もちろん、ただの地面に静電気を浴びせただけでは巨体は浮かばない。帯電したオブジェクトに対する反発剤のスプレーを地面に吹き付けながら進んでいる訳だ。
推進装置はレーザーの応用だ。
静電気の力でオブジェクトと地面の間には小さな隙間ができているのだが、ここに高出力のレーザーを放ち、反射、集中を繰り返させる事で空気を熱し、爆発的に膨張させて推進力を得る訳だ。……レーザー式のシャトル発射装置にも使われている理論の応用である。
メインの兵装は、球体後部から伸びる七本のアーム。
そこに接続された七門の巨砲は、同格のオブジェクトすら貫通する。
さらに他にも大小一〇〇門近い砲台が球体状の本体の全面にびっしりと取り付けられ、もはや『最適化された兵器』というより『考えつく限りの武力を片っ端から寄せ集めた異形』のような印象があった。
現代における軍の要。
戦争の歴史の最先端。
超大型兵器オブジェクト。
その巨体はクレーン車に使うような太いワイヤーを二〇〇本以上使って、広大な建造物の壁や天井の各部に固定されていた。空中には無数の連絡通路が走っていて、今も作業服を着た大勢の整備兵が各々の作業に没頭している。
と、金属の手すりをスパナで叩く、ガツンという甲高い音が響いた。
クウェンサーが驚いて顔を上げると、三階部分の通路にいる婆さんがこちらに向かって大声で言ってきた。
「来たかね小僧! 猫の手も借りたい状況じゃて、垢抜けない小僧でも使ってやるから感謝しい! さっさと工具持ってこっちに上がれ!!」
「遅れてすみません!! 罰則の方は───ッ!!」
「構わん構わん。結果で示すのが整備兵の流儀じゃよ!!」
婆さんの言葉を聞きながら、クウェンサーはボタン一つで分離できる簡易階段を駆け上がって三階に向かう。
「(……うおお。話の分かるばあさんで良かったー。何だよ全然怖くないじゃんよー)」
「(……ま。使い物にならんかったらドラム缶に詰めて外から金属バットで叩きまくるがね)」
互いに聞こえぬ声で呟きながらも、二人は三階の連絡通路で作業を始める。
婆さんがいじっているのはシステム回りだ。
オブジェクトのコックピット(及び非常用の脱出口)は、球体状の本体の後方上部にあり、(考えたくもないが)緊急時には、操縦者エリートは後ろ方向の斜め上へ射出される仕組みになっている。
現在は何十もの隔壁が開いて球体中心までのルートが開放されていて、トンネルの出口のように、奥の奥でコックピットのモニタの光がわずかに瞬いていた。
このトンネルは単純なコックピットまでの道という訳ではなく、動力炉の整備室や分厚い二重扉の燃料追加用投入口、排気ガスを圧縮封入するための固着ボックス交換室など、様々な場所へと繋がる分岐路になっているはずだ。隔壁と切り替えレールで構成された、地下鉄のトンネルを思い浮かべると分かりやすい。
一方、婆さんはそのトンネルの近くの手すりに背中を預けたまま、手元の携帯端末を眺めている。
「それ、オブジェクトのシステムと無線で直結してるんですよね? 長いケーブルで繋がないなら、コックピットの隔壁を開放する必要ってないんじゃあ……」
「阿呆。オブジェクトの隔壁は電波遮断効果もあるんじゃよ。そうでもせんと、戦闘中に敵軍のオブジェクトからいらん小細工をされるリスクが増すんじゃし」
そこで、視界の端で、バヂッ!! という青白い閃光が迸り、二人は思わず声を止めた。溶接工がオブジェクトの装甲に手を加えているのだ。
本体だけで五〇メートル以上のオブジェクトだが、まさか馬鹿デカい型枠に溶けた鉄をそのまま流し込んで作るのではない。わずかに湾曲した畳ほどの鋼板を用意して、それを何十、何百、何千、何万枚と重ねていって、巨大な球体を作り出している。
薄い板を何重にも重ねるのは、分厚い壁の防御力よりも、衝撃の分散や拡散に重きをおいたものだった。理論としては単純な防弾ベストにも似ているが、あまりにも多くの鋼板を使っているおかげで、核攻撃の衝撃波すら押さえつける事に成功している。
「オニオン装甲でしたっけ? ただ頑丈なだけじゃなくて、敵軍オブジェクトから被弾した時に簡単に交換できる事まで考えてるんだからすごいですよね。最初に考えたヤツはノーベル賞をもらって良いと思う」
「簡単とは言っても、装甲の最小単位である一枚一枚だって、日本刀のように職人が手間をかけて鍛え上げた特注品じゃがね」
「熱した鋼に高耐火反応剤の粉末をミリグラム単位で混ぜながら打っていくんでしたっけ。あれは強度は高くなるけど再利用が難しいとかって話でしたよね」
「職人の指先あっての業じゃな。下手な機械に任すと配分を誤り、逆にパキパキと割れやすくなってしまうからの」
婆さんと一緒に階下を見下ろすと、ちょうどフォークリフトが湾曲したスペアの鋼板を運んでいるところだった。フォークリフトの側面には、『ミリンダ姫に美しき勝利を!!』とアルファベットで大きく書かれている。
例のお姫様の事か、とクウェンサーが心の中で呟くと、隣にいる婆さんがこんな事を言ってきた。
「まぁ儂としては、中心部の動力炉から外装部のレーザー砲まで、ケーブルを一切使わずに電力供給しとる機構の方に驚いたもんじゃが」
「プリント基板式送電装置ですよね。絶縁物質と導体物質をセットで鋼板に焼き付ける事で、『装甲にケーブル用の穴を空けて防御力を下げる事なく、電力の供給に成功した』とか何とか。最初に考えたヤツはノーベル賞もんですよ」
「やれやれ。小僧が言うと何でもかんでも簡単に作れるように聞こえるのう」
婆さんはゆっくりとした動きで首を横に振る。そうしている間にも、しわだらけの指先は高速に動き、携帯端末上でオブジェクトのソフト的なメンテナンスを行っていく。
作業を進めながら、婆さんはこう切り出した。
「ところで、ウェポンエンジニアを目指しているんじゃったな」
「え? ああ、オブジェクトの設計士の事ですよね。まぁ、俺みたいな『平民』だったら、その辺が一番リッチな生活ができるポジションじゃないかなって思ってるんですけど。報酬にしても世間体にしても、下手な下級貴族を簡単に追い抜けるらしいし」
「まったく、豪商なんぞ目指すとろくな人生にならんというのに。……まぁ、小僧の人生だから止めはせんがね。で、未来のウェポンエンジニアは何を専門に組み立てる気じゃね?」
「一応、トータルフレームなんですけど」