未踏召喚://ブラッドサイン

オープニングX-02 気の抜けぬ始まり ⑤

 そうこうしている間にも……、


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 ごうと共に、蓮華達の頭上を追いすように、きよだいな怪物同士がげきとつしていた。

 すでにその形状は、最初にあったカラフルなねんえき状のものとは似ても似つかなくなっていた。というより、リアルタイムで千変万化をり返す。あるいは金属製のあごを持った巨大なおおかみに、あるいは全身がほのおに包まれただいじやに、あるいは大空を切りく巨大魚に、あるいは人の顔を持つはちの女王に。絶え間なく、ともすれば数秒単位の短時間の内に、れんせいが終わる前に次の錬成を始めていく。

 流動する錬成の道筋そのものをぶつけ合って戦うような所業。

 より強い進化の道に乗った方が勝つ。そんな印象を与える、ぎようの生命のむさぼり合い。

 その内部では、よりしろたるめいかわがんと呼び出された被召物マテリアルの意識がきようれつな激突を繰り返していた。

《ぐっ、く……!! ねらいが、その、ブレる……!!》


 本質的に、依代は被召物マテリアルの肉体を完全に操る事はできない。たとえそれが最弱、コスト1のカラフルな粘液のかたまりみたいなヤツであってもだ。

 肉をいたい、血を吸いたい、目にうつるモノをかいしたい、石化した上でくだきたい。

 行動の源泉たる『欲望』自体は被召物マテリアルからき出て、依代に止める事はできない。彼女達にできるのは、それを『だれに』向けるかという間に合わせの照準せいぎよだけだった。

 個体が一つだけなら、そのくせいて折り合いをつける事もようかもしれない。

 だが数秒単位で次々に切りわるとなれば話は別だ。折り合いをつけるどころか、気を強く持たないとよりしろ側の意識を丸ごとほんろうされ、さくらんの内にちつじよかいき散らす羽目になる。

《でもやる……。意識のカーソルを合わせて、その、波に乗って一気にし切る! お姉ちゃんが呼び出してくれた被召物マテリアルを、チャンスを、私の手で台無しにはしないんだから……!》


 現在、めいかわがんの肉体はちょっとしたじゆんてい程度ならあつさくできるほどの、きよだい烏賊いかの形を取っていた。個体名『DECテンタクルnu・o・re・a・btv・ag-y』。それは黄金色のひとみかがやかせ、しよくしゆ状のうでの代わりにジャラジャラと音を立てる一〇本の太いくさりを使って、一気に敵方の被召物マテリアルめ上げにかかる。

 がづん!! というごうおんさくれつした。

 地面から直接大木のように生えた巨大な腕……『ガードオブオナー』側の被召物マテリアル樹木手tzf・qux・o・alc・a・ge』が鎖の締め付けをきらって暴れたたんに、りほどかれた鎖の群れが冥乃河れんの真上へと勢い良く落ちたのだ。ちよう重量のタンカーをい止めるいかりにもひつてきする太さと重さ。その重量と速度だけで、中型のトラック程度なら輪切りにできそうな規模のいちげきが、だ。

《お姉ちゃん!?》



(頭の中でわめくな。『防護円』があるから、どっちみちだいじようよ)




 確かに、アスファルトのふんじんの中に立つ蓮華には傷一つなかった。

 旧来のしようかんじゆつでは、特に重視される円形が二つある。分かりやすい召喚用と、術者を守る防護円だ。

 よって、現代のしようかんれいでも、被召物マテリアルの力を利用しながら、第一の目的は自分で呼び出したかいぶつに儀式をじやされないようにする事。効果は大きく分けて二つで、あらゆる外的要因を食い止めるのと、寿じゆみようや病気など内的要因によって儀式のちゆうたおれるのを防ぐ(つまり、ありえない事ではあるが、仮に外から防護円をつらぬかれても召喚師は死なない。かいじよされたたんどうなるかは知らないが)。いずれも怪物が人間をいたわるというより、パソコンの停電対策に近い。倒れるなら安全に儀式を終わらせてからにしろ、という訳だ。儀式のため、自らの存在をもそのようにあつかえる人間だけが、技術を完成に導いた。

 ただそれが、実戦でも役に立つというだけの話。

 よって、召喚師同士の戦いとは言ってしまえばたがいが呼び出した被召物マテリアル被召物マテリアルげきとつ。これに限る。召喚師は被召物マテリアルを切りえ、強化する事はできても、それ以上のかんしようはできないし、相手の召喚師を直接殺すのも不可能。良くも悪くも、防護円の中でぼうかんを続けるしかないのである。

 そう。

 被召物マテリアルが生きて活動を続ける『限り』は。


(とはいえ、まずい……。まずいまずい!!)


 ブラッドサインを使って手持ちの『しろとげ』を打ち出しながら、れんみしていた。

 防護円があっても安心はできない。感覚としては、うすいガラスで作った有人たんていを使って、光も届かない深海を延々ともぐり続けるのに近い不安感が付きまとう。被召物マテリアルは『人間よりすぐれた存在』であるのが大前提なので、人間単体でそのこうげきけたり防いだりする事はできない。つまり実質、防護円という薄いガラスが破れた時点で死は避けられない。敗北者……ゼンマイのオモチャ状態でさらに一撃もらえば、かいこうの水圧につぶされるより無残な死に方をするのはちがいないのである。


「……っ……」


 ゾワリ、と敗北のビジョンが蓮華の脳裏をめる。神々を殺されるしようげきを真正面からたたき込まれ、妹のがん共々赤子のように体を丸めてふるえる光景を。敵はそくみ潰すか。あるいは、正しい意味でのゾンビに近い状態でていこうの召喚師とよりしろの手を引いて、えげつない公開処刑にでもいざなうか。


(打つ手がない。どんな手を使っても回り込まれてふうじられる!!)


 手札はそれこそ無限にあって、どんな方向にも進めるはずなのに、何をやっても『ゆいいつ』が一歩先にいる。あらかじめ待ちせているのではなく、こちらの動きに合わせてうねるように手を変えてくる。まるで予知だ。何十回ジャンケンをり返しても必ず負け続ける。そんな状態がずっと続く。単なる技術なのかせいなトリックなのかが分からなくなってきてしまう。

 だからこそ。

 れんは、だんなら絶対しないようなミスをした。

 そうと気づいた時には、すでに手持ちの『しろとげ』をすべて打ち出してしまった後だった。


(しまっ……たまれ!?)