ヘヴィーオブジェクト

第一章 ガリバーを縛る雑兵達  〉〉アラスカ極寒環境雪上戦 ⑧

(人命救助だな場面だ俺の失敗だ俺がばんかいしなくちゃいけないはずだでも女の子のおっぱいだぜいやいやそれどころじゃないシリアスに行こう早くしないと命の危機だそうだ助けるんだこのお姫様のためにできる事をやるんだおっぱい!!)

「おおおおおおおおおおっ!!」


 ついにけつしたクウェンサー、これ以上ゴチャゴチャ考えてかくにぶるのをけるため、全力で少女の胸につかみかかろうとして、


「ひ……っ!?」


 お姫様の小動物ライクな短い悲鳴に、思わずとどまる。

 いかんいかん。

 今、ベルトじゃなくて乳の方にロックオンしていなかったか?

 ともあれ、少女がていそうの危機を感じるほどのこうふんづらで乳をわし掴みするわけにもいかない。ならばどうする? どうすれば少女をけがす事なく助ける事ができるのだ!!


「きっ、きんきゅうしゅだん……」


 いよいよ顔が青ざめてきたお姫様は、ややせつまった調子でこう言ってきた。


「どうした? なんか打開策があるのか!?」

「あるにはあるけど」


 言いながら、少女は座席の下の方にかくされていたボタンを、小さな指先で触れた。


 直後、少女の座る座席がばくはつした。


 彼女をいましめていたH字のベルトが自動的に切断され、がらな体がちゆうたかくへ舞い上げられる。しかしクウェンサーにそれをながめている余裕はなかった。圧縮空気のかたまりに体をたたかれ、数メートルもばされたからだ。

 ゴロリと連絡通路の上にころがると、視界のすみに白くて大きな花が見えた。

 緊急脱出用のパラシュートだ。

 本来はコックピットからがいそうまで高速エレベーターで出て、そこからさらに座席そのものが空中に飛び出し、最後にスーツにそなわった圧縮空気のしやしゆつこうが三段階で機能するはずだったのだが、今回は最後のヤツだけを作動させ、てんじよう近くまで飛び上がったのだろう。

 確かに脱出装置はえんわるすぎる。

 心の中でつぶやくと同時に、クウェンサーの耳にこんな声が届いた。


「これ、生まれてはじめて使ったな」


    7


 にちぼつになったらご飯の時間だ。

 クウェンサーは食堂には向かわず、雪のちらつく外へと飛び出した。今夜はバーベキューなのだ。鹿しかつかまえてきたヘイヴィアはもちろん、大変部下想いな上官のフローレイティア様まで付き合ってくださるつもりらしい。

 ……どいつもこいつも、超大型兵器オブジェクトまかせの戦争には退屈しているらしい。八〇〇人近い兵士に声をかければ全員ついてきそうなふんだが、フローレイティア様は三人だけの機密事項にしておきたいらしい。肉の量には限りがあるからだ。

 そんなわけで、今夜のバーベキューは三人でもよおされた。

 会場は整備基地ベースゾーンのしきない

 ベースゾーンはたくさんの大型の基地構成車両の集合体だが、彼らは四方をブロック状の施設に囲まれた、最も冬風の流れてこない場所へこっそりと集合し、の上に鉄板をかけていた。

 一足先にだねを用意して暖を取っていた上官のフローレイティアは(実は一番晩飯を楽しみにしていたんじゃないだろうか?)、鉄板下の炎に両手をかざしながら、


「やっぱり暖を取っていても、じわじわと寒さが体にんでくるのね。早くあぶらっこい肉を食べて体の中から温まりたいよ」


 クウェンサーはフローレイティアの足元をチラリと見て、


「ストッキングって、なまあしよりも温かいものなんじゃないんですか?」

「何なら頭からかぶってみるクウェンサー? こんなものは身だしなみよ。気休め程度にしかならないね。お前は防寒グッズとして靴下を選んでいるの?」


 年中ズボンのお前達がうらやましいな、とタイトスカートのフローレイティアはつぶやくと、今度はヘイヴィアへ話しかける。


「ご苦労さんヘイヴィア。お前のおかげでかつそうはいつでも離発着できるようになったよ。航空部隊のSTOLの連中もお前に感謝しているはずね」

「へへっ。いやぁ、大した事ないっすよ」

「まぁ実際、航空部隊の連中なんて必要ないんだけど。どうせびんしようせいとステルス性を追求した結果、みずから武装を解除するようなこしどもだしね。敵に『武力を保有しているからげきついの必要がある』と思われるのが怖いんだとさ。いけしゃあしゃあとていさつせんもんの部隊を気取ってはいるが、実際、敵軍オブジェクトの情報はほぼすべてお姫様が実際に戦って体当たりで持ち帰ってきているような状態だからね」

「くそっ!! な事をしてたと薄々分かっちゃいたが、他人の口から言われると改めてムカつくなオイ!! そもそもこの調子じゃ一晩明けたらまた雪にまってそうだし!!」

「ま、がくさんようレーザーがばくげきとうさいされ始めた頃から戦闘機の時代は下り坂だったしね。……あれはユニットが大きすぎてがらな戦闘機には積めなかったから。『光』の登場で、音速で飛べるかどうかなんてどうでも良くなったって事さ。そこに来てオブジェクトの登場よ。レーザーだって各種方式せいぞろいだしね。連射、乱射も思いのまま。これで戦えっていうのはちやよ。今時の航空部隊にできる事なんて、『安全国』からピザを冷めずに届ける事ぐらいじゃないの?」

「……おい、七〇〇メートルだぞ。短距離滑走路とはいえ、俺は一人で七〇〇メートル雪かきしたんだぞ……ッ!!」


 わなわなふるえるヘイヴィアから見えない位置でこっそり舌を出すフローレイティア。彼女は普段多くの部下に指示を出す時よりもくだけた調子でクウェンサーに言う。


「そう言えば、ベースゾーンの外でお姫様と話していたって?」


 最前線の兵士にあるまじき、小指の爪の先までていねいにマニキュアをったぼうの上官は、そんな事をたずねてくる。隊の命令をボイコットした事よりも、むしろそちらの方が重要であるかのような口ぶりだった。


「えーっと、やっぱ問題ありました? 整備場の方じゃときおり話はしてたんで、おんなじようなノリで対応してたんですけど、立場を考えるべきでしたか」

「良いんじゃない? えいせいはんの連中は万に一つも体調をくずさないようにとか何とか言って、私達以上にいレーションを食わせているみたいだけど……正直、あんな状態じゃ栄養面より前にストレスでやられてしまいそうよね」

「エリートのお姫様には、専用のらくとうが用意されてっとかって話じゃなかったでしたっけ? デジタル化されたヒーリング効果がある設備とかまんさいの」


 ヘイヴィアは明らかに使い慣れていない敬語でそんな事を言う。

 フローレイティアはジュージュー焼けた鹿しかの肉を、和風マニアらしいハシでつまみながら、


「あんなもの、金ばっかりかかって使い物にならないのよ。お前は学校の先生から配られる教材なんかで夢中に遊べるの? 実際、お姫様は一回ふらりと立ち寄ったっきり、それからまつたくやってきていないそうよ」

「そういうものですかね」


 クウェンサーは昼間の会話を思い出しながら、適当に言葉を返す。

 そもそも、あの少女は何をすれば笑うのやら、それさえ見当もつかない。

 今度は勝てないかもしれない、ときつな事を言っていた少女。


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