「航空部隊のエース達がコックピットで待機してるのって、無線機使ってラジオを聞きたいかららしいし。とはいえ、それ以外の機甲部隊───戦車の連中が役に立ってるとも思えないけど。というか、滑走路の『地均し』なんてさ。装甲車の前面にでっかいシャベルをつけてガーッと直進すれば済むと思わないか?」
「……俺ら、今何やってんすか……?」
「まぁまぁ。戦わなくて済むのは良い事じゃないか」
「軍人の台詞じゃねえが、そいつについては同感だがな」
民間出身のクウェンサーの言葉に、不良軍人のヘイヴィアも軽く認めた。
「殺し合いなんざオブジェクト同士に任せときゃ良いのさ。今時、戦場で命を落とすなんて流行らねえ。遠くから黙って見てりゃ、オブジェクトが勝手にお土産の功績を持ち帰ってくれんだ。生身の俺らが真面目に戦うなんてありえねえよ」
「ヘイヴィアは『貴族』なんだっけ?」
「そーだよ。だから武勲なんてつまんねーモンをかき集めねえと、家督を継ぐ者としての箔がつかねえんだと。ま、三年も基地に詰めてりゃ後はデカい屋敷で大勢のメイドさんとお戯れコースさ」
言葉に反して、ヘイヴィアはつまらなさそうな顔をしている。
どうも、そういう安泰な人生コースに不満があるらしかった。
「テメェもテメェで大変そうだがな」
「こっちはヘイヴィアと違って『平民』出身だからさ、手に職つけないとやってけない訳。だからこんな所まで派遣留学しているだけだよ」
「オブジェクト関連の設計士目指してるんだっけか?」
「現場で学ぶのが富豪への最短コースって話だよ。こっちも三年ほど基地に詰めてれば、最高クラスの高学歴がいただけるって寸法だ。後はヒーローが乗るためのオブジェクトを製造・売買する事で、『ヒーローに協力している聖者コース』の特権と大金を得られるんだ」
「それなりの難関だから、派遣留学の成功者ってもてはやされんだろ。軍人としての『教育』を受けてねえヤツは、なんだかんだで戦地の病気とか過労とかでバタバタ倒れていくとかいう話じゃねえか。そういう話を聞くと、やっぱここは戦場なんだって思い出させられるな」
「そういえば、ヘイヴィアって『教育』とか受けてたっけ?」
「一応、旧式の入隊訓練を一通りな。五ヶ月の間に基礎体力と協調性を学ばせたかったみてえだが、思惑通りになってりゃこんな不真面目になっちゃいねえよ。配属以来一度も生身の実戦がねえから、近接格闘の方もそろそろ錆びついてきてるかもしれねえ」
「戦いを忘れてしまうぐらいの日々なら、幸せって事なんじゃないのか?」
「軍人の台詞じゃねえが、そいつについても同感だ」
言うだけ言うと、ヘイヴィアはくだらなさそうな調子で話題を変えた。
「にしても、軍の食糧ってのは不味くていただけねえな。栄養調整型レーションなんてもんを開発してる連中は何を考えてんだか。……普通の肉より高いのに普通の肉より不味いってのが余計に気に食わねえ」
「明確に味を決めてしまうと、美味い不味いで兵士のテンションが変わるから、わざと味のない物を食べさせてるんじゃなかったっけ? 料理の評価なんて主観的だから、絶対的に誰もが喜ぶ料理は作れないとか何とかで」
「だから万人が平等に不味く感じる物を食べさせましょうってのか? ふざけんなっつーの」
「他人の税金で食べられるんだから文句はナシなんじゃないの? まぁ確かに、これならその辺の鹿でも捕まえて、塩焼きにした方がまだマシかもしれないのは認めるけど」
クウェンサーが適当な調子で言うと、何故かヘイヴィアはピタリと動きを止めた。
彼は純粋に感心した瞳をクウェンサーに向ける。
「……流石は派遣留学。テメェは本当に天才だな」
「おい」
「そうだよな。美味い食い物がないんなら、自分で食材から調達しちまえば良いんだ」
3
そんな訳で。
スコップを放り投げたヘイヴィアは、軍用のライフルを構えてベースゾーンの敷地外へと飛び出した。辺り一面に広がっているのは、白い雪から突き出すように生えた針葉樹の森。野生の動物なら腐るほどいそうな感じの大自然だった。
付き合わされたクウェンサーは、押しつけられたライフルをその辺に置きながら、
「オイやめようぜ、バレたら上官がうるさいぞ。動物愛護の精神が足りないとか何とかグチグチ言われるに決まっているんだ」
「テメェだってあんな石油製品でコンニャク作りましたみてえなレーションじゃなくて、ジューシーなお肉が食べたいだろ。大体、敵国の兵士をバンバン撃ったら褒められんのに、動物撃ったら怒られるっつーのもどうなんだか」
「だから、弾だってタダじゃないじゃん。敵国の兵士を撃ち殺すために税金使って用意してるんだから、血税の無駄遣いはやめましょうって話なんじゃないのか?」
そんな風に言うクウェンサーだったが、ヘイヴィアは聞く耳を持たない。雪の上に残る鹿の足跡をなぞって、針葉樹の生い茂る森の奥へ奥へと出かけてしまう。
(……やってらんないな)
クウェンサーは置いたライフルを拾い上げると、近くにあった岩の上に腰かけた。
整備基地ベースゾーンの方を見る。
と言っても、それは分厚い鉄筋コンクリートの建物が並んでいる訳ではない。クウェンサーの所属するベースゾーンはいわゆる『移動型』で、その正体は大型トレーラーを遥かに凌ぐサイズの基地構成車両を大量に並べて構成される大規模な車両団だった。兵士の居住区もレーダー管制塔も全て巨大な車両の上に設置されている。一番大きなオブジェクト整備場ですら、数十メートル級の極めて大きな特殊車両をいくつも並べて組み立てられているぐらいだった。
これも、オブジェクトによって戦争のルールが変わった点の一つ。
一ヶ所に固まって防備を固めるより、最強の戦力であるオブジェクトをあらゆる地域で迅速に展開させる方が、軍事的に重要とみなされ始めているのだ。
クウェンサーはそんな新しい時代の基地に目をやりながら、
(……勲章持ってる上官達は、あったかい部屋の中でコーヒーでも飲みながら、オブジェクトが功績を持ち帰ってくるのを待ってる訳だ)
とはいえ、怨念を放ったところでアラスカの寒さが和らぐ事はないし、ヘイヴィアの言う通り、味も素っ気もないレーションに飽きていたのも事実である。
着慣れていない軍服のポケットを探り、クウェンサーは使い方も覚えていないナイフと一緒に支給された、サバイバルキットを取り出した。傷の手当てをするための一式の他に、火を起こすための道具や魚を釣るための物なども収まっている。
(オブジェクト全盛の時代に、これぞ税金の無駄遣いだな)