ヘヴィーオブジェクト

第一章 ガリバーを縛る雑兵達  〉〉アラスカ極寒環境雪上戦 ②

「航空部隊のエース達がコックピットで待機してるのって、無線機使ってラジオを聞きたいかららしいし。とはいえ、それ以外の機甲部隊───戦車の連中が役に立ってるとも思えないけど。というか、滑走路の『ならし』なんてさ。そうこうしやの前面にでっかいシャベルをつけてガーッと直進すれば済むと思わないか?」

「……俺ら、今何やってんすか……?」

「まぁまぁ。戦わなくて済むのは良い事じゃないか」

「軍人の台詞せりふじゃねえが、そいつについては同感だがな」


 民間出身のクウェンサーの言葉に、不良軍人のヘイヴィアも軽く認めた。


「殺し合いなんざオブジェクト同士にまかせときゃ良いのさ。いまどき、戦場で命を落とすなんてらねえ。遠くから黙って見てりゃ、オブジェクトが勝手にお土産みやげこうせきを持ち帰ってくれんだ。なまの俺らがに戦うなんてありえねえよ」

「ヘイヴィアは『貴族』なんだっけ?」

「そーだよ。だからくんなんてつまんねーモンをかき集めねえと、とくぐ者としてのはくがつかねえんだと。ま、三年も基地にめてりゃ後はデカいしきで大勢のメイドさんとおたわむれコースさ」


 言葉に反して、ヘイヴィアはつまらなさそうな顔をしている。

 どうも、そういうあんたいな人生コースに不満があるらしかった。


「テメェもテメェで大変そうだがな」

「こっちはヘイヴィアとちがって『平民』出身だからさ、手に職つけないとやってけないわけ。だからこんな所までけんりゆうがくしているだけだよ」

「オブジェクト関連の設計士目指してるんだっけか?」

「現場で学ぶのがごうへの最短コースって話だよ。こっちも三年ほど基地にめてれば、最高クラスの高学歴がいただけるってすんぽうだ。後はヒーローが乗るためのオブジェクトを製造・売買する事で、『ヒーローに協力している聖者コース』の特権と大金を得られるんだ」

「それなりの難関だから、派遣留学の成功者ってもてはやされんだろ。軍人としての『教育』を受けてねえヤツは、なんだかんだで戦地の病気とか過労とかでバタバタ倒れていくとかいう話じゃねえか。そういう話を聞くと、やっぱここは戦場なんだって思い出させられるな」

「そういえば、ヘイヴィアって『教育』とか受けてたっけ?」

「一応、旧式の入隊訓練を一通りな。五ヶ月の間に基礎体力と協調性を学ばせたかったみてえだが、おもわく通りになってりゃこんなになっちゃいねえよ。配属以来一度も生身の実戦がねえから、きんせつかくとうの方もそろそろびついてきてるかもしれねえ」

「戦いを忘れてしまうぐらいの日々なら、幸せって事なんじゃないのか?」

「軍人の台詞せりふじゃねえが、そいつについても同感だ」


 言うだけ言うと、ヘイヴィアはくだらなさそうな調子で話題を変えた。


「にしても、軍のしよくりようってのはくていただけねえな。栄養調整型レーションなんてもんを開発してる連中は何を考えてんだか。……普通の肉より高いのに普通の肉より不味いってのがけいに気に食わねえ」

「明確に味を決めてしまうと、い不味いで兵士のテンションが変わるから、わざと味のない物を食べさせてるんじゃなかったっけ? 料理の評価なんて主観的だから、絶対的にだれもが喜ぶ料理は作れないとか何とかで」

「だからばんにんが平等に不味く感じる物を食べさせましょうってのか? ふざけんなっつーの」

「他人の税金で食べられるんだからもんはナシなんじゃないの? まぁ確かに、これならその辺の鹿しかでもつかまえて、塩焼きにした方がまだマシかもしれないのは認めるけど」


 クウェンサーが適当な調子で言うと、かヘイヴィアはピタリと動きを止めた。

 彼は純粋に感心したひとみをクウェンサーに向ける。


「……流石さすがけんりゆうがく。テメェは本当に天才だな」

「おい」

「そうだよな。い食い物がないんなら、自分で食材から調達しちまえば良いんだ」


    3


 そんなわけで。

 スコップをほうげたヘイヴィアは、軍用のライフルを構えてベースゾーンのしきがいへと飛び出した。あたり一面に広がっているのは、白い雪からすようにえたしんようじゆの森。野生の動物ならくさるほどいそうな感じの大自然だった。

 付き合わされたクウェンサーは、押しつけられたライフルをその辺に置きながら、


「オイやめようぜ、バレたら上官がうるさいぞ。動物愛護の精神が足りないとか何とかグチグチ言われるに決まっているんだ」

「テメェだってあんな石油製品でコンニャク作りましたみてえなレーションじゃなくて、ジューシーなお肉が食べたいだろ。だいたい、敵国の兵士をバンバンったらめられんのに、動物撃ったら怒られるっつーのもどうなんだか」

「だから、たまだってタダじゃないじゃん。敵国の兵士を撃ち殺すために税金使って用意してるんだから、血税のづかいはやめましょうって話なんじゃないのか?」


 そんな風に言うクウェンサーだったが、ヘイヴィアは聞く耳を持たない。雪の上に残る鹿の足跡をなぞって、針葉樹のしげる森の奥へ奥へと出かけてしまう。


(……やってらんないな)


 クウェンサーは置いたライフルをひろげると、近くにあった岩の上に腰かけた。

 整備基地ベースゾーンの方を見る。

 と言っても、それはあつい鉄筋コンクリートの建物が並んでいる訳ではない。クウェンサーの所属するベースゾーンはいわゆる『移動型』で、そのしようたいは大型トレーラーをはるかにしのぐサイズの基地構成車両を大量に並べて構成される大規模な車両団だった。兵士のきよじゆうもレーダーかんせいとうすべて巨大な車両の上に設置されている。一番大きなオブジェクト整備場ですら、数十メートル級のきわめて大きな特殊車両をいくつも並べて組み立てられているぐらいだった。

 これも、オブジェクトによって戦争のルールが変わった点の一つ。

 一ヶ所に固まって防備を固めるより、最強の戦力であるオブジェクトをあらゆる地域でじんそくに展開させる方が、軍事的に重要とみなされ始めているのだ。

 クウェンサーはそんな新しい時代の基地に目をやりながら、


(……くんしよう持ってる上官達は、あったかい部屋の中でコーヒーでも飲みながら、オブジェクトがこうせきを持ち帰ってくるのを待ってるわけだ)


 とはいえ、おんねんはなったところでアラスカの寒さがやわらぐ事はないし、ヘイヴィアの言う通り、味ももないレーションにきていたのも事実である。

 着慣れていない軍服のポケットをさぐり、クウェンサーは使い方も覚えていないナイフといつしよに支給された、サバイバルキットを取り出した。傷の手当てをするための一式の他に、火を起こすための道具や魚をるための物などもおさまっている。


(オブジェクト全盛の時代に、これぞ税金のづかいだな)



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