ヘヴィーオブジェクト

第一章 ガリバーを縛る雑兵達  〉〉アラスカ極寒環境雪上戦 ④

「そうだよ。三年ぐらい基地でメンテを手伝いながら生き残ると、後は本国に帰って成功コースが待ってる訳だ」

「何で、このきちなの?」


 少女は本当にそうにたずねてきた。


「このきちの───わたしのあやつるオブジェクトがどういうものかはしってるんでしょ?」

「総合マルチロール型オブジェクト。……つまり、世界中のどんな地域でもどんな天候でも自由にあつかえる、最もスタンダードな超大型兵器って訳だろ。陸でも海でもお構いなしだ」

「スタンダードっていうのは、じだいおくれっていうことなのよ」


 少女はため息をついた。


「『だい2せだい』のオブジェクトは、どこでもつかえるなんてよくばりなことは言わない。たとえば、さばくでたたかうためにかいはつされ、それ以外のぜんぶをすてたオブジェクトは、さばくの中にかぎっては『ふつうにたたかうオブジェクト』をりょうがする」


 それは、オブジェクトの製造業界ではじよじよにささやかれ始めている学説だ。

 オブジェクトが戦場に登場した当初は、世界中のあらゆる戦場で同じように戦う総合オブジェクトは、てんてきのいないひやくじゆうの王だった。しかし、戦場のあちこちにポツポツと複数のオブジェクトが現れ始めた頃から、また事情が変わってきたのだ。

 どこでも自由にあつかえるそうごうがたというのは、苦手なもののない機体という事だ。しかし代わりに、決定的な長所もないという事でもある。戦争が『オブジェクトが普通の兵器をらす』から『オブジェクトとオブジェクトの戦い』へと移りつつある状況に合わせ、今度は『数あるオブジェクト同士の中で、ぐんくためにはどうするか』という問題が生まれてきた。

 そこで提示された一つの案が、『総合的・平均的な性能のバランスにかたよりが生まれる事を承知で、決定的な長所を持つオブジェクトを建造する』事。後はそのオブジェクトが長所だけをかせる環境で集中的に運用する事で、他のオブジェクトに対して有利に戦えるのでは……と考えられているのだ。


「このアラスカだって、そうだよ。こっちのは『たんしょのない、ふつうのオブジェクト』。向こうのは『ちょうしょのある、とががったオブジェクト』。このひょうせつちたいにかぎり、わたしのオブジェクトはかてないかもしれない」

「でも、お姫様はあのオブジェクトをあやつり続けているんだろ」

「……そうするしか、ないからだよ」

『エリート』と呼ばれる少女は、わずかによどんだ。

 全長五〇メートルを越し、それまであったすべての最新兵器を『旧世代』とおとしめるに至った超大型兵器オブジェクトだが、そのパイロットの『エリート』は、だれでもなれるものではない。

 軍のフローチャート条件によって検索され、求められる項目を完全に満たした者。

 さらには各オブジェクトに合わせて化学的・電気的な手法で人工的に資質をぎ、みがき、改良をほどこし───そこらの天才を軽く超える才能にまで発展させる事で、ようやく人間はオブジェクトを操るための端末となる。

 てつていてきに開発されたエリート達は、各々のオブジェクトと運命を共にする。

 エリートなら世界中全てのオブジェクトにとうじようできるわけではない。エリートは自分のために調整されたオブジェクトしか操れない。……いや、各オブジェクトのために脳を調整された人間がエリートであるという考えでもちがいではないかもしれない。

 エリートが操作できるのは、自分のために開発されたオブジェクトか、あるいはその発展進化系となる、同じじゆけいこうけいのみ。

 だとすれば。

 自分の操るオブジェクトのけいそのものが、時代遅れになりつつあるとしたら?


「かてないかもしれない」


 てきのオブジェクトを操るエリートの少女は、ふとそんな事を言った。


「ついていけないかもしれない」


 あのオブジェクトを操る、ただそれだけのために、脳まで尖らせた少女が。


「ただしんじているだけじゃなく、じっさいにオブジェクトをメンテナンスしている人なら分かるでしょう。なんで、こんな所にやって来たの?」

「価値観の違いだな」


 クウェンサーは少し考え、そう答えた。


「強い弱いにこだわるのは軍人の考え方だ。俺は学生だからな。学術的に価値があるオブジェクトについていかないと、まともな知識や技術が身につかないんだ」

「……?」

「スタンダードでベーシックな機体のノウハウを覚えておけば、それをいくらでも応用できる。でも、最初っからとがった機体を勉強すると、それ以外に応用できない。けんりゆうがくのお勉強としちゃ、お姫様のオブジェクトについていった方がお買い得なんだよ」


 それは戦争の勝敗をまるで考えていない、きわまりない意見なのだが……これもやはり、クウェンサーは『軍人じゃないから』の一言で切り捨てられる。


「せんじょうでよくばると、ながいきできないよ」

「そうだよ。だから派遣留学ってのは、生存率が低い。それでもいつかくせんきんの出世コースを目指して戦場におじやしてるんだから、その辺のもんは言いっこなしなんだ」


 クウェンサーがそんな事を言うと、ひやくせんれんの少女はほんのわずかに、それこそどこにでもいる女の子のように、小さく首をかしげた。

 その上で、彼女は言った。


「かくごは決まっているのね」

「まぁ、まっとうな学業をコツコツやるのがいやで、飛び級しようとやつになってるんだ。それぐらいはかくしておかないとな」

「ふうん」


 エリートは、ともすればびした印象を与えるリアクションを取った。

 そして、


「本当に?」

「?」


 今度はクウェンサーがキョトンとする番だったが、オブジェクトをあやつる少女はそれ以上会話を続けようとは思っていないらしい。ライフルと竿ざおが活躍するアラスカの森林地帯から、彼女はそっと背を向け、去っていく。

 今思えば、などというちん台詞せりふは、実生活では何の役にも立たない。

 その事を踏まえた上で、それでも『今思えば』と前置きさせてもらうと、エリートの少女がこんな風に話しかけてきたのか、クウェンサーはもう少し真剣に考えてみるべきだったのかもしれない。

 もっとも。

 戦争の代名詞はオブジェクトであって、なまの兵隊などに価値はない。

 だとすると、考えただけなのかもしれないが。


    5


 当然のように説教された。

 クウェンサーとヘイヴィアの鹿二人は、おえらしようこうようへいしやに連れて来られていた。とは言っても、やはりここも大型の基地構成車両の中である。三台の車両をボルトでへいれつに連結し、四階建てに相当する四角い建物を形成している。もちろん、いざとなれば連結をいて細い道を通る事も可能だ。

 クウェンサー達はそんな将校用のへいしやの中でも、最上階の四階部分の一角にいた。

 和風マニアのブルジョワめ。

 思わず二人がそうシンクロしたのは、何も室内のごうな内装を見た感想だけではない。かたい床の上にジャパニーズ・セイーザさせられているためだ。

 一方、われらが上官フローレイティア様は硬い床にはいない。部屋の奥半分は一段盛り上がっていて、そこにはタタミーがかれている。彼女はタタミーのなかにある脚の低い机の前に座っていた。猫が乗ったら二度と離れなさそうな柔らかいザブトンをしりいている。

 長いぎんぱつの美女だった。

 ただの銀色ではなく、うっすらと染めているのか、わずかに青い色を帯びている。


刊行シリーズ

へヴィーオブジェクト 人が人を滅ぼす日(下)の書影
へヴィーオブジェクト 人が人を滅ぼす日(上)の書影
へヴィーオブジェクト 天を貫く欲望の槍の書影
へヴィーオブジェクト 純白カウントダウンの書影
へヴィーオブジェクト 欺瞞迷彩クウェン子ちゃんの書影
ヘヴィーオブジェクト 最も賢明な思考放棄 #予測不能の結末の書影
ヘヴィーオブジェクト 最も賢明な思考放棄の書影
ヘヴィーオブジェクト 北欧禁猟区シンデレラストーリーの書影
ヘヴィーオブジェクト 一番小さな戦争の書影
ヘヴィーオブジェクト バニラ味の化学式の書影
ヘヴィーオブジェクト 外なる神の書影
ヘヴィーオブジェクト 氷点下一九五度の救済の書影
ヘヴィーオブジェクト 七〇%の支配者の書影
ヘヴィーオブジェクト 亡霊達の警察の書影
ヘヴィーオブジェクト 第三世代への道の書影
ヘヴィーオブジェクト 死の祭典の書影
ヘヴィーオブジェクト 電子数学の財宝の書影
ヘヴィーオブジェクト 巨人達の影の書影
ヘヴィーオブジェクト 採用戦争の書影
ヘヴィーオブジェクトの書影