スラリとした長身に、軍服を内側から強烈に盛り上げる爆乳。女性将校用のタイトスカートから伸びる、黒いストッキングに包まれた脚は単純に細いだけでなく、何か人の目を惹きつける流線形の美に溢れている。淡い色を施した唇には煙管が咥えられていた。ヨーロッパ辺りの名探偵が愛用するような太く短いパイプではなく、これもやはり和風な───三〇センチ弱の長さを持つ、ひどく細く長いものだった。
そういう種類の煙草なのか、それとも女性の髪の匂いでも混じっているのか、仄かに甘い香りがクウェンサーの鼻まで届く。
「……何故呼ばれたのかは分かっているのね?」
窓の外の雪原よりも冷たい声がクウェンサーとヘイヴィアの耳に突き刺さった。
もちろん、分からないはずがない。
二人は本来の職務である『雪かき』を放り出して、整備基地ベースゾーンの外で食糧探しに勤しんでいたのだ。おまけにヘイヴィアの方は軍のライフルを使ってあっちこっちにバンバン撃ちまくっていたのだから、怒られない方がおかしい。営倉送りどころか、ひょっとすると軍法裁判にかけられても不思議ではないレベルである。
「(……どうすんだよヘイヴィア! だからやめようって俺は言ったんだ!! これならレーションどころか三日間雪の塊だけ頬張ってた方がまだマシだったじゃないか!!)」
「(……うるせえな畜生!! くそ、ホントに一八歳かこの女。今時の戦場に生身の兵隊は必要ねえとは思ってたけどよ、あいつに限って言えば握り拳でオブジェクトと戦えるんじゃねえのか!?)」
「クウェンサー、ヘイヴィア」
ただシンプルに名前を呼ばれただけで、大の男二人がビクゥ!! と背筋を強張らせた。フローレイティアはこちらを睨んでもいない。カンザシを模した二〇センチ前後の細長いヘアピンを指先で軽くいじりつつ、机の上にあるボードに向かって、ペンのような物を走らせている。
タブレットだ。
確か、本来はパソコンを使って絵を描くための道具だったと思うのだが……、
「これが気になるのクウェンサー?」
「はっ、はい!!」
「日々の食糧探しに明け暮れるお前達ほどではないが、私も私で忙しくてね。いやはや全く、ゲットした肉や魚を雪の中に埋めて食材を保存するのに必死なクウェンサー殿に比べればどうって事はないんだが、アラスカのベースゾーンに常駐しつつ、太平洋の小島での作戦も遠隔指揮しなくてはいけないの」
「え、ええと……」
クウェンサーは、眼球だけを動かして横合いの壁を見た。そちらは全面が巨大な液晶モニタになっていて、大きな海と島々の地図が映し出されている。どうやら、フローレイティアの手元と連動しているらしく、タブレットの動きに合わせてVに似た赤いチェックが増えていく。
「ああ。ようは簡単な事よ。私がこのボードに印をつけると、待機している巨大なオブジェクトが遠距離砲撃でゲリラの拠点を吹き飛ばしていくって訳。実にシンプルな作戦よね? そうだって言えよ」
涼しい顔で言いながら、さらにキュッキュッとチェックを入れていくフローレイティア。
「やはりタブレットは良いね。筆圧の高さで私のガッツが伝わるらしいから。今日の遠隔部隊は何だか特にスムーズに動いてくれる気がするの」
正確に作戦指揮を行いつつも、よほどお怒りなのか、彼女の握るプラスチック製のペン型ツールがミシミシと小さな音を立てていた。
その都度世界のどこかで肉片が飛び散っている様子を想像し、クウェンサーとヘイヴィアの二人はガタガタガタガターッ!! と高速で震える事になる。
「という訳で、複数のベースゾーンと部隊を同時に指揮する私はとても忙しいんだが、そんな折に馬鹿二人がさらに私を忙しくしてくれたという事よ。……ところで、私の胸中は想像できる?」
「はい!! できればあまりイメージしたくありませんが! フローレイティアさんが大変ブチ切れているのが分かってしまいますッッッ!!」
「よろしい。優れた部下を持つ私は幸せよ。そうよね? 賛成だったら頷けよ」
嗜虐に満ちた笑みで、ようやく顔をこちらに向けるフローレイティア。
彼女は一通り太平洋の部隊への命令を終わらせ、作戦の完了を確認すると……これまでとは打って変わって屈託のない表情でこう質問してきた。
「で、戦果の方はどうだったの? いい加減、こっちも食べられる巨大な消しゴムみたいなレーションは真っ平だからね」
6
……という事で今夜の夕飯は豪華なものになりそうな感じで話は収まったのだが(ただし罰則については話は別で、クウェンサーとヘイヴィアの両名は後日雪原ランニング二〇キロの刑が確定してしまったのだが)、食事まで少々時間がある。
となると早速地獄のランニングか!? と身構えたクウェンサーだったが、上官のフローレイティアは首を横に振った。彼女が言うには、
「お前は派遣留学の学生でしょ。いい加減に整備場に連行してオブジェクトの勉強させないと、私が整備主任のばあさんにどやされてしまうのよ」
「ううっ!? そういえばそっちもすっぽかしてた!! となるとフローレイティアさんが一目置くほどのばあさんからコンボで説教が!!」
「ええと、それからヘイヴィアは一人で雪かき続行ね。日没までに滑走路が使えるようにしておけよ。航空部隊から苦情が来ているからね」
「いえーい!! 二〇キロダッシュよりきつそうだぜオイ!! っつーか航空部隊も自分で働けよ!!」
そんな訳で、ひとまずクウェンサーはヘイヴィアと別れてオブジェクト整備場へ向かう。
本体だけで五〇メートル以上の超大型兵器オブジェクトをすっぽり覆うほどの巨大建造物。しかしそれもまた、将校用の兵舎と同じく、複数の基地構成車両を連結させた車両団だ。
縦一五メートル横一〇メートルほどの、平べったい台座のような形の基地構成車両を左右両サイドに並べ、冂の字のように急造の壁と天井を組み立てたセットを作る。その輪切りにされた倉庫のようなセットをいくつか連結させ、大きな整備場を作っているのだ。
そういう仕組みのせいか、この整備場には通常のシャッターの他にもう一つ、緊急時のオブジェクト出動方法がある。整備場を形作る基地構成車両群がオブジェクトの周りを覆うように連結し、オブジェクトが出ていく時は逆に各車両は連結を解いて離れていく、というやり方もあるのだ。……整備用の足場を崩してしまうため、普通はまずやらないのだが。
そんなこんなで、クウェンサーは整備兵用の小さな裏口から巨大な建造物の中へと入っていく。
圧倒的な光景だった。
武力の象徴である、五〇メートル級の超大型兵器オブジェクト。
中心である動力炉を包んでいるのは、そのまま核シェルターにもなる分厚い壁だ。それは球体に近いフォルムになっている。足回りは逆Y字の形状で、理屈としては歩いたり車輪を転がしたりするのではなく、静電気を利用して地面から少しだけ浮かび上がっている。理論は全然違うが、見た目の動きは下敷きが滑るような感じに近い。