未踏召喚://ブラッドサイン

オープニングX-02 気の抜けぬ始まり ⑦

 宙にかぶ『白棘』へブラッドサインのせんたんき付け、蓮華はそくに打ち出す。パニックにおちいった訳でも、考えなしでもない。今度こそ、れいてつで正確な計算に基づいた、めのいちげきだ。

 狙ったのは敵の召喚師が放った『白棘』だった。

 ちょっとしたしゆがえし。

 二つの『白棘』はげきとつするとどうを大きく変え、『唯一無私』が放った『白棘』が宙に浮かぶ中音と高音の『花弁』を立て続けに叩く。叩かれ、し出された二つの『花弁』がスポットへと吸い込まれる。

 これで低音三、中音三、高音三。


きんの一」


 蓮華のつぶやきを聞き、ライダースーツの美女の顔がこおりついた。

 きっと、思い出したのだろう。その頭の中を読むように、蓮華は宣告する。


「低、中、高音の三つを同数そろえてはならない。そうした場合、自らのれんせいした被召物マテリアルは『清濁万象を吞み干す「漆黒」の顎nu・lp・eu・bf・zuh・ei・jkv・iu・a・xw』へと形を変えて召喚主をまるみする!!」


 ぐぢゅり……!! というねんしつな音がひびいた。

 有刺鉄線のかたまりだった敵方の被召物マテリアル敵視する巨眼cuw・nu・o・qux・o・ag・du』が真っ黒な粘液のうずへと形を変える。それはへびのように首をもたげる。たつまきの最上部の内側は、びっしりときばくされていた。

 悲鳴はなかった。

 その前に、真上からおそいかかった『清濁万象を吞み干す「漆黒」の顎nu・lp・eu・bf・zuh・ei・jkv・iu・a・xw』が、ちっぽけな人間をいちげきみ込んだ。

 気味の悪い音と共に命が失われた。

 それを証明するように、『清濁万象を吞み干す「漆黒」の顎nu・lp・eu・bf・zuh・ei・jkv・iu・a・xw』は再び形状を変える。意識を失ったよりしろの女が、てつていてきくだけた地面へと無造作に投げ出される。

 救いはなかった。しようかんは死に、『清濁万象を吞み干す「漆黒」の顎nu・lp・eu・bf・zuh・ei・jkv・iu・a・xw』を宿した依代の精神はくだかれている。れきに吞まれた同業者、フリーの召喚師の中年男も生きてはいないはずだ。

 勝利の特典など何もない。

 山のように積まれた瓦礫が元にもどる訳でも、失われた命がじようだんのようによみがえる訳でもない。

 ただ、勝ったと、生き残ったという単純な事実が残るだけ。

 それが召喚師の世界だ。

 つながった意識を通じて、妹のがんの心のつぶやきが姉のれんにまで伝わってくる。

《『白き女王』よ、失われし人の子のたましいの行く末を見届けたまえ……》


「感傷にひたっているひまはない。彼岸、このまま一気に走るから。もうかくれていられない。『チェイン』を使ってとつするしかない!!」


 通常、励起手榴弾インセンスグレネードを使った召喚師同士の戦いは、決着がつくか、最大でも一〇分程度で人工れいじようが自然しようめつする。

 だが敵対する召喚師を撃破した直後に限り、九〇秒程度の時間は人工霊場を連れたまま自由に移動できる。現代の召喚れいは『とうそう』をじくに神々を呼び出す技術だが、標的撃破後も場に残る『余熱』を使い、敵の意思にしばられず敵の存在だけを借りてシステムを回していると考えれば良い。この九〇秒の間に次の敵対者をとらえてせんとうに持ち込めば、現状の被召物マテリアルを保った状態で戦いを始める事ができる。

 そのメリットは大きい。

 敵は最弱の被召物マテリアルかられんせいしなくてはならないのに対し、蓮華達はすでに強い被召物マテリアルをぶつけられる。時間がてば経つほど、とても一〇分間では呼び出せない複雑で高度な被召物マテリアルふくれ上がる。当然、受けた外傷ダメージけいぞくするし、一秒でもれればご破算、すべて一からやり直しだが、繫げればやがて最強に手が届く。どんなルーキーでも、続ける限りは努力が報われる。

 戦場であるうめたてこうわん地帯。その対岸でのんきよだいな花火が打ち上げられるのを合図に、召喚師の蓮華と被召物マテリアルに形を変えた彼岸の姉妹はアスファルトの上をけ出す。

 もはや隠れる意義はない。


「彼岸、そつこう!! 敵は必ず最初期の被召物マテリアルから始めるしかない。育てる前にたたつぶして!!」


 敵を、たおして、倒して、倒して、倒して。

 負のれんを繫げるようにしながら、蓮華と彼岸は夜の港湾地帯を駆けけていく。

 かいして、り出す。

 そうしながらも、がんに宿る被召物マテリアルはさらにふくらんでいく。

 二人のけた道をなぞるように、バタバタと人間が転がっていく。きんを犯して暴走した『しつこくあご』とちがい、せいこうほう被召物マテリアルたおすだけならしようかんを殺す事はない。自らのほうじる神を目の前で殺されたしようげきにより、一つの行動をり返すゼンマイ人形のようになるのだから。もっとも、だんであればここからさらにとどめをすのがセオリーである訳だが、時間がなかったのはたがいにとって幸運だっただろう。

 召喚師・よりしろともにいつぱんじゆうは通用せず、敵がみつしゆうさえしていれば延々と『チェイン』でせんとうを続行できる。彼らが重宝される所以ゆえんだが、やはりそれも万能とは言えない。


『ガードオブオナー』側の対応は的確だった。

《人の気配が消えた……。お姉ちゃん、その、これって……》


「『チェイン』を解くために、人を遠ざけたか。一度、人工れいじようかいじよして彼岸を元の人間にもどしてから仕切り直そうとしているのね。でも好都合!!」


 召喚師と被召物マテリアルは一気に目的の場所まで駆け抜ける。

 九〇秒ほどで『チェイン』がくずれ、人工霊場も失われた。彼岸の体が、得体のしれない化け物から元のれんな少女へと戻っていく。これでけいぞくの力はご破算となった。

 巫女みこ装束をまとう彼岸の体が、ぐらりと横にれる。


「……づっ……」

だいじよう、彼岸!?」

『チェイン』による連続戦闘は裏技のようなもので、本来の一〇分間のしばりを大きくえるを、時間の経過と共に依代へ与えていく。気を失わなかっただけでもぎようこうだ。

 そしてれんが妹にかたを貸したたんいつせいに取り囲まれた。

 都合二〇人。召喚師と依代のペアなら一〇組。『チェイン』状態で強力な被召物マテリアルあつかえる状態ならともかく、一からけるにしてはあつとうてきに不利な数の差だ。

 ぐるりと周囲を見回した蓮華は、そこで顔をしかめる。