ヘヴィーオブジェクト

第一章 ガリバーを縛る雑兵達  〉〉アラスカ極寒環境雪上戦 ⑦

ほう。そこらの新人の卵にいきなりオブジェクトを全部組み立てる仕事なんぞ回ってくるものか。そりゃ『将来の夢は億万長者です』っていうのと同じじゃぞ。ばくぜんとしすぎておる。普通、小僧ぐらいの学生ならごろなレプリカント方面を勉強してぐんじゆさんぎように売り込みをかけて、そこからより複雑な技術を学ぼうとするもんじゃないのかね?」

「いやぁ、レプリカントはにがなんですよねえ」


 と、何かを思い浮かべたのか、クウェンサーはちょっといやそうな顔になった。


「あれって動物や昆虫の動きをもとに、新しいマシンの動かし方を考案する学問でしょ? 俺、クモとかゴキブリとかにがなんで。……まぁ、虫の観察日記なんだから、研究にかる費用が安く済むのは認めますけど」

けじゃのう。基本をおろそかにすると後で泣くのはぞうじゃぞ」

「だから、そういうめんどうなのをやらずにり早く基本を学ぶために、スタンダードな性能を持つお姫様のオブジェクトの所へけんりゆうがくの希望を出したんですよ」

「『本国』のじゆうちん達が、何のために方々の主要都市に動物園や昆虫博物館を建てさせていると思っておる。将来性のある若者達にオブジェクト設計のインスピレーションを提供するために血税をいておるというのに」


 ふう、とため息をく婆さん。

 そこでクウェンサーはコックピットにつながるトンネル状のルートの出入り口の方へ目をやった。


「将来性のある若者って言えば、そろそろそうじゆう……エリートの選抜スカウトの時期でしたっけ? 『安全国』の学校にいた頃は、黒服の役人が校舎のまわりをウロウロしていましたけど」

「年に四回も行う必要があるのかのう。どうせ今回も『がいとうしやなし』じゃろ」

「エリートって『エレメント』とかいう適合条件があるんでしょ。あれって何なんですか?」

「……『オブジェクトそうじゆうになるための条件』の総称じゃよ」


 と、ばあさんはそこで携帯端末をあやつる指先を止めた。

 その口調が、これまでのけんばなしよりもじやつかん温度が下がる。


「とは言っても、別に特殊装置を操るためのエスパー能力とかいうわけじゃない。ま、芸術性みたいな『しつの卵』もあるのは確かじゃがね。しかしまぁ、エリートは電気刺激や暗示を使ってでも、てつていてきに『当たり前の才能』をみがく軍事プロジェクトじゃからな。その育成に当たって、最大の障害となるのは資金でも設備でもなく、人権じゃよ」

「それって……」

「該当者の人権を完全に無視してもどこからももんが来ず、なおかつ開発されたエリート自身も、胸の内はどうあれ国家のおもわく通りに戦ってくれる。そういう条件に適合する人物というのは意外に少ない。……手塩にかけて育てたエリートを最強の兵器であるオブジェクトに乗せたたん、『本国』にしゆほうを向けるようになってしまっても大問題じゃからな」


 あの子には話すなよ、と婆さんは小声で付け加える。

 その時、グイーンという機械の作動音が二人の耳を打った。

 コックピット用のエレベーターを使って、トンネルのようなルートから座席が飛び出してきた。そこに座っているのは、H字のベルトで上半身を固定させたエリートのお姫様だ。


「やっと来たね。おねぼうさん」

「返す言葉もございません」

「ほれ、ぞうの仕事じゃ。きんきゆうようの脱出装置の整備でもやっとくれ。えんわるいっつってだれもやろうとせんからな」


 いつの世も、半人前にまかされる仕事なんてそんなものである。縁起が悪くて役にも立たない仕事をこなしながら、横目でプロの技をぬすんでいく訳だ。

 少女の座っているの後部へ回り込み、工具を動かしながらクウェンサーはたずねた。


「そう言えば、オブジェクトが白一色なのってゲンかつぎなんですか? それともストレートに雪原用のめいさいとか?」

「さいしょはきちんとかんきょうに合わせて、めいさいしていたんだけど」

てんてき知らずのひやくじゆうの王は身をかくす必要もあるまい。ペンキ代のという事で、今じゃ白一色なんじゃよ。……そもそも、五〇メートル級の巨体じゃしな」

「へえ。それこそさっきのレプリカントの話じゃないけど、きようぼうな動物や昆虫のようを参考にして、敵にあつかんを与えるプロジェクトがあったとかってウワサありませんでしたっけ?」

「後はギアチェンジによって、金属をこすいやな音をえんえんと響かせるあくしゆなモードを追加する計画もあったがね。いずれもとんした」

「?」

「オブジェクトをながめるのは敵軍だけじゃないからの。味方の士気までいだら意味がないし、『安全国』のパレードで悪趣味なオブジェクトを国民に見せるわけにもいかんじゃろ」


 そんなもんですかね、とクウェンサーは適当にあいづちを打って、


「じゃあてんじようからぶら下がったロープにくくりつけてあるレイピアは?」

「あれは単なる『伝統まじない』じゃ」

「ひっしょうひっさつのね」


 そんな言葉を聞きながら、クウェンサーはレンチを動かし続ける。

 カチッという小さな音がした。

 と、さらにおまじないについて語ろうとしていた少女の首が、ぐらりとれた。『?』と脱出装置の調整を行っていたクウェンサーは、座席の後ろから少女の後頭部をながめていたのだが、


「くるしい」

「あっ、くそ! 鹿もん、ベルトの調整を勝手にいじるな!! 姫さんまっとるじゃろうが!!」

「あれ!? なんかまずい事になってる!?」

「くるしい」


 少女はもう一度同じ事を繰り返す。クウェンサーはあわてて工具をつかなおすが、そもそもどこがどう影響してベルトの方にかんしようしたのかが分からない。

 ばあさんは婆さんで作業用の小さなエレベーターに走りながら、


「ええい、刃物をさがしてくる!! ぞうは力仕事じゃ! わしもどってくるまで姫さんがちつそくせんよう、両手でベルトを引っ張ってすきを空けておけ!!」


 あわわとうろたえている内に婆さんは階下へ行ってしまう。

 クウェンサーは急いで座席の前面に回り込み、


「すっ、すまない!!」

「気にしてないから、なんとかして」

「おう!!」


 クウェンサーは婆さんの指示通りに、とにかくベルトを手前に引っ張って、少女が窒息するのを防ごうとしたが。


 ……なんか、H字のベルトは少女の胸を強調するようにみっちり食い込んでいる。


 ええと、とクウェンサーの指先がわずかにこうちよくした。

 ベルトをつかんで手前に引くためにはフック状にした指をもぐらせて裏側にけなくてはいけない訳で、そうすると食い込んでいる少女のふくらみに触れなくてはならない訳で、というかスレンダーな幼児体型かと思ったら意外に『ある』かも……などとに思考を高速回転させるクウェンサーの耳に、お姫様のか細い声が届く。


「……死んじゃう」

「ッ!?」


 そうなのだ。ためらっている場合ではないのだ。



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