「阿呆。そこらの新人の卵にいきなりオブジェクトを全部組み立てる仕事なんぞ回ってくるものか。そりゃ『将来の夢は億万長者です』っていうのと同じじゃぞ。漠然としすぎておる。普通、小僧ぐらいの学生なら手頃なレプリカント方面を勉強して軍需産業に売り込みをかけて、そこからより複雑な技術を学ぼうとするもんじゃないのかね?」
「いやぁ、レプリカントは苦手なんですよねえ」
と、何かを思い浮かべたのか、クウェンサーはちょっと嫌そうな顔になった。
「あれって動物や昆虫の動きを基に、新しいマシンの動かし方を考案する学問でしょ? 俺、クモとかゴキブリとか苦手なんで。……まぁ、虫の観察日記なんだから、研究に掛かる費用が安く済むのは認めますけど」
「腑抜けじゃのう。基本をおろそかにすると後で泣くのは小僧じゃぞ」
「だから、そういう面倒なのをやらずに手っ取り早く基本を学ぶために、スタンダードな性能を持つお姫様のオブジェクトの所へ派遣留学の希望を出したんですよ」
「『本国』の重鎮達が、何のために方々の主要都市に動物園や昆虫博物館を建てさせていると思っておる。将来性のある若者達にオブジェクト設計のインスピレーションを提供するために血税を割いておるというのに」
ふう、とため息を吐く婆さん。
そこでクウェンサーはコックピットに繋がるトンネル状のルートの出入り口の方へ目をやった。
「将来性のある若者って言えば、そろそろ操縦士……エリートの選抜スカウトの時期でしたっけ? 『安全国』の学校にいた頃は、黒服の役人が校舎の周りをウロウロしていましたけど」
「年に四回も行う必要があるのかのう。どうせ今回も『該当者なし』じゃろ」
「エリートって『エレメント』とかいう適合条件があるんでしょ。あれって何なんですか?」
「……『オブジェクト操縦士になるための条件』の総称じゃよ」
と、婆さんはそこで携帯端末を操る指先を止めた。
その口調が、これまでの世間話よりも若干温度が下がる。
「とは言っても、別に特殊装置を操るためのエスパー能力とかいう訳じゃない。ま、芸術性みたいな『資質の卵』もあるのは確かじゃがね。しかしまぁ、エリートは電気刺激や暗示を使ってでも、徹底的に『当たり前の才能』を磨く軍事プロジェクトじゃからな。その育成に当たって、最大の障害となるのは資金でも設備でもなく、人権じゃよ」
「それって……」
「該当者の人権を完全に無視してもどこからも文句が来ず、なおかつ開発されたエリート自身も、胸の内はどうあれ国家の思惑通りに戦ってくれる。そういう条件に適合する人物というのは意外に少ない。……手塩にかけて育てたエリートを最強の兵器であるオブジェクトに乗せた途端、『本国』に主砲を向けるようになってしまっても大問題じゃからな」
あの子には話すなよ、と婆さんは小声で付け加える。
その時、グイーンという機械の作動音が二人の耳を打った。
コックピット用のエレベーターを使って、トンネルのようなルートから座席が飛び出してきた。そこに座っているのは、H字のベルトで上半身を固定させたエリートのお姫様だ。
「やっと来たね。おねぼうさん」
「返す言葉もございません」
「ほれ、小僧の仕事じゃ。緊急用の脱出装置の整備でもやっとくれ。縁起が悪いっつって誰もやろうとせんからな」
いつの世も、半人前に任される仕事なんてそんなものである。縁起が悪くて役にも立たない仕事をこなしながら、横目でプロの技を盗んでいく訳だ。
少女の座っている椅子の後部へ回り込み、工具を動かしながらクウェンサーは尋ねた。
「そう言えば、オブジェクトが白一色なのってゲン担ぎなんですか? それともストレートに雪原用の迷彩とか?」
「さいしょはきちんとかんきょうに合わせて、めいさいしていたんだけど」
「天敵知らずの百獣の王は身を隠す必要もあるまい。ペンキ代の無駄という事で、今じゃ白一色なんじゃよ。……そもそも、五〇メートル級の巨体じゃしな」
「へえ。それこそさっきのレプリカントの話じゃないけど、凶暴な動物や昆虫の模様を参考にして、敵に威圧感を与えるプロジェクトがあったとかってウワサありませんでしたっけ?」
「後はギアチェンジによって、金属を擦る嫌な音を延々と響かせる悪趣味なモードを追加する計画もあったがね。いずれも頓挫した」
「?」
「オブジェクトを眺めるのは敵軍だけじゃないからの。味方の士気まで削いだら意味がないし、『安全国』のパレードで悪趣味なオブジェクトを国民に見せる訳にもいかんじゃろ」
そんなもんですかね、とクウェンサーは適当に相槌を打って、
「じゃあ天井からぶら下がったロープにくくりつけてあるレイピアは?」
「あれは単なる『伝統』じゃ」
「ひっしょうひっさつのね」
そんな言葉を聞きながら、クウェンサーはレンチを動かし続ける。
カチッという小さな音がした。
と、さらにおまじないについて語ろうとしていた少女の首が、ぐらりと揺れた。『?』と脱出装置の調整を行っていたクウェンサーは、座席の後ろから少女の後頭部を眺めていたのだが、
「くるしい」
「あっ、くそ! 馬鹿もん、ベルトの調整を勝手にいじるな!! 姫さん締まっとるじゃろうが!!」
「あれ!? なんかまずい事になってる!?」
「くるしい」
少女はもう一度同じ事を繰り返す。クウェンサーは慌てて工具を掴み直すが、そもそもどこがどう影響してベルトの方に干渉したのかが分からない。
婆さんは婆さんで作業用の小さなエレベーターに走りながら、
「ええい、刃物を探してくる!! 小僧は力仕事じゃ! 儂が戻ってくるまで姫さんが窒息せんよう、両手でベルトを引っ張って隙間を空けておけ!!」
あわわとうろたえている内に婆さんは階下へ行ってしまう。
クウェンサーは急いで座席の前面に回り込み、
「すっ、すまない!!」
「気にしてないから、なんとかして」
「おう!!」
クウェンサーは婆さんの指示通りに、とにかくベルトを手前に引っ張って、少女が窒息するのを防ごうとしたが。
……なんか、H字のベルトは少女の胸を強調するようにみっちり食い込んでいる。
ええと、とクウェンサーの指先がわずかに硬直した。
ベルトを掴んで手前に引くためにはフック状にした指を潜らせて裏側に引っ掛けなくてはいけない訳で、そうすると食い込んでいる少女の膨らみに触れなくてはならない訳で、というかスレンダーな幼児体型かと思ったら意外に『ある』かも……などと無駄に思考を高速回転させるクウェンサーの耳に、お姫様のか細い声が届く。
「……死んじゃう」
「ッ!?」
そうなのだ。ためらっている場合ではないのだ。