ヘヴィーオブジェクト

第一章 ガリバーを縛る雑兵達  〉〉アラスカ極寒環境雪上戦 ⑥

 もちろん、ただの地面に静電気を浴びせただけでは巨体は浮かばない。帯電したオブジェクトに対する反発剤のスプレーを地面に吹き付けながら進んでいるわけだ。

 すいしんそうはレーザーの応用だ。

 静電気の力でオブジェクトと地面の間には小さなすきができているのだが、ここに高出力のレーザーをはなち、反射、集中を繰り返させる事で空気を熱し、爆発的にぼうちようさせて推進力を得る訳だ。……レーザー式のシャトル発射装置にも使われている理論の応用である。

 メインのへいそうは、球体後部から伸びる七本のアーム。

 そこに接続された七門のきよほうは、同格のオブジェクトすら貫通する。

 さらに他にも大小一〇〇門近い砲台が球体状の本体の全面にびっしりと取り付けられ、もはや『最適化された兵器』というより『考えつく限りの武力をかたぱしから寄せ集めたぎよう』のような印象があった。

 現代における軍のかなめ

 戦争の歴史の最先端。

 超大型兵器オブジェクト。

 その巨体はクレーン車に使うような太いワイヤーを二〇〇本以上使って、広大な建造物の壁やてんじようの各部に固定されていた。空中には無数の連絡通路が走っていて、今も作業服を着た大勢の整備兵がおのおのの作業にぼつとうしている。

 と、金属の手すりをスパナでたたく、ガツンというかんだかい音が響いた。

 クウェンサーが驚いて顔を上げると、三階部分の通路にいるばあさんがこちらに向かって大声で言ってきた。


「来たかねぞう! 猫の手も借りたい状況じゃて、あかけない小僧でも使ってやるから感謝しい! さっさと工具持ってこっちに上がれ!!」

「遅れてすみません!! ばつそくの方は───ッ!!」

「構わん構わん。結果で示すのが整備兵のりゆうじゃよ!!」


 婆さんの言葉を聞きながら、クウェンサーはボタン一つで分離できる簡易階段を駆け上がって三階に向かう。


「(……うおお。話の分かるばあさんで良かったー。何だよ全然怖くないじゃんよー)」

「(……ま。使い物にならんかったらドラム缶にめて外から金属バットで叩きまくるがね)」


 互いに聞こえぬ声でつぶやきながらも、二人は三階の連絡通路で作業を始める。

 婆さんがいじっているのはシステム回りだ。

 オブジェクトのコックピット(及び非常用の脱出口)は、球体状の本体の後方上部にあり、(考えたくもないが)きんきゆうには、そうじゆうしやエリートは後ろ方向の斜め上へしやしゆつされる仕組みになっている。

 現在は何十ものかくへきが開いて球体中心までのルートが開放されていて、トンネルの出口のように、奥の奥でコックピットのモニタの光がわずかにまたたいていた。

 このトンネルは単純なコックピットまでの道というわけではなく、どうりよくの整備室やあつい二重扉の燃料追加用投入口、排気ガスをあつしゆくふうにゆうするための固着ボックス交換室など、様々な場所へとつながるぶんになっているはずだ。かくへきと切り替えレールで構成された、地下鉄のトンネルを思い浮かべると分かりやすい。

 一方、ばあさんはそのトンネルの近くの手すりに背中を預けたまま、手元の携帯端末をながめている。


「それ、オブジェクトのシステムと無線で直結してるんですよね? 長いケーブルで繋がないなら、コックピットの隔壁を開放する必要ってないんじゃあ……」

ほう。オブジェクトの隔壁はでんしやだん効果もあるんじゃよ。そうでもせんと、戦闘中に敵軍のオブジェクトからいらんざいをされるリスクが増すんじゃし」


 そこで、視界のはしで、バヂッ!! という青白いせんこうほとばしり、二人は思わず声を止めた。溶接工がオブジェクトのそうこうに手を加えているのだ。

 本体だけで五〇メートル以上のオブジェクトだが、まさか鹿デカいかたわくに溶けた鉄をそのまま流し込んで作るのではない。わずかにわんきよくしたたたみほどのこうばんを用意して、それを何十、何百、何千、何万枚と重ねていって、巨大な球体を作り出している。

 薄い板を何重にも重ねるのは、分厚い壁のぼうぎよりよくよりも、しようげきの分散や拡散に重きをおいたものだった。理論としては単純なぼうだんベストにも似ているが、あまりにも多くの鋼板を使っているおかげで、核攻撃の衝撃波すら押さえつける事に成功している。


そうこうでしたっけ? ただがんじようなだけじゃなくて、敵軍オブジェクトからだんした時に簡単に交換できる事まで考えてるんだからすごいですよね。最初に考えたヤツはノーベル賞をもらって良いと思う」

「簡単とは言っても、装甲の最小単位である一枚一枚だって、日本刀のように職人が手間をかけてきたげた特注品じゃがね」

「熱したはがねこうたいはんのうざいの粉末をミリグラム単位で混ぜながら打っていくんでしたっけ。あれは強度は高くなるけど再利用が難しいとかって話でしたよね」

「職人の指先あってのわざじゃな。な機械にまかすと配分をあやまり、逆にパキパキと割れやすくなってしまうからの」


 婆さんといつしよに階下を見下ろすと、ちょうどフォークリフトが湾曲したスペアの鋼板を運んでいるところだった。フォークリフトの側面には、『ミリンダ姫に美しき勝利を!!』とアルファベットで大きく書かれている。

 例のお姫様の事か、とクウェンサーが心の中でつぶやくと、となりにいる婆さんがこんな事を言ってきた。


「まぁわしとしては、中心部の動力炉から外装部のレーザーほうまで、ケーブルをいつさい使わずに電力供給しとるこうの方に驚いたもんじゃが」

「プリント基板式送電装置ですよね。ぜつえんぶつしつどうたい物質をセットでこうばんに焼き付ける事で、『そうこうにケーブル用の穴をけてぼうぎよりよくを下げる事なく、電力の供給に成功した』とか何とか。最初に考えたヤツはノーベル賞もんですよ」

「やれやれ。ぞうが言うと何でもかんでも簡単に作れるように聞こえるのう」


 ばあさんはゆっくりとした動きで首を横に振る。そうしている間にも、しわだらけの指先は高速に動き、携帯端末上でオブジェクトのソフト的なメンテナンスを行っていく。

 作業を進めながら、婆さんはこう切り出した。


「ところで、ウェポンエンジニアを目指しているんじゃったな」

「え? ああ、オブジェクトの設計士の事ですよね。まぁ、俺みたいな『平民』だったら、その辺が一番リッチな生活ができるポジションじゃないかなって思ってるんですけど。ほうしゆうにしてもけんていにしても、な下級貴族を簡単に追い抜けるらしいし」

「まったく、ごうしようなんぞ目指すとろくな人生にならんというのに。……まぁ、小僧の人生だから止めはせんがね。で、未来のウェポンエンジニアは何を専門に組み立てる気じゃね?」

「一応、トータルフレームなんですけど」


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