未踏召喚://ブラッドサイン

オープニングX-01 気の抜けた始まり ①

 ちょっと、をしましょうか。


 最も単純な『第一のしようかんれい』と言えば、やはり自己の上書きの話でございますわね。

 例えばの話ですけど、空想って度が過ぎればせいぎよ不能のがいもうそうになったりするでしょう? でも、もしもその力を自在に制御できれば、ばつぐんのアイデアに化けるのでございますわ。ぎようの新企画にしても発明家の一品にしても、それはきよまんの富を授けてくれますわよね。

 いえいえ、何も頭脳労働だけに限った話でもございませんわ。スポーツ選手や軍のげきしゆなどがたけびだのゾーンだので自ら頭のリミッターを外す技術だってあったはず。

 紀元前から現代まで続く技術として、動物の毛皮をかぶる事でその動物になりきったり、とくしゆしようや面をつけてこの世ならざる者と同じ役割をもらおうとしたり……。しよせんは内面の上書き、外界に物理的えいきようが出る訳ではないなどとあなどる事なかれ。それは時に個人の社会的地位向上からちよう国家間の歴史の変動さえ可能とする、大きな力を生み出すものなのでございますよ。

 確実な理論に基づく一定の手順によって、一〇〇%の精度で自己の内面を上書きする技術。それでもって確実な利益をかくとくするための方法論全体を指して定義したもの。

 ねっ☆ そう考えると『召喚』っていうのも割かし身近なものだとは思いません? そりゃ有名企業のおえらいさんがもんとしてさんくさうらない師をやとったりする訳だー、っていうか。

 さて。

 まずはこの前提をさえてもらった上で、わたくしからこう質問させてもらいましょうか。


 もちろん、そんなミニマムな話で満足するあにうえではございませんよね?


『第二の召喚儀礼』。自己の精神を通常の心理学では説明不能な領域までれいさせる事で、どうしよの悪魔を呼び出し、神話の神々に具体的なこうしようせまり、まさしくじんえた現象を操る方法論。円の中の五角形だのロータスワンドだの薔薇ばら十字のシジルだの……ま、この辺を何とかしようとしたのが一九~二〇世紀前半に進化を極めた近代西洋魔術結社でございましょうか。あるいは冷戦中のスターゲイト計画だの旧ソごく研究だのの超心理学なんかも一部当てはまるかもしれませんが。ぬはははは!! あまいや暗殺から世界の救済まで何でもござれ。これぞまさしく『求める者が思いえがく、都合の良い召喚術』のイメージってヤツでございますわ。

 でも。


 一九九九年。さらにそのおくで発見された『第三の召喚儀礼』。

 正直に言って、ここからが本番でございますよね。あにうえ?










 さて、四〇階建ての高級マンションがあるとしよう。住むとしたら建物のどこに住んでみたいだろうか?

 やっぱり見晴らしの良い最上階?

 ───でも火事がこわいし、停電でエレベーターが止まったらどうするんだ。

 なら非常口や階段の近くにしてみようか?

 ───その階段を伝ってごうとうさんや空き巣さんはやって来ないのか。

 いっそ、できるだけ地上近くはどうだろう?

 ───上の階で水のトラブルがあると下はれなく巻きえだが。

 ……結局のところ、最良の答えなんてないのかもしれない。メリットを取ってデメリットも抱き合わせで美味おいしくいただく。そんなかくを決めないと部屋選びはできないのかもしれない。

 ちなみに、フード付きのパーカーにスポーツブランドのジャージという、おはようからおやすみまでどこでも通用しそうなぼんよう極まる格好をした少年、しろやまきようすけが入ったのは、最上階とその一個下の階を階段やけでぶち抜き、二フロアを丸々使った最上位クラスの部屋だった。正確には、屋上も空中庭園・家庭菜園としてキャッシュでご購入済み。都合三フロア分の空間を呼ぶ名前はカタカナで二五文字以上あった気がしたが、恭介は覚えていない。

 自分が住んでいる訳でもないので、そこまで気にする必要もないだろう。

 インターフォンもさずに入ってきた恭介のドアの開閉音を耳にしたのか、やたらと長いろうの向こうから少女の声が聞こえてきた。


「おかえりなのです、お兄ちゃん……」

「おかえりではないよ血もつながっていないし兄妹でもないし。いらっしゃいとかよくぞ来たとか、そんな感じだろう。あなたの家なんだから、自分で片づけくらいしてくれないと困る訳よ」


 右と左の手にそれぞれビニールぶくろや荷物を下げながら、恭介は少女の声がした方に向かう。


「なんか表は大変な事になっていたよ。道だか橋だかがこわれて交通じゆうたい。モノレールが止まったせいかあっちこっちで人混みがひどくてさー……。まぁ、ひきこもりのあなたにとっては関係ないかもしれないけどね」


 まんまテニスでもできそうなほど広いリビングに、『彼女』はゆったりとこしけていた。

 に? ソファに?

 いいや。


「ああっ! 『トロピカルジュエリー』のルビーりんのまるまる全部シャーベット! 電話口ではなんだかんだと文句を言いながらも行列に並んでくれるお兄ちゃん愛しています。さあさあ、良い子良い子してあげるのでそのもつをこちらに……」

「いや、あなたの愛もくつじよくてきしつけも一切不要な訳なんだが」

「ああっ! しかも朝昼夜に三〇個ずつしか出さないあっぷるちーまでついてます!? お、お兄ちゃんは一体どこまでごほうが欲しいのか……。今日はお風呂でもいつしよに入りますか?」

「というかね、さっきからぼくこわいんだよ! あなたがこしけている、その、ワシントン条約にガッツリていしよくしているっぽいタイガーがさー!!」


 部屋の主が腰掛けているのは、体長五メートルに届くきよだいとらだった。

 毛皮を使ったソファとか、ソファの形に整えたはくせいとか、そういう話ではない。

 今もねむたそうにそべり、ゆらゆらとゆっくり尻尾しつぽっている……

 すると少女はぷくーとほっぺたをふくらませて、


「お兄ちゃん、この子はタイガーじゃないです。ライオンとホワイトタイガーをけ合わせて作ったホワイトライガーなのです。動物園に貸し出したら年間で七億円はかたちよう希少種なのですよ……?」

「そのみつ兵器みたいな名前のバケモンが、さっきからものめずらしそうな目でこっちを見ている訳だが」

「がおがおー……なのです」

「やめなって! 不意打ち受ければつうに死ぬと思うよ、これ!」


 ちなみに少女自体は色白でがらなAカップ、茶色いかみは細い三つ編みを二つ作った上で大きな円をえがくように頭の両サイドでまとめるという……ああめんどうくさい、トリッキーなツインテールみたいな髪型をしているのだが、もっと分かりやすいとくちようがあった。

 水着なのだ。

 四月中旬だというのにけいこうグリーンのビキニだけを、いや今度は説明が足りなかった、蛍光グリーンと白のシマシマのビキニだけをまとい、適度で心地よいだんぼうと肉食動物の体温にまみれてうとうとしている訳である。