そうこうしている間にも……、
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
怒号と共に、蓮華達の頭上を追い越すように、巨大な怪物同士が激突していた。
すでにその形状は、最初にあったカラフルな粘液状のものとは似ても似つかなくなっていた。というより、リアルタイムで千変万化を繰り返す。あるいは金属製の顎を持った巨大な狼に、あるいは全身が炎に包まれた大蛇に、あるいは大空を切り裂く巨大魚に、あるいは人の顔を持つ蜂の女王に。絶え間なく、ともすれば数秒単位の短時間の内に、錬成が終わる前に次の錬成を始めていく。
流動する錬成の道筋そのものをぶつけ合って戦うような所業。
より強い進化の道に乗った方が勝つ。そんな印象を与える、異形の生命の貪り合い。
その内部では、依代たる冥乃河彼岸と呼び出された被召物の意識が強烈な激突を繰り返していた。
《ぐっ、く……!! 狙いが、その、ブレる……!!》
本質的に、依代は被召物の肉体を完全に操る事はできない。たとえそれが最弱、コスト1のカラフルな粘液の塊みたいなヤツであってもだ。
肉を喰いたい、血を吸いたい、目に映るモノを破壊したい、石化した上で砕きたい。
行動の源泉たる『欲望』自体は被召物から湧き出て、依代に止める事はできない。彼女達にできるのは、それを『誰に』向けるかという間に合わせの照準制御だけだった。
個体が一つだけなら、その癖を見抜いて折り合いをつける事も容易かもしれない。
だが数秒単位で次々に切り替わるとなれば話は別だ。折り合いをつけるどころか、気を強く持たないと依代側の意識を丸ごと翻弄され、錯乱の内に無秩序な破壊を撒き散らす羽目になる。
《でもやる……。意識のカーソルを合わせて、その、波に乗って一気に押し切る! お姉ちゃんが呼び出してくれた被召物を、チャンスを、私の手で台無しにはしないんだから……!》
現在、冥乃河彼岸の肉体はちょっとした巡視艇程度なら圧搾できるほどの、巨大な烏賊の形を取っていた。個体名『DECテンタクル』。それは黄金色の瞳を輝かせ、触手状の腕の代わりにジャラジャラと音を立てる一〇本の太い鎖を使って、一気に敵方の被召物を締め上げにかかる。
がづん!! という轟音が炸裂した。
地面から直接大木のように生えた巨大な腕……『ガードオブオナー』側の被召物『樹木手』が鎖の締め付けを嫌って暴れた途端に、振りほどかれた鎖の群れが冥乃河蓮華の真上へと勢い良く落ちたのだ。超重量のタンカーを縫い止める錨にも匹敵する太さと重さ。その重量と速度だけで、中型のトラック程度なら輪切りにできそうな規模の一撃が、だ。
《お姉ちゃん!?》
(頭の中で喚くな。『防護円』があるから、どっちみち大丈夫よ)
確かに、アスファルトの粉塵の中に立つ蓮華には傷一つなかった。
旧来の召喚術では、特に重視される円形が二つある。分かりやすい召喚用と、術者を守る防護円だ。
よって、現代の召喚儀礼でも、被召物の力を利用しながら、第一の目的は自分で呼び出した怪物に儀式を邪魔されないようにする事。効果は大きく分けて二つで、あらゆる外的要因を食い止めるのと、寿命や病気など内的要因によって儀式の途中で倒れるのを防ぐ(つまり、ありえない事ではあるが、仮に外から防護円を貫かれても召喚師は死なない。解除された途端どうなるかは知らないが)。いずれも怪物が人間を労るというより、パソコンの停電対策に近い。倒れるなら安全に儀式を終わらせてからにしろ、という訳だ。儀式のため、自らの存在をもそのように扱える人間だけが、技術を完成に導いた。
ただそれが、実戦でも役に立つというだけの話。
よって、召喚師同士の戦いとは言ってしまえば互いが呼び出した被召物と被召物の激突。これに限る。召喚師は被召物を切り替え、強化する事はできても、それ以上の干渉はできないし、相手の召喚師を直接殺すのも不可能。良くも悪くも、防護円の中で傍観を続けるしかないのである。
そう。
被召物が生きて活動を続ける『限り』は。
(とはいえ、まずい……。まずいまずい!!)
ブラッドサインを使って手持ちの『白棘』を打ち出しながら、蓮華は歯嚙みしていた。
防護円があっても安心はできない。感覚としては、薄いガラスで作った有人探査艇を使って、光も届かない深海を延々と潜り続けるのに近い不安感が付きまとう。被召物は『人間より優れた存在』であるのが大前提なので、人間単体でその攻撃を避けたり防いだりする事はできない。つまり実質、防護円という薄いガラスが破れた時点で死は避けられない。敗北者……ゼンマイのオモチャ状態でさらに一撃もらえば、海溝の水圧に押し潰されるより無残な死に方をするのは間違いないのである。
「……っ……」
ゾワリ、と敗北のビジョンが蓮華の脳裏を埋める。神々を殺される衝撃を真正面から叩き込まれ、妹の彼岸共々赤子のように体を丸めて震える光景を。敵は即座に踏み潰すか。あるいは、正しい意味でのゾンビに近い状態で無抵抗の召喚師と依代の手を引いて、えげつない公開処刑にでも誘うか。
(打つ手がない。どんな手を使っても回り込まれて封じられる!!)
手札はそれこそ無限にあって、どんな方向にも進めるはずなのに、何をやっても『唯一無私』が一歩先にいる。あらかじめ待ち伏せているのではなく、こちらの動きに合わせてうねるように手を変えてくる。まるで予知だ。何十回ジャンケンを繰り返しても必ず負け続ける。そんな状態がずっと続く。単なる技術なのか精緻なトリックなのかが分からなくなってきてしまう。
だからこそ。
蓮華は、普段なら絶対しないようなミスをした。
そうと気づいた時には、すでに手持ちの『白棘』を全て打ち出してしまった後だった。
(しまっ……弾切れ!?)