未踏召喚://ブラッドサイン

オープニングX-02 気の抜けぬ始まり ⑥

 白い球形の光『白棘』は時間と共に自動的にじゆうされ、最大で七つストックできる。なので、ペースを計算していれば打ちくす事はない。

 混乱が、そのペースを見失わせた。被召物マテリアルを切りえるという意識を優先し過ぎた。


『白棘』の補充は、およそ一〇秒で一つ。

 一分間の六分の一。だが、その間は低、中、高、極低音の『花弁』にはかんしようできない。被召物マテリアルを切り替える事もできない。

 まさしくめいてきな結果は、直後におそいかかってきた。

 その時、がんは太いくさりを持つきよだい烏賊いかのような被召物マテリアルDECテンタクルnu・o・re・a・btv・ag-y』となり、地面から生えた大木のようなうでの形をした被召物マテリアル樹木手tzf・qux・o・alc・a・ge』にからみついていた。

 ガカッ!! と。ライダースーツの美女が放った『白棘』が、新たな『花弁』をスポットへ打ち込んだのはその時だった。


DECテンタクルnu・o・re・a・btv・ag-y』がめ上げていたターゲットが、しようかんゆいいつ』の操作によってぐにゃりと形を変える。それは人間の腕ほどもある太さのゆうてつせんをぐしゃぐしゃに丸めた、直径五メートルもの球体だった。

 個体名『敵視する巨眼cuw・nu・o・qux・o・ag・du』。

 中心にあるあかひとみがじっとりと標的をえる。有刺鉄線の球体の中央であわい光がまたたいた直後、その全身がばくはつするように全方位へぼうちようする。

 カッ!! と。

 たったいちげきで、一〇もの鎖がはじき飛ばされ、彼岸の巨体が大きくらされる。

《きゃあ!?》


 敵の『ぞくせい』は中音から低音へ。

 現在、高音の被召物マテリアルで固定されている彼岸にとっては、致命的な相性だ。

 次々と、有刺鉄線のかたまりは爆発としゆうしゆくり返す。そのたびに彼岸が形作る巨大烏賊の被召物マテリアルDECテンタクルnu・o・re・a・btv・ag-y』がけずり取られていく。はんとうめいの腹にめ込まれたやわらかい彼岸のりんかくれつが届けば終わりだ。基本的に、相性の悪い相手には何をやっても勝てないのがセオリーだ。こういう時はさっさと有利な『音域』を持つ別の被召物マテリアルに切り替えるべきなのだが……『白棘』のストックが切れた召喚師の蓮華には、それができない。

 三つどもえの『音域』はすべての基本だ。よほど被召物マテリアルのコスト差が開かない限り、これを無視して力技で相手をし負かす事はできない。

 一〇秒。

 たった一〇秒。

 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ!! と。

 れた紙やはつぽうスチロールのかたまりのように、次々に『DECテンタクルnu・o・re・a・btv・ag-y』の各所がけずり取られる。内部にあるがんへとかいつめあとが近づいていく。太いくさりでできたしよくしゆ状のうでが千切れてき飛び、近くのがいとうを丸ごとへし折った。

 頭の中に直接ひびく彼岸の悲鳴を耳にして、れんは歯を食いしばる。


(ストック……『しろとげ』のじゆうはまだなの!? このままじゃ彼岸が……!!)


 じりじりと、ただ『その時』を待ち続ける蓮華だったが、そこで彼女は気づいた。

 目の前。ライダースーツをまとったぼうの『ゆいいつ』が、さらに手持ちの『白棘』をブラッドサインでき出そうとしている事に。


(……ちがった)


 ごくり、とのどが鳴る。

 すでに弱点の『音域』を確保し、有利なじようきようをキープしているなら、『ガードオブオナー』側に被召物マテリアルを切りえるメリットはない。となると、手持ちの『白棘』を使う理由は他にある。


(敵の手を見誤った!!)



『唯一無私』がねらっているのは、低、中、高、どれも外れだ。

 白。

 打ちくした後も、いまだに地面やかべをゆっくりと反射している、蓮華が放った『白棘』だ。『白棘』は一度打ち出し、動きを止めると自然しようめつする。つまり、しようかんかんしようできるのはブラッドサインによる最初の一打だけだ。逆に言えば動いている間は『無防備』となる。新しい『白棘』をぶつけてどうを曲げる以外は、ただその行く末をながめるしかない。


きんの三。『白棘』のストックがない時に、まだ場にある『白棘』が誤ってスポットに入った場合、召喚師は問答無用で殺される。被召物マテリアルの組成が暴走し、『清濁万象を吞み干す「漆黒nu・lp・eu・bf・zuh・ei・jkv・iu・の顎a・xw』と呼ばれる最大最悪の化け物に切り替わって召喚師をらい尽くす……)


 鉄則とまで呼ばれるその基本を思い出して、蓮華の全身を冷たいものがめ尽くす。

 敵は被召物マテリアル同士のげきとつなんて視野にも入れていなかった。


清濁万象を吞み干す「漆黒」の顎nu・lp・eu・bf・zuh・ei・jkv・iu・a・xw』の禁忌を使い、召喚師を直接殺しに来ていたのだ。


(まずい、まずい!! あと何秒? 五秒? 三秒? どっちみち、補充が来るまで何もできない!! 召喚師の私が殺されれば彼岸は何の力も使えなくなる……!!)


 ゴッ!! と。

 ライダースーツの『唯一無私』が、こんしんの力を込めてブラッドサインをいた。だんがんのように放たれた敵方の白い球形の光『白棘』は、一度倉庫の壁に当てて反射させてから蓮華が放った『白棘』にぶつけてスポットにぶち込むつもりらしい。頭を抱えるほど的確なコースだった。

 手持ちはない。

 れんには何もできない。

 ストックゼロ。この状態で自分の『しろとげ』をスポットにたたき込まれれば、問答無用でさつりくされる。

 だから、もはや蓮華は己の力を当てにしなかった。


がん!! 左手側の倉庫をぶっこわして! 今すぐ!!」

「っ!?」


 ライダースーツの『ゆいいつ』の顔色がわずかに変わった。

 直後に、ゆうてつせんばくはつで身をけずられ続けるきよだい烏賊いかが、たおれ込むように倉庫をつぶした。金属でできた建築物が、紙箱をむようにあっさりとかいされる。

 敵は、倉庫のかべに当てて反射させてから、蓮華の『白棘』をねらおうとしていた。

 その壁が丸ごと失われたため、『ガードオブオナー』のしようかんが放った『白棘』は反射できずに予定のコースからすっぽけていく。


(敵方の被召物マテリアルの組成は、極低音の母音六つは無視するとして、低音三、中音二、高音二で音域『低音』……個体名『敵視する巨眼cuw・nu・o・qux・o・ag・du』。これなら『アレ』が使える)


 同時。

 わずかにかせいだ時間が、蓮華の手元にじゆうの『白棘』を与える。

 くうから生じた、たった一つのストック。