(人命救助だ真面目な場面だ俺の失敗だ俺が挽回しなくちゃいけないはずだでも女の子のおっぱいだぜいやいやそれどころじゃないシリアスに行こう早くしないと命の危機だそうだ助けるんだこのお姫様のためにできる事をやるんだおっぱい!!)
「おおおおおおおおおおっ!!」
ついに意を決したクウェンサー、これ以上ゴチャゴチャ考えて覚悟が鈍るのを避けるため、全力で少女の胸に掴みかかろうとして、
「ひ……っ!?」
お姫様の小動物ライクな短い悲鳴に、思わず踏み止まる。
いかんいかん。
今、ベルトじゃなくて乳の方にロックオンしていなかったか?
ともあれ、少女が貞操の危機を感じるほどの興奮面で乳を鷲掴みする訳にもいかない。ならばどうする? どうすれば少女を汚す事なく助ける事ができるのだ!!
「きっ、きんきゅうしゅだん……」
いよいよ顔が青ざめてきたお姫様は、やや切羽詰まった調子でこう言ってきた。
「どうした? なんか打開策があるのか!?」
「あるにはあるけど」
言いながら、少女は座席の下の方に隠されていたボタンを、小さな指先で触れた。
直後、少女の座る座席が爆発した。
彼女を戒めていたH字のベルトが自動的に切断され、小柄な体が宙高くへ舞い上げられる。しかしクウェンサーにそれを眺めている余裕はなかった。圧縮空気の塊に体を叩かれ、数メートルも吹き飛ばされたからだ。
ゴロリと連絡通路の上に転がると、視界の隅に白くて大きな花が見えた。
緊急脱出用のパラシュートだ。
本来はコックピットから外装まで高速エレベーターで出て、そこからさらに座席そのものが空中に飛び出し、最後にスーツに備わった圧縮空気の射出機構が三段階で機能するはずだったのだが、今回は最後のヤツだけを作動させ、天井近くまで飛び上がったのだろう。
確かに脱出装置は縁起が悪すぎる。
心の中で呟くと同時に、クウェンサーの耳にこんな声が届いた。
「これ、生まれてはじめて使ったな」
7
日没になったらご飯の時間だ。
クウェンサーは食堂には向かわず、雪のちらつく外へと飛び出した。今夜はバーベキューなのだ。鹿を捕まえてきたヘイヴィアはもちろん、大変部下想いな上官のフローレイティア様まで付き合ってくださるつもりらしい。
……どいつもこいつも、超大型兵器オブジェクト任せの戦争には退屈しているらしい。八〇〇人近い兵士に声をかければ全員ついてきそうな雰囲気だが、フローレイティア様は三人だけの機密事項にしておきたいらしい。肉の量には限りがあるからだ。
そんな訳で、今夜のバーベキューは三人で催された。
会場は整備基地ベースゾーンの敷地内。
ベースゾーンはたくさんの大型の基地構成車両の集合体だが、彼らは四方をブロック状の施設に囲まれた、最も冬風の流れてこない場所へこっそりと集合し、焚き火の上に鉄板をかけていた。
一足先に火種を用意して暖を取っていた上官のフローレイティアは(実は一番晩飯を楽しみにしていたんじゃないだろうか?)、鉄板下の炎に両手をかざしながら、
「やっぱり暖を取っていても、じわじわと寒さが体に染み込んでくるのね。早く脂っこい肉を食べて体の中から温まりたいよ」
クウェンサーはフローレイティアの足元をチラリと見て、
「ストッキングって、生足よりも温かいものなんじゃないんですか?」
「何なら頭から被ってみるクウェンサー? こんなものは身だしなみよ。気休め程度にしかならないね。お前は防寒グッズとして靴下を選んでいるの?」
年中ズボンのお前達が羨ましいな、とタイトスカートのフローレイティアは呟くと、今度はヘイヴィアへ話しかける。
「ご苦労さんヘイヴィア。お前のおかげで滑走路はいつでも離発着できるようになったよ。航空部隊のSTOLの連中もお前に感謝しているはずね」
「へへっ。いやぁ、大した事ないっすよ」
「まぁ実際、航空部隊の連中なんて必要ないんだけど。どうせ敏捷性とステルス性を追求した結果、自ら武装を解除するような腰抜け共だしね。敵に『武力を保有しているから撃墜の必要がある』と思われるのが怖いんだとさ。いけしゃあしゃあと偵察専門の部隊を気取ってはいるが、実際、敵軍オブジェクトの情報はほぼ全てお姫様が実際に戦って体当たりで持ち帰ってきているような状態だからね」
「くそっ!! 無駄な事をしてたと薄々分かっちゃいたが、他人の口から言われると改めてムカつくなオイ!! そもそもこの調子じゃ一晩明けたらまた雪に埋まってそうだし!!」
「ま、化学酸素沃素レーザーが爆撃機に搭載され始めた頃から戦闘機の時代は下り坂だったしね。……あれはユニットが大きすぎて小柄な戦闘機には積めなかったから。『光』の登場で、音速で飛べるかどうかなんてどうでも良くなったって事さ。そこに来てオブジェクトの登場よ。レーザーだって各種方式勢揃いだしね。連射、乱射も思いのまま。これで戦えっていうのは無茶よ。今時の航空部隊にできる事なんて、『安全国』からピザを冷めずに届ける事ぐらいじゃないの?」
「……おい、七〇〇メートルだぞ。短距離滑走路とはいえ、俺は一人で七〇〇メートル雪かきしたんだぞ……ッ!!」
わなわな震えるヘイヴィアから見えない位置でこっそり舌を出すフローレイティア。彼女は普段多くの部下に指示を出す時よりもくだけた調子でクウェンサーに言う。
「そう言えば、ベースゾーンの外でお姫様と話していたって?」
最前線の兵士にあるまじき、小指の爪の先まで丁寧にマニキュアを塗った美貌の上官は、そんな事を尋ねてくる。隊の命令をボイコットした事よりも、むしろそちらの方が重要であるかのような口ぶりだった。
「えーっと、やっぱ問題ありました? 整備場の方じゃ時折話はしてたんで、おんなじようなノリで対応してたんですけど、立場を考えるべきでしたか」
「良いんじゃない? 衛生班の連中は万に一つも体調を崩さないようにとか何とか言って、私達以上に不味いレーションを食わせているみたいだけど……正直、あんな状態じゃ栄養面より前にストレスでやられてしまいそうよね」
「エリートのお姫様には、専用の娯楽棟が用意されてっとかって話じゃなかったでしたっけ? デジタル化されたヒーリング効果がある設備とか満載の」
ヘイヴィアは明らかに使い慣れていない敬語でそんな事を言う。
フローレイティアはジュージュー焼けた鹿の肉を、和風マニアらしいハシで摘みながら、
「あんなもの、金ばっかりかかって使い物にならないのよ。お前は学校の先生から配られる教材なんかで夢中に遊べるの? 実際、お姫様は一回ふらりと立ち寄ったっきり、それから全くやってきていないそうよ」
「そういうものですかね」
クウェンサーは昼間の会話を思い出しながら、適当に言葉を返す。
そもそも、あの少女は何をすれば笑うのやら、それさえ見当もつかない。
今度は勝てないかもしれない、と不吉な事を言っていた少女。