城山恭介は手摑みで限定デザートにがっつこうとする少女を押し留め、使い捨てのおしぼりとフォークをビニール袋から取り出して手渡しつつ、
「あのね、愛歌。今さらあなたの頭の中身についてどうこう言うつもりはないけどさ、せめて日常生活では下着と衣服を装備しようではないか」
「文句があるのですか?」
「あるから言ってんの! まあ洗濯が簡単なのは認めるが!」
「服が……つまりニーソックスが足りないと嘆いているのですね? だが大丈夫!! すでに一二色耳を揃えてネット通販で手配済み! さあさあお好きなバリエーションでどうぞ……」
「裸にニーソックスは着衣とは呼ばねえよ!! アワード50くらいの子飼いをそんなくだらない事に駆り出して……!! おやおやどうした、こいつはもう本格的なカウンセラーにお願いするしかないっていうのかなー?」
「またまた照れちゃって、妹のニーソックスを追い求めてない男性などいません。数は余っているので、何なら二、三足くらいは勢い余って食べちゃっても大丈夫なのですよ……?」
「いくら何でも、あなたが腰掛けているライガーと一緒にされるのはあんまりだと思う訳だよ」
愛歌と呼ばれる少女は、ソファ代わりにしているホワイトライガーから身を乗り出し、ガラステーブルの上に置かれた『生の林檎を丸ごとくり抜いて、中に果実と洋酒のシャーベットを詰め込んだお菓子』と格闘しながら、
「このお兄ちゃんめ。正直な話、ホワイトライガーは毛皮の脂がギットギトなので、普通の服を着たままじゃれつく事はできないのです」
「そこで何故この子は衣服を諦めて獣に飛び付く方を優先してしまう訳よ……?」
そのせいなのか、愛歌の柔肌は温かい照明の光をぬるりと照り返していて、妙に艶めかしかった。多分、この格好でサバンナを練り歩いても他の動物に襲われる事はないだろう。
と。
水着猛獣少女愛歌がシャーベットに専念したため、ようやく世の混沌が静まりつつあったというのに、横から別の手が伸びてきた。
より正確には、城山恭介の分の林檎を分捕ろうとする女性がもう一人。
濡れたような長い黒髪に透き通るブルーの瞳。真っ赤なチャイナドレスをさらに肉抜きして露出度を増やした、『担任教師かアパートの管理人だったら天国』な感じのお姉さんだ。
恭介は尋ねた。
「で、あなたはそこで何をしているのかを言ってみなよ」
「何って、そこの妹キャラが恭介ちゃんを『トロピカルジュエリー』の行列に並ばせてるとか自慢メール送ってきたもんだから、まあお姉さんとしておこぼれに与って台無しにしてやろうかな、と」
「なんと、悪意しかなかった!!」
「そうです、私は妹キャラではなくガチの妹なのです……」
「口を挟むのではないよややこしい。そもそも愛歌だって血が繫がっている訳でもなければ義理の家族でもない、単なる赤の他人だろう! というか、どうして『仕事』の面倒を見てもらうべき僕が、仲介人のあなたの身の回りの面倒を見なくてはならないのか……!?」
「ふふふそんなお兄ちゃんのためなら私は全身の骨髄を移植してお兄ちゃんと全く同じ血液を生産する事も辞さない構えなのですよこうしている今もすでにひっそりとお兄ちゃんの皮膚組織を採取し再生医療分野とも連携を取って計画は着々と進められているのです同じ血が流れているのに遺伝的にはノープロブレムとか全世界全男性の夢と理想がこれでもかってくらいぎゅうぎゅうに詰まっていますよねうふふふふふ……」
小柄な少女の口から排水口を逆流する粘液のようにバイオケミカル系の気持ち悪い妄想がだだ洩れになってきたので、もう恭介はそっちには触れないようにした。……ただの妄想で止まっていてほしいと切に願うが。
「愛歌も愛歌でとんでもない水着ガールだけどね。リューさんもここのところ節操がなくなっているように思うよ」
「ああ、これ?」
ちゃっかり林檎のデザートにフォークを突き刺し、的確に『つばつけた』状態にしながら、緑娘藍は自分の格好を見下ろす。全体的に真っ赤なチャイナドレスだが、胸の中央からへそにかけて縦にガッツリ肉抜きされている上、髪飾り、ガーターベルト、ストッキング、長手袋など洋風レース系の装飾品でさらに艶めかしさを上げている。胸の中央の切り込みといい、腰のスリットといい、どう下着をつけているんだ? と非常に気になるデザインではある。
……説明が長くなった。結論だけ覚えておいていただければ支障はない。簡潔に、擬音で表現すると以下のようになる。
ぱっつんぱっつーん!!
「言っておくけど、これお姉さんの趣味じゃないわよ。ほら、何だったかしら? トム=ジョストの最新作。ああもう、どれもこれも二丁拳銃でカンフー交えて撃ち合うヤツばっかりだからごちゃまぜになって思い出せない……」
「ブラックタイガー?」
「『……おい、今度の主人公はエビフライなのか?』のネットスラングでお馴染みなのです……」
「そうそれ。まあ中華街のキャンペーンでね、コスプレさせられているのよ。というか、あの映画自体C区画でロケやってたから、イベント用のセット組み立てる必要もないの。となるとできるだけ元を取りたくなるのが人情でしょう。スタントマン達が街中で不定期にアクションショーやっているし、昼夜問わずの空砲がうるさいったらないわ」
猛獣をソファ代わりにする水着少女に、映画の主演女優が霞むほど改造チャイナドレスを華麗に着こなす美女。
宇宙人が地球人のサンプルが欲しくなったら真っ先に目をつけられそうなくらい悪目立ちしまくっている二人だが……実は、『この街』ではそう珍しくもないのかもしれない。
フード付きのパーカーにスポーツブランドのジャージなんてありきたりな格好では、年中無休で仮装パーティをやっているような『この街』の中では埋没してしまう。
点けっ放しのテレビはこんな事を言っている。
『先月、正式に財政破綻に陥った事を認めた春川市ですが、先ほど、民間資本としてトイドリーム社が全面的なバックアップを約束するという声明を公式に発表しました。今後、春川市は四〇番目の国際再生都市として……』
『米国、デトロイトの再生事業からついに四〇番目になりましたか。早いものですな。世界中に巨大遊園地をばら撒いて笑顔と活力を与えるというトイドリームの思想は、暗い話題ばかりの昨今、皆が待ち望んでいた明るいニュースとして定着しつつありますな』
『一方で国外の外資系一企業が地方政治を丸ごと掌握する、という状況に懸念の声も上がっているようです。中には軍縮政策により撤退を続ける在外米軍基地と入れ替わりでCIAの資金源や軍事活動拠点が増えているとの過激な反対意見もあり……』