未踏召喚://ブラッドサイン

オープニングX-02 気の抜けぬ始まり ①

 ……時間は少しだけさかのぼる。

 あるふた巫女みこが、『失敗した』とそくに気づいたそのしゆんかんまで。


「くそっ!!」


 国際再生都市・トイドリーム35。旧名・なつ市。財政たんのツケを外資系かいぶつぎようにオマカセした結果、市政一個分の行政権限を丸ごと明けわたし、ドル箱のきよだい遊園地に生まれ変わった子供達の夢と大人達の希望の街。今では米国・日本のみならず、あらゆる大陸に広がる新しい常識となった風景の、その一角。

 沿岸部のこうわん地帯だった。

 夜と死。それらをしようちようするような暗い海がどこまでも広がっている。

 大量消費のごんたる遊園地を支える、物資のげんかんぐち。どこもかしこも電飾と花火でくされた光の祭典の中、ぽっかりと穴が空いたようにくらやみに支配されたスポット。その『おおめしらい』に見合う広大な闇が、『彼女達』の戦場だった。

 めいかわれん

 めいかわがん

 共につややかな長いストレートのかみに、なめらかなはだを持つ少女だ。身にまとうのもはかまの巫女装束。ただし、蓮華が黒髪に色白の肌という『巫女のイメージ』そのままであるのに対し、彼岸はきんぱつに青いひとみと、そのイメージの対極に位置している。

 そして。彼女達の役割もまた。

 しようかんの蓮華と、よりしろの彼岸。どちらかが欠けても召喚れいし得ない。

 姉の蓮華はけものうなるように口の中でつぶやく。


「しくじった……。いや、これも連中にとっては予定通りなのか? どっちみち、このままじゃヤバい。彼岸、戦う事は考えないで! らいなんてもうどうでも良い。さっさと安全けんまでげ切りましょう!」

「お、お姉ちゃん、その、どういう事なの? 予定通りって……???」


 オドオドとした声が返ってきたが、蓮華にはいちいち説明しているゆうはなかった。

 簡単な仕事のはずだった。

 トイドリーム35の港湾地帯に『白い女』のゆうれいが出るという。召喚儀礼の世界では、こういう手合いは様々な条件が重なり行き場に迷った力のかたまりと相場は決まっている。それが物質的か情報的かはさておき、たましいはある、とするのが召喚師達の常識だ。そして何かしらの条件がくるってエラーが生じると、死人の魂は行き場を失う。その場にとどまる。落ち葉のまったはいすいこうに、雨水がまっていくように。

 だからたいていの場合、召喚師は戦う必要さえない。現場におもむき、『この世ならざる者を呼び出す準備』を整えるだけでが外れて勝手に消失してしまう。それが現象としてのしようめつに過ぎないのか、本当に天国へ行ったのかは知らないが、とにかくかい現象は解決する。この手のお化け退治だの古文書ふういんだのは、おうくしてしのぎをけずしようかん同士のせんとうに比べればづかかせぎの雑用、かさろうにんと同じ副業の内職みたいなものだ。そんな話だった。

 とんでもなかった。

 かち合ったしゆんかんめいかわ姉妹ふくむ捨てごまの召喚師全員がこう思った。

 失敗した、と。


(……何が『白い女』よ。敵情視察っていうか、強行ていさつが本当の目的か。何がひそんでいるか知らないけど、私達がげきされるスコアを確認する事で、敵さんの真の実力を計ろうとしている。わざわざフリーの召喚師がかき集められていた時点であやしいと思うべきだった!!)


 ズズン……!! という、アスファルトの地面全体をさぶるようなしんどうがあった。

 きよだい倉庫のかべに背を預けて身をかくす姉妹は、その正体を知るといやな汗をき出す。貨物船からコンテナを下ろすために使われる、ガントリークレーン。その二倍にひつてきするサイズの巨体が複数、こうわん地帯をゆっくりと移動しているのがここからでも見えた。黄金色に、みどりの光。暗がりの中、辺りをへいげいする怪物達のひとみの位置はそれだけできようを感じさせるほどに、高い。

 味方が召喚したものだ、と考えるほど、姉妹は楽観的な思考はしていない。


「お姉ちゃん、あれ……。ファフニールに、あの、その、ヤマタノオロチ……だよね……」

「ちくしょう。神格級の被召物マテリアルまで呼び出されているじゃない!」


 あそこまでの高純度かつ高出力の怪物が、ただ勝手に現れるはずがない。昔々はいつでもどこまでも神様は来てくれるものと信じられてきたが、改めて計算してみれば宗教関係者が絶句するほど降りてこられる場所や条件は少なかったのだ。こうなると心当たりは一つしかない。

 同業者がいる。あれはちがいなく人間の手で……召喚れいで人工的に呼び出されたモノだ。

 複数のきよりゆう

 それは……なぐりかかるでも、らいつくでも、口からほのおや毒をき出すでもなかった。


 一度体を大きくばすと、その巨体でもって勢い良く前方へたおれ込む。


 あまりにもシンプルで、だからこそかいの困難な一撃。巨人のてのひらで羽虫をたたつぶすような運用方法。だが引き起こされた結果はじんだいだった。

 ゴッ!!!!!! と。

 ばくしんを中心に、倉庫やコンテナの山やクレーンが宙へい上げられた。分厚いアスファルトの地面が液体のように数メートル台の高さで大きく波打つのが、ここにいても分かる。分かっていて、せまりくる壁に対してどうする事もできなかった。

 れんがんは、もうぎゆうつのに真下からき上げられたように宙を舞う。

 同時に、今まで身をかくしていたきよだい倉庫が、基部を丸ごとかいされてとうかいを始めた。

 ばくしんにいたターゲット……姉妹と同じフリーのしようかん達がどうなったのかなど、いちいち気に留めているひまさえなかった。

 背中から地面にたたきつけられた姉のれんは、同じように呼吸困難であえぐ妹のがん巫女みこ装束をつかみ、強引に引きずる。くずれ落ちる巨大倉庫につぶされないように少しでもきよかせぐ。


(こんな所で死んでたまるか……)


 鉄の味のする歯を食いしばり、めいかわ蓮華は妹の彼岸の体を引きずる。


(世界より大切な妹を、顔も知らない連中のための捨てごまなんかにさせてたまるか……!! 何としても、ここをだつしゆつする。げ切る! そのためならどんな事だってやってやる!!)

「彼岸! 立って、無理でも何でも良いから自分の足に力を込めるのよ!」