「そうだよ。三年ぐらい基地でメンテを手伝いながら生き残ると、後は本国に帰って成功コースが待ってる訳だ」
「何で、このきちなの?」
少女は本当に不思議そうに尋ねてきた。
「このきちの───わたしのあやつるオブジェクトがどういうものかはしってるんでしょ?」
「総合マルチロール型オブジェクト。……つまり、世界中のどんな地域でもどんな天候でも自由に扱える、最もスタンダードな超大型兵器って訳だろ。陸でも海でもお構いなしだ」
「スタンダードっていうのは、じだいおくれっていうことなのよ」
少女はため息をついた。
「『だい2せだい』のオブジェクトは、どこでもつかえるなんてよくばりなことは言わない。たとえば、さばくでたたかうためにかいはつされ、それ以外のぜんぶをすてたオブジェクトは、さばくの中にかぎっては『ふつうにたたかうオブジェクト』をりょうがする」
それは、オブジェクトの製造業界では徐々にささやかれ始めている学説だ。
オブジェクトが戦場に登場した当初は、世界中のあらゆる戦場で同じように戦う総合オブジェクトは、天敵のいない百獣の王だった。しかし、戦場のあちこちにポツポツと複数のオブジェクトが現れ始めた頃から、また事情が変わってきたのだ。
どこでも自由に扱える総合型というのは、苦手なもののない機体という事だ。しかし代わりに、決定的な長所もないという事でもある。戦争が『オブジェクトが普通の兵器を蹴散らす』から『オブジェクトとオブジェクトの戦い』へと移りつつある状況に合わせ、今度は『数あるオブジェクト同士の中で、群を抜くためにはどうするか』という問題が生まれてきた。
そこで提示された一つの案が、『総合的・平均的な性能のバランスに偏りが生まれる事を承知で、決定的な長所を持つオブジェクトを建造する』事。後はそのオブジェクトが長所だけを活かせる環境で集中的に運用する事で、他のオブジェクトに対して有利に戦えるのでは……と考えられているのだ。
「このアラスカだって、そうだよ。こっちのは『たんしょのない、ふつうのオブジェクト』。向こうのは『ちょうしょのある、尖がったオブジェクト』。このひょうせつちたいにかぎり、わたしのオブジェクトはかてないかもしれない」
「でも、お姫様はあのオブジェクトを操り続けているんだろ」
「……そうするしか、ないからだよ」
『エリート』と呼ばれる少女は、わずかに言い淀んだ。
全長五〇メートルを越し、それまであった全ての最新兵器を『旧世代』と貶めるに至った超大型兵器オブジェクトだが、そのパイロットの『エリート』は、誰でもなれるものではない。
軍のフローチャート条件によって検索され、求められる項目を完全に満たした者。
さらには各オブジェクトに合わせて化学的・電気的な手法で人工的に資質を研ぎ、磨き、改良を施し───そこらの天才を軽く超える才能にまで発展させる事で、ようやく人間はオブジェクトを操るための端末となる。
徹底的に開発されたエリート達は、各々のオブジェクトと運命を共にする。
エリートなら世界中全てのオブジェクトに搭乗できる訳ではない。エリートは自分のために調整されたオブジェクトしか操れない。……いや、各オブジェクトのために脳を調整された人間がエリートであるという考えでも間違いではないかもしれない。
エリートが操作できるのは、自分のために開発されたオブジェクトか、あるいはその発展進化系となる、同じ樹形図の後継機のみ。
だとすれば。
自分の操るオブジェクトの系譜そのものが、時代遅れになりつつあるとしたら?
「かてないかもしれない」
無敵のオブジェクトを操るエリートの少女は、ふとそんな事を言った。
「ついていけないかもしれない」
あのオブジェクトを操る、ただそれだけのために、脳まで尖らせた少女が。
「ただしんじているだけじゃなく、じっさいにオブジェクトをメンテナンスしている人なら分かるでしょう。なんで、こんな所にやって来たの?」
「価値観の違いだな」
クウェンサーは少し考え、そう答えた。
「強い弱いにこだわるのは軍人の考え方だ。俺は学生だからな。学術的に価値があるオブジェクトについていかないと、まともな知識や技術が身につかないんだ」
「……?」
「スタンダードでベーシックな機体のノウハウを覚えておけば、それをいくらでも応用できる。でも、最初っから尖った機体を勉強すると、それ以外に応用できない。派遣留学のお勉強としちゃ、お姫様のオブジェクトについていった方がお買い得なんだよ」
それは戦争の勝敗をまるで考えていない、不真面目極まりない意見なのだが……これもやはり、クウェンサーは『軍人じゃないから』の一言で切り捨てられる。
「せんじょうでよくばると、ながいきできないよ」
「そうだよ。だから派遣留学ってのは、生存率が低い。それでも一攫千金の出世コースを目指して戦場にお邪魔してるんだから、その辺の文句は言いっこなしなんだ」
クウェンサーがそんな事を言うと、百戦錬磨の少女はほんのわずかに、それこそどこにでもいる女の子のように、小さく首を傾げた。
その上で、彼女は言った。
「かくごは決まっているのね」
「まぁ、まっとうな学業をコツコツやるのが嫌で、飛び級しようと躍起になってるんだ。それぐらいは覚悟しておかないとな」
「ふうん」
エリートは、ともすれば間延びした印象を与えるリアクションを取った。
そして、
「本当に?」
「?」
今度はクウェンサーがキョトンとする番だったが、オブジェクトを操る少女はそれ以上会話を続けようとは思っていないらしい。ライフルと釣り竿が活躍するアラスカの森林地帯から、彼女はそっと背を向け、去っていく。
今思えば、などという陳腐な台詞は、実生活では何の役にも立たない。
その事を踏まえた上で、それでも『今思えば』と前置きさせてもらうと、エリートの少女が何故こんな風に話しかけてきたのか、クウェンサーはもう少し真剣に考えてみるべきだったのかもしれない。
もっとも。
戦争の代名詞はオブジェクトであって、生身の兵隊などに価値はない。
だとすると、考えただけ無駄なのかもしれないが。
5
当然のように説教された。
クウェンサーとヘイヴィアの馬鹿二人は、お偉い将校用の兵舎に連れて来られていた。とは言っても、やはりここも大型の基地構成車両の中である。三台の車両をボルトで並列に連結し、四階建てに相当する四角い建物を形成している。もちろん、いざとなれば連結を解いて細い道を通る事も可能だ。
クウェンサー達はそんな将校用の兵舎の中でも、最上階の四階部分の一角にいた。
和風マニアのブルジョワめ。
思わず二人がそうシンクロしたのは、何も室内の豪華な内装を見た感想だけではない。硬い床の上にジャパニーズ・セイーザさせられているためだ。
一方、我らが上官フローレイティア様は硬い床にはいない。部屋の奥半分は一段盛り上がっていて、そこにはタタミーが敷かれている。彼女はタタミーの真ん中にある脚の低い机の前に座っていた。猫が乗ったら二度と離れなさそうな柔らかいザブトンを尻に敷いている。
長い銀髪の美女だった。
ただの銀色ではなく、うっすらと染めているのか、わずかに青い色を帯びている。