ヘヴィーオブジェクト

第一章 ガリバーを縛る雑兵達  〉〉アラスカ極寒環境雪上戦 ⑨

 その言葉を頭に浮かべながら、ついクウェンサーはこうたずねていた。


「フローレイティアさんは、負けた事ってありますか?」

「それはあるよ」


 肉を食べてはビールが欲しそうな顔になるフローレイティアは、あっさりと肯定した。


えんかくしている最中に三回、自分がちゆうりゆうしている部隊が負けたのは一回。いやぁ、さんざんだったよ。敗走そのものより、本国に帰った後のかざたりがね。国家規模の戦術兵器であるオブジェクトを失ったんだから仕方のない話だけど」

「えー? 戦争の代名詞ってオブジェクトでしょ。向こうにオブジェクトぶっこわされたらどうすんですか。普通の戦車とか戦闘機でどうにかできるとは思えないんですけど」


 ヘイヴィアがきようしんしんという感じで言うと、フローレイティアはケロリとした顔でこう答えた。


「簡単よ。『しろはた』を上げれば良いの」

「は?」

「今時の戦争なんてのは総力戦なんかじゃないからね。片方のオブジェクトが壊れた時点で勝敗は決まるし、無力な歩兵部隊についげきするほど勝者は暇じゃないの。別にそういう条約が正式にていけつされてるわけじゃないけど、こんなのは口に出すまでもない基本事項ってヤツね。部隊をすみやかにてつしゆうして、りようを明け渡してしまえば『どろぬま』になる事はないっていうのがセオリーよ」


 ポカンとした顔の新米二人を見て、フローレイティアはくつたくのないみを浮かべた。


「ははっ、驚くのも無理はないよね。訓練の時には緊張感をがないように、そういうゆるいセオリーについては話さないものだし。しかしまぁ、私の体を見ろ。少年兵として一三歳の頃から従軍しているが、ふるきずの一つもないのよ。オブジェクトはけいひとにを増やさないよう、全兵力をかくさんさせず一ヶ所に結集させた、クリーンな超大型兵器なの。私のれいはだはそのおんけいである『安全な戦場』のしようってヤツよ」


 フローレイティアはハシを小さくくるくると回し、


「知っている? この部隊から兵士がリタイヤしていく一番の理由は、敵とのじゆうげきせんたおれる事でもうっかりらいを踏む事でもないの。……ベースゾーン内での男女間のいざこざよ。いまどきの戦場ってのは、じゆうだんよりもいろこいの方が恐ろしいらしい。いかにここが安全か分かるよね?」


 いつしゆん納得しかけたクウェンサーだが、そこでふと疑問が浮かんだ。


「あれ? でもフローレイティアさん、昼間は太平洋で友軍のオブジェクトに命令を出して敵のきよてんを直接ほうげきさせていたような……」

「良い着眼点ねクウェンサー。あれは正規軍同士の『戦争』じゃないの。ゲリラやテロリストなどに対する攻撃作戦はちんあつ『活動』にあたるから、そういうセオリーは持ち出されないのよ。戦争条約で禁止されているけんじゆうとくしゆだんとうを警察が普通に使っているようなものね。……良いか、覚えておけよ。これがオブジェクトの効率的な運用プランなの。大国のメカニズムは、対抗勢力を上手じようずはいするこうそなえているわけよ」


 話題がきな臭くなり、飯がくなりそうだったので、クウェンサーは話題を変えようとする。オブジェクト以外の話のタネとなれば、やはりバーベキューの食材しかないだろう。

 クウェンサーは夕飯の主役である鹿しかの肉をながめ、それからものかくとくしてきたヘイヴィアの顔を見た。


「……それにしても、やっぱり軍人って自力でしよくりようを得る訓練とかも積んでるの? こっちは三時間ねばっても、シャケを一匹れるかどうかだったのに」

「近頃のライフルってのは光学スコープだけじゃなくて、赤外線カメラとかさくてきマイクとかとうさいして、いろんな角度からひようてきの足取りを追えるようになってんだよ。俺だって釣り竿ざお一本で大自然に立ち向かったらボウズになんだろ」


 戦争はオブジェクトの仕事だから、丸っきり税金のづかいだがな、とヘイヴィアは付け加える。フローレイティアの方もようにハシを動かしながら、


「食糧なんてベースゾーンと補給路がやられない限り、本国からいくらでも回ってくるからね。そして、オブジェクトがいる限り基地がやられる事はないの。動物のかたなんて、私が新兵だった頃にも習ったか習わなかったか、ぐらいのものよ。少なくとも、お前みたいな工兵なんぞに必要なスキルじゃないの」

「工兵……ですか。なんか、そういう響きはいまだに慣れませんね」

「一応、ベースゾーンの運営は国の税金で回っているからね。ブラブラしてる学者の卵にも、なんか仕事を与えないと政治家さん達の票に響くんだとさ。『本国』の方じゃ、これからひよういん選挙のきようだし……現職のフライド評議員とかピリピリしているのよこれが」


 工兵にも色々あるが、クウェンサー達が話題にしているのはばくやくを使う兵士の事だ。と言っても兵士を殺すためのプロフェッショナルではなく、橋を爆破して敵の進路をったり、じやな岩を吹き飛ばして自軍の進路を築いたり、といった事をする。

 変な知識ばかり豊富で、ろくに人をつ度胸もない学生には、そういう役職が適任らしい。えいせいへいというコースもあるにはあるが、クウェンサーの専攻は機械であって、生き物関係はそれほどくわしくない。


「といっても、ウチの基地は基地構成車両主体の車両団だからハンドル操作だけで陣地構築できるし、超大型兵器のオブジェクトもひかえているから、ほとんど工兵としての仕事はないんですけどね」

「それは工兵だけじゃないね。ベースゾーンの連中みんなそんな感じよ」


 フローレイティアは数少ないシャケの身にハシを伸ばしつつ、


「くそっ、世の中は平和よね。おかげでじゆうびるしえいようでニキビができそう」

「そっすよね。オブジェクトさえいりゃ俺らはあんたい。俺は三年も基地にめてりゃ『貴族』の道が待ってるし、クウェンサーの野郎は『安全国』に帰っておえらい学者様の仲間入りだ」


 バンバン、とれ馴れしくクウェンサーの肩をたたきながら、ヘイヴィアは笑った。

 フローレイティアは『うらやましいガキどもね』とてたが、その顔にはしつの色などはまつたくなかった。おそらく、軍人として出世してかたくるしい政治ポストにくよりも、この安全な戦場が気に入っているのだろう。

 そうだよな、とクウェンサーも思う。


「……オブジェクトがあれば、俺達みたいな平和ボケでも戦争できるよな」


 この時のクウェンサーの言葉は、まさに世界の真理をいていただろう。

 そう。

 オブジェクトさえあれば。


    8


 一日後、彼らは知る。

 自軍のオブジェクトを敵軍のオブジェクトにかいされてしまった場合、すっかり平和ボケした軍人達にどんな地獄がおとずれるかを。

 フローレイティアは、負けたらしろはたを上げればおしまいだとだんげんしていた。

 だが、彼女は同時にこうも言っていたのだ。

 別に、正式にそういう条約がていけつされているわけじゃないが、と。

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