ヘヴィーオブジェクト

第一章 ガリバーを縛る雑兵達  〉〉アラスカ極寒環境雪上戦 ③

 竿さおはボールペンぐらいの長さでしゆうのうされていたが、伸ばすと五〇センチ程度───わかさぎを釣るための竿のような形になった。とはいえ、に軍事技術を応用したカーボンナンタラとかで、強度と柔軟性はばつぐんなのだろう。えさはなく、代わりにばりが数個用意されていた。どうやら餌を消費しないで釣るための方法がさくされているらしい。

 その辺をうろうろ歩き、曲がりくねった川を見つけたクウェンサーは、表面に張っていた氷を割って釣り糸をらしながら、


「うーん、今日も平和だ」


 と、戦場の最前線で思わずつぶやいてしまうのだった。


    4


 しかしまぁ、素人しろうとの学生ががんったところで、そうそう簡単にサバイバルキットなんぞ使いこなせる訳もない。元々、ちゃんとした釣り竿を使っても魚を釣れるかどうかも分からないさまのクウェンサーは、いつまでっても待ちぼうけだった。

 遠くから、断続的にはつぽうおんが聞こえる。

 もちろん敵国の兵士がぢかまでせまっているのではなく、鹿しかを求めるヘイヴィアが今夜の晩ご飯を追っているのだろう。今のご時世、超大型兵器オブジェクトのひかえている整備基地ベースゾーンへなまの兵隊がめてくるなんて事は確実にありえない。それは核シェルターの壁をタックルでかいしようというようなものなのだから。

 と。

 そんな風に考え事をしていたクウェンサーの耳に、さくさくと雪をむような足音が聞こえてきた。


「何してるの?」


 振り返ると、一人の少女がげんそうな顔をしていた。一四歳ぐらいの、けんりゆうがくの学生クウェンサー以上に軍隊には相応ふさわしくない感じの少女だ。

 肩にかかるほどのふわっとしたきんぱつに、色白の肌。単純な青というより空色に近いひとみは、どこかボーッとしているようで感情をつかみにくい。

 きやしやを通り越したせんさいな体のライン。

 彼女の台詞せりふはクウェンサー本人に、というよりは、遠くから聞こえてくるじゆうせいに対して話しかけているような調子だった。

 対して、クウェンサーはない口調で答える。


「今夜はバーベキューだ。俺がシャケ係でヘイヴィアが鹿しか係。言い出しっぺが心配するのも何だけど、鹿の肉っていのかな。食った事がないから実は結構不安なんだよ。味にクセがなければ良いんだけど」

「……やさいのないバーベキューなんかやってると、その内死んじゃうよ」


 少女は箱を開けてくだらない物を発見したような顔で、ため息をついた。

 クウェンサーはいつまでっても反応のない竿さおから目を離し、


「お姫様はどちらまで?」

「わざとおこらせようと、ちょうはつしてる?」


 少女はあまり動かない表情を、その時だけムッと変化させる。

 とはいえ、正直クウェンサーは少女とあまりめんしきはなかったし、接し方も良く分からなかった。おそらく少女の方も、まぐれで話しかけているだけなのだろう。何らかの必然性があって、この少女とコミュニケーションを取らなくてはならない状況がしようじるとも思えない。

 そう。

『エリート』と呼ばれる───超大型兵器オブジェクトのパイロットとなんて。

 このアラスカの整備場で仕事を手伝っている時には、たまにあいさつ程度の会話をわす事はあるが、それで親交が深まっているとは思えない。いて捨てるほどあまっている学生と一国の中でも限りある人数しかいないエリートとでは、あまりにも立場がちがいすぎる。



 彼女の服装はクウェンサー達のものとはちがい、そうじゆうエリート専用のものだ。そのスーツの形状は、何と表現するべきだろうか。明らかに普通の軍服などとは違う。あいいろを基調にした、首から手足の先までピッタリとおおうスーツ。ブーツや手袋は着脱式らしいが、ファスナー状のパーツでつなわせられるようだった。

 さらにその上からどうを守る黒のそうこうベストと、ミニスカートのように広がるポケット類が取り付けられている。こちらは実際にオブジェクトを操縦する際はベストのたんとポケット類のじようたんを繋げて一体型にするらしいのだが……。軍の伝統なのか、彼女のスーツの首元にセーラーのえりが取り付けられている事も手伝って、現状のツーピース型の状態だと、どことなく『安全国』の学生服のように見えなくもない。

 その実、強力なはつすいせいによって着たまま水中活動が可能であり、空軍用のスーツのように『下半身の血を止めて、脳の機能低下を防止する仕組み』まで組み込まれている。何というか、陸海空のそんの軍をすべて圧倒する、いかにも『オブジェクトらしい』とくしゆスーツなのだった。

 その青ではなく空色のひとみも、初めて整備場で見た時は本当に光をはなっているように見えて、クウェンサーは驚いた記憶がある。ただしその印象はちがいだ。正確にはオブジェクトそうじゆうじやくな赤外線を利用して、眼球の動きすら入力デバイスに組み込んでいるため、長期間のレーザー照射で元々は青かった瞳の色が薄く変質してしまっているのだ。

 もっとも、これは『レーザーでどうこうのレンズ機能がちつじよこわされている』のではなく、『効率良くレーザーの効果をはつするために進化している』のであって、一定以上瞳の色が薄くなる事はないらしいのだが。

 少女はエリートのしようである薄い色素の瞳をクウェンサーに向けて、こんな事を言う。


「オブジェクトはせいびちゅう。ひまだから外をブラブラしていたら、なんかバンバンおとがきこえてきたの」

「……ヤッベ。基地の中まで届いていたか。となると説教が待ってるかもな」

「あと、きちょうなオブジェクトのメンテナンスなのに、あのコゾウはべんきょうするチャンスをぼうにふってどこであそんでいるんだって、チーフのおばあさんがどなってた」

「ヤッベエ!? そいつは本格的にまずそうだ!!」


 思わずガバッとベースゾーンの方へ帰ろうとしたが、


「……いや待て。どうせ今からダッシュでもどっても説教されるんだよな。だったら手ぶらで怒られるか、シャケを手に入れてから怒られるか、だ。……そうかそうか、これは一匹でもげるまでは死んでも帰れなくなってしまったぞ」

「そんなふうにふまじめだから、いっつもおこられるのよ」


 ほとんど現実逃避気味に竿ざおもどるクウェンサーに、少女は心の底からあきれた視線を向ける。どうやら本当に暇なのか、あるいは正規の軍人以外の者がめずらしいのか(軍人にとってオブジェクトの運用は死活問題なので、それをあやつる『エリート』の少女に不用意に接触して、万が一にもりよの事態におちいらせるわけにはいかない、という意識が働いているらしい)、今日きようは何だかいつもより食いついてくる。いつもは整備場でメンテナンスを手伝っていても、一言二言ぐらい事務的な言葉をわす程度の関係なのだが。


(……もしや、このお姫様もレーションにきてシャケに興味があるのか?)


 とも考えたが、そんな事を言えば流石さすがげんそこねてしまうだろう。

 そんな感じで、会話のきっかけをさがしているクウェンサーだったが、少女の方が続けてこう話しかけてきた。


「あなた、オブジェクトのべんきょうに来たんでしょう?」


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