未踏召喚://ブラッドサイン

オープニングX-01 気の抜けた始まり ③

「早いわよねえ」


 改造チャイナドレスのリユウニヤンランが、こおったりんをプラスチックのフォークでジャコジャコくずしながら適当な調子でつぶやいた。


「ちょっと前はトイドリーム35とか言って、この街もてんやわんやのおおさわぎだったのに。もう四〇に増えている。ま、この分だとすぐに五〇のキリ番にかすみそうだけど」

「ネットけの妹とて時代の流れにはついていけないのです。つまり永遠の一四さい。お兄ちゃん愛して……」


 なんか『うまい事言った』的なドヤ顔をしているあいを軽く無視するしろやまきようすけ


「早い早いって言えば、ぼく達がこうして集まっているのも不思議なような。というか、より正確には愛歌とリューさんがお化け退治だの古文書ふういんだの本来の業務そっちのけで訳なんだが」

「何を言っているのですかこのお兄ちゃんめ。『不殺王アリス(ウイズ)ラビツト』のお兄ちゃんがすずしい顔して一番暴れ回っていたのです」

「いやいやいや。そんなまさか」

「ああ、確かにあれはひどかったわ。年中水着のアホの子も相当だったけど、きようすけちゃんは頭一個飛び出ていたし」

「……オカルトを一切用いずにかくし武器だけでわたり合う年増にあれこれ言われたくないのです。多分あんなのはかなりの年の功がないとし得ないのです」

「あーかたる。おっぱいってじやよねえ」

「年増が黄金の鉄板ワードでちようはつしてきたのです!! ラぁぁイガーぁぁぁ……!!!!!!」

「ふふふはは。そのペットちゃんはゆうしゆうでしょうけど、あなたが指鳴らす前に急所を五つはかいする自信があるわよ。『瘦身暗器パーフエクトドラゴン』をめないでちょうだいね? まな板ならともかくろつこついているせんたくいただとちょっと痛々しく見えるわよだれが年増だ」


 ガカァ!! と両者の間でらくらいのようなオーラがさくれつしたので、恭介はそっと輪の外へなんしようと考えた。もうりんのシャーベットもうばわれたし、今から五メートルのもうじゆうが暴れるって言っているし、その五メートルを生身で仕留めると公言するお姉さんが不敵に笑っているしで、ここに残っていたって良い事は何にもなさそうだからだ。


「おっと、そうは問屋がおろさないのですお兄ちゃん……。というか、妹のバトルをコンマ一秒で見捨てる兄とかどういう了見なのですか」

「というかね、あいからたのまれたおつかいも終わったし、ぼくはもう帰ってたいんだけ……」

「ライガー」


 ビキニの少女が軽く指を鳴らす。たんに彼女のソファが動き、ははねこが子猫を運ぶように上着の首根っこをあまみされた恭介は大人しくなった。

 ソファを失った愛歌はガラステーブルへぐでーんと上半身を投げたまま、


「おつかいは口実に決まっているのですお兄ちゃん。大事な話があるのを忘れてないですか?」

「何がよ」

「『不殺王アリス(ウイズ)ラビツト』の通り名を持つお兄ちゃんが、何を血迷ったのかしようかんれいの業界から足を洗うなんて言い出した事についてですこのすっとこどっこい」

「だんだっ、だんだんっ、だだだらっだだだだーん♪」

「ちょ、恭介ちゃん。なにイントロ口ずさみながらコンビニの小さなケーキ取り出している訳?」

「なにって召喚業界卒業記念な訳だが」

「セルフケーキとかかなし過ぎる!! じゃなくて、あれがじようだんじゃなかったとしたらお姉さんも困るわよ! というか引退するくらいならお姉さんがもらっちゃう!!」

「お兄ちゃんは私のなのです……! もしもお兄ちゃんが他の誰かになびくというなら、その顔にデカデカと愛歌ちゃん印を焼印でスタンプしてやるのです。お兄ちゃんが一体誰のものなのかを、いつでもどこでもすぐに思い出せるように……!!」

れんあいからめただけで『不殺王アリス(ウイズ)ラビツト』もらえるっていうなら私だって本気出すわよ! ストーカー気質の自覚があって自らにれんあいを禁じた大人の女がスイッチ入るとどうなるか教えてあげるわ。ペットボトルの水の味がおかしい? それは私の残り湯だから当然よ! カッ!!」

「やめてどっちも気持ち悪いッッッ!!!!!!」


 何やらおんな名前で呼ばれているワケアリきようすけが女の子みたいな声でさけんだ。


「……そもそも、これって二人には半年前から相談してきた事だろう? 事件に一区切りがついて、ぼくしようかんに使うよりしろを失ったんだ。卒業したっていう方が正しいけど。そして半年っても新しい依代とめぐり合えなければ、そこですっぱり召喚れいの業界から足を洗うって」

「うっ……。そんな約束も、していたような」

「今日が期日の半年。でもって、僕の横には新しい依代なんていない訳さ。なら、そういう事で。そもそも召喚師って言ったって依代がいないと何も呼び出せないんだし、えんがなかったって事なんだってば。僕はほら、最強の召喚師になるとか、まだ見ぬ被召物マテリアルの可能性をさくするとか、そういう目的を持って息巻いている訳でもないんだし」

「……逆に不思議よね。特別なモチベーションもなく、そこまでのらりくらりとやっていて、どうしてあんな上位まで上りめる事ができたのかしら」

「僕だって知らないよそんなの。『のろいの言葉』を耳にするたびに仕方なく人を助けてきた。で、気がつけばみような通り名で呼ばれるようになっていたんだろう? それ以外には何もないね」

「そこにしびれるお兄ちゃんなのです……。具体的には『呪いの言葉』を言うごとに毎日妹のご飯を作りに来てくれて、水着を洗ってくれるので助かるのです」

「いやこれからは自分でやらないとだろうが。僕は引退するって言っているんだからさ」


 だから、と恭介が続けようとした時だった。

 恭介の衣服の首回りをあまみしていたホワイトライガーが口をはなすと、ぐるぐるとうなり声をあげた。あいは小さく首をかしげつつ、


「そういえば、お兄ちゃんが来た辺りからライガーが落ち着かないのです。お兄ちゃん、ちゆうからげとか肉まんとか買い食いしてきたのですか……?」

「ああ、多分あれの事ではないかな」


 つぶやくと、恭介は部屋から出て行った。

 ろうげんかんに何かを取りにもどったのかな、と二人の女性は考えたが、直後に脳裏に別の考えがかんだ。

 ……さりげない流れを作ってとうぼうしたのでは?

 ガタガタン!! とあわてて廊下へ飛び出す愛歌とリユウニヤンラン

 だがそこで、彼女達は何かに足を引っけてどったんばったん転げ回った。

 足を引っ掛けたもの。そこにあったものとは。


 ごろり、と。広く長いろうのど真ん中に、何か大きなかたまりが転がっていた。

 それは全身あちこちを血のにじむ包帯で雑に手当てした……


 あおけともうつせともちがう、とりあえずを投げ出したままの苦しそうな体勢にもかかわらず、その巫女さんはピクリとも動かない。長いかみは茶というより金に近く、かわのヘアバンドのようなものでアクセントを加えていると思いきや、よくよく見ればそれはかくしだった。同様に、首飾りに見えたものも競走馬の口にくわえさせるくつわである。


「ホワイトライガー、とか言ったかな? 血のにおいでこうふんするかなと思って、ちょっとあつかいに困っていた訳なんだけど」

「お、お兄ちゃんが私の家に他の女を連れ込んできたのでぶぎゅう!?」

「その子どうしたのかしら?」


 ややこしくなりそうな芽を物理的にんだ改造チャイナドレスの美女がたずねた。

 きようすけかたをすくめて、


「いや、あいのおつかいのちゆうたおれているのを見つけて、『』ってお願いされちゃった訳だからさ、つい……っていうか……」

「……


 リユウニヤンランの返事には複雑な色があった。納得ともあきらめとも言える。人差し指で自分のこめかみをぐりぐりする彼女に向かって、恭介はこうめくくる。


「やり残しがあるのも気持ち悪いし、これをしようかんとしての最後の仕事にするよ。『』とたのんだ彼女の命と人生を一通り保護する。その程度ならよりしろがいなくても何とかなるだろう」