な要因っていうのが、自分の家族へ順当に遺産を渡したくないという思いだとはね」


 それに関しちゃ確かに後味が悪いが、何で俺が人間の悪意代表みたいな感じで皮肉げな視線にさらされなくちゃならねえんだ。


「ただ、ここまでなら単なる師集団だ」

「『サナトリウム』のまどがスラスラ説明していたって事は、手口の方も、もうバレかかっているって感じだったしね。後は証拠を固める段階といったところかな」

「だが、気になるのが惑歌の言っていた雪女だ。そいつを目撃された事が、今回のりようじゆう襲撃にまで発展したって事は、遺産相続エージェントの連中にとってその雪女が重要なファクターになっていると推測できる。となると……」

「『パッケージ』の疑惑が出てきたという訳ね」


    8


 なか農園の主人と名乗る中年のオッサンに、電気どうの軽トラでふもと屋まで送ってもらうと、俺はそこから携帯電話でもう一度『サナトリウム』の惑歌へ電話を掛けた。


『あっはー。いきなり通話切れたから死んだかと思ったゾ♪』

「キャラがブレまくるほど喜んでもらえて何より。後でしりたたくから覚悟せよ」

しのぶクンもキャラブレてない? んで用事はまだあるの?』

「遺産相続エージェント」


 俺は早口で言う。


「雪女とからめて連想してたって事は、『サナトリウム』でも何かあったんだろ。話せよ」

『んー? 明確にんでたって証拠はないんだけどね』


 惑歌はあっさりと答える。


『前に、ある病室に入った利用客は絶対に死ぬって話をしたじゃない?』

「まあ」

『あれ、。厳密には、いくつかの説があってどれが正しいか分からない状態だった』

「でも、そんなウワサが立つって事は、それなりにみような現象が起きてはいたんだろ。それも、雪女絡みかと思うような何かが」