ヘヴィーオブジェクト

第一章 ガリバーを縛る雑兵達  〉〉アラスカ極寒環境雪上戦 ⑤

 スラリとした長身に、軍服を内側からきようれつに盛り上げるばくにゆう。女性将校用のタイトスカートから伸びる、黒いストッキングに包まれた脚は単純に細いだけでなく、何か人の目をきつける流線形の美にあふれている。淡い色をほどこした唇には煙管キセルくわえられていた。ヨーロッパあたりの名探偵が愛用するような太く短いパイプではなく、これもやはり和風な───三〇センチ弱の長さを持つ、ひどく細く長いものだった。

 そういう種類の煙草タバコなのか、それとも女性の髪の匂いでも混じっているのか、ほのかに甘い香りがクウェンサーの鼻まで届く。


「……呼ばれたのかは分かっているのね?」


 窓の外の雪原よりも冷たい声がクウェンサーとヘイヴィアの耳にさった。

 もちろん、分からないはずがない。

 二人は本来の職務である『雪かき』をほうして、整備基地ベースゾーンの外でしよくりようさがしにいそしんでいたのだ。おまけにヘイヴィアの方は軍のライフルを使ってあっちこっちにバンバンちまくっていたのだから、怒られない方がおかしい。えいそう送りどころか、ひょっとすると軍法裁判にかけられてもではないレベルである。


「(……どうすんだよヘイヴィア! だからやめようって俺は言ったんだ!! これならレーションどころか三日間雪のかたまりだけほおってた方がまだマシだったじゃないか!!)」

「(……うるせえなちくしよう!! くそ、ホントに一八歳かこの女。今時の戦場になまの兵隊は必要ねえとは思ってたけどよ、あいつに限って言えばにぎこぶしでオブジェクトと戦えるんじゃねえのか!?)」

「クウェンサー、ヘイヴィア」


 ただシンプルに名前を呼ばれただけで、大の男二人がビクゥ!! とすじこわらせた。フローレイティアはこちらをにらんでもいない。カンザシをした二〇センチ前後の細長いヘアピンを指先で軽くいじりつつ、机の上にあるボードに向かって、ペンのような物を走らせている。

 タブレットだ。

 確か、本来はパソコンを使って絵を描くための道具だったと思うのだが……、


「これが気になるのクウェンサー?」

「はっ、はい!!」

「日々のしよくりようさがしにれるお前達ほどではないが、私も私で忙しくてね。いやはやまつたく、ゲットした肉や魚を雪の中にめて食材を保存するのに必死なクウェンサー殿に比べればどうって事はないんだが、アラスカのベースゾーンにじようちゆうしつつ、太平洋の小島での作戦もえんかくしなくてはいけないの」

「え、ええと……」


 クウェンサーは、眼球だけを動かしてよこいの壁を見た。そちらは全面が巨大な液晶モニタになっていて、大きな海と島々の地図がうつされている。どうやら、フローレイティアの手元と連動しているらしく、タブレットの動きに合わせてVに似た赤いチェックが増えていく。


「ああ。ようは簡単な事よ。私がこのボードに印をつけると、待機している巨大なオブジェクトがえんきよほうげきでゲリラのきよてんばしていくってわけ。実にシンプルな作戦よね? そうだって言えよ」


 すずしい顔で言いながら、さらにキュッキュッとチェックを入れていくフローレイティア。


「やはりタブレットは良いね。ひつあつの高さで私のガッツが伝わるらしいから。今日きようの遠隔部隊は何だか特にスムーズに動いてくれる気がするの」


 正確に作戦指揮を行いつつも、よほどお怒りなのか、彼女のにぎるプラスチック製のペン型ツールがミシミシと小さな音を立てていた。

 その世界のどこかで肉片が飛び散っているようを想像し、クウェンサーとヘイヴィアの二人はガタガタガタガターッ!! と高速でふるえる事になる。


「という訳で、複数のベースゾーンと部隊を同時に指揮する私はとても忙しいんだが、そんなおり鹿二人がさらに私を忙しくしてくれたという事よ。……ところで、私の胸中は想像できる?」

「はい!! できればあまりイメージしたくありませんが! フローレイティアさんが大変ブチ切れているのが分かってしまいますッッッ!!」

「よろしい。優れた部下を持つ私は幸せよ。そうよね? 賛成だったらうなずけよ」


 ぎやくに満ちたみで、ようやく顔をこちらに向けるフローレイティア。

 彼女は一通り太平洋の部隊への命令を終わらせ、作戦の完了を確認すると……これまでとは打って変わってくつたくのない表情でこう質問してきた。


「で、せんの方はどうだったの? いいげん、こっちも食べられる巨大な消しゴムみたいなレーションはぴらだからね」


    6


 ……という事で今夜の夕飯はごうなものになりそうな感じで話はおさまったのだが(ただしばつそくについては話は別で、クウェンサーとヘイヴィアの両名は後日雪原ランニング二〇キロの刑が確定してしまったのだが)、食事まで少々時間がある。

 となると早速ごくのランニングか!? と身構えたクウェンサーだったが、上官のフローレイティアは首を横に振った。彼女が言うには、


「お前はけんりゆうがくの学生でしょ。いいげんに整備場に連行してオブジェクトの勉強させないと、私が整備主任のばあさんにどやされてしまうのよ」

「ううっ!? そういえばそっちもすっぽかしてた!! となるとフローレイティアさんが一目置くほどのばあさんからコンボで説教が!!」

「ええと、それからヘイヴィアは一人で雪かき続行ね。日没までにかつそうが使えるようにしておけよ。航空部隊から苦情が来ているからね」

「いえーい!! 二〇キロダッシュよりきつそうだぜオイ!! っつーか航空部隊も自分で働けよ!!」


 そんなわけで、ひとまずクウェンサーはヘイヴィアと別れてオブジェクト整備場へ向かう。

 本体だけで五〇メートル以上の超大型兵器オブジェクトをすっぽりおおうほどの巨大建造物。しかしそれもまた、将校用のへいしやと同じく、複数の基地構成車両を連結させた車両団だ。

 縦一五メートル横一〇メートルほどの、平べったい台座のような形の基地構成車両を左右両サイドに並べ、けいの字のように急造の壁とてんじようを組み立てたセットを作る。その輪切りにされた倉庫のようなセットをいくつか連結させ、大きな整備場を作っているのだ。

 そういう仕組みのせいか、この整備場には通常のシャッターの他にもう一つ、きんきゆうのオブジェクト出動方法がある。整備場を形作る基地構成車両群がオブジェクトのまわりをおおうように連結し、オブジェクトが出ていく時は逆に各車両は連結をいて離れていく、というやり方もあるのだ。……整備用の足場をくずしてしまうため、普通はまずやらないのだが。

 そんなこんなで、クウェンサーは整備兵用の小さな裏口から巨大な建造物の中へと入っていく。

 圧倒的な光景だった。

 武力のしようちようである、五〇メートル級の超大型兵器オブジェクト。

 中心であるどうりよくを包んでいるのは、そのまま核シェルターにもなるあつい壁だ。それは球体に近いフォルムになっている。足回りは逆Y字の形状で、理屈としては歩いたり車輪をころがしたりするのではなく、静電気を利用して地面から少しだけ浮かび上がっている。理論は全然違うが、見た目の動きはしたきがすべるような感じに近い。


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