未踏召喚://ブラッドサイン

オープニングX-02 気の抜けぬ始まり ④

 蓮華と『唯一無私』を名乗る美女の手元に、とつじよとしてこれまでとは異なる白い球形の光『しろとげ』が三つほどかぶ。彼女達はそれに疑問を抱かない。長大な棒……ブラッドサインをにぎる右手に力を込め、前へばした左手の二本の指でもって支えると、あしこしの回転から全身へと伝導するすべての力を使い、勢い良くそのせんたんで自分の『白棘』をき飛ばす。

 ゴッ!! と、両方向からはさまれる形でしようげきを受けた『薔薇ばら』が、バラバラに飛び散った。低、中、高音。内部に様々な音の因子をめ、しんの色を放つ球形の光『花弁』があちこちへ流れる。地面、かべれき、そして人工れいじようはし。様々なものにぶつかって乱反射をり返すが、めいかわ姉妹やライダースーツの美女達の体は素通りしていく。本質的に、『物体』ではないのだ。

 それらが動きを止めるのを待つ必要はない。

 れんは手元に浮かぶ二つ目の白光『白棘』へ吸い寄せるように、ブラッドサインの先端を突き付ける。

 ───戦場に変化があった。

 箱状に整えられた『薔薇』がくずれると同時に、励起手榴弾インセンスグレネードによって区切られた空間全域に、『球形の虚空スポツト』が生じたのだ。地面、壁際、瓦礫のすき、そして空中。あらゆる場所に浮かび上がった『全方位、どこからせつしよくしても落ちる握りこぶし大の穴』の数は都合三六ヶ所。その内、冥乃河蓮華の視界がとらえているのは、


(……一四。半分以上は行方不明かっ、くそ!!)


 そうこうしている内に、乱反射を繰り返す真紅の光『花弁』が、数あるスポットの一つと接触して、その中へと落ちていくのが分かった。

 全ての『花弁』には、法則に従ってアルファベットが一文字ずつ刻まれている。遠方にあろうが何だろうが、その光を見ただけでしようかんなら『意味』を直接感じ取る事ができる。

 低音はbcdfghj。

 中音はklmnpqr。

 高音はstvwxyz。

 極低音はaiueo。

 二六文字ワンセットのアルファベットから、五つの母音を極低音に、残る二一の子音を三つに分けて低、中、高音に割りったものと考えれば良い。

 蓮華がスポットに落としたのは『高音のs』だ。

 ここからが本番である。


「始まるよ! がん、意識を強く持って!!」

「う、うん。分かった。その、がんる……!」


 言葉が終わる前に、変化が来た。

 召喚師はこの世界に存在しない生命体『被召物マテリアル』を、よりしろの肉体にひようさせる事で呼び出し、一時的に固定させてから使役する。たんてきに言えば、これがシステムの全体像だ。

 びゅるんっ!! と。

 ねんしつな音を立て、めいかわがんの肉体が身にまと巫女みこ装束ごと大きく形を変えた。それは炭酸飲料のように不自然に黄色く色付けされた、全長三メートルのきよだいな粘液のかたまりだ。どこまでも不快で、しゆうあくで、ぼうとくてきけた粘液のおくに、一メートル程度のなめらかなひとかげじんかく』がかぶ。

 冥乃河彼岸。

 かいぶつをこの世界にい止める『人郭』。他はすべて飾りで、ここをつぶされればいちげきで終わる。


(『高音』のコスト1、『始祖の黄』か。相手は……)


 同じような音がひびいた。

 ただし、『ゆいいつ』の美女のとなりうずを巻くのは、不健康なほど着色された赤色の物体だった。


(『低音』か、くそっ!! このままじゃ『三つどもえ』の関係で一方的にやられる!!)


 れんそくに思考を切りえる。

 ようは、手持ちの『しろとげ』で三音の球をたたいてスポットにっ込めば、その数や組み合わせで被召物マテリアルが変化していく。極低音はひとまず無視。低、中、高音が三つ巴の関係で、自分達が不利なじようきようだとさとったら、さっさと別の音域、別の個体の被召物マテリアルに切り替えてしまえば良い。

 当然。

 殺し合いをしている最中なのだから、敵がだまってそれをながめているとは限らないが。


(チッ! やっぱり上手うまい。単純な技術の問題じゃない、こっちのねらいが先読みされてる!!)


 ドカカッ!! と、蓮華と『ガードオブオナー』のかくそうほうから『白棘』が突き進んだ。『白棘』と低、中、高、極低音の『花弁』がげきとつするたびに血のように真っ赤なせきが複雑にえがかれ、『花弁』がスポットに打ち込まれていくたびに様々なおんきようさくれつする。それはピアノのけんばんやギターのげんを乱雑にかき乱す、聞く者をさくらんおちいらせる原初のこわし歌だ。光と音のきようれつらんでもって、ぎようの『被召物マテリアル』は次々と形を変えていく。

 血まみれのおのを持つぬいぐるみに、子供の悪戯いたずらあしはさみをもぎ取られその代わりに車輪やカミソリのを取り付けられた巨大なクワガタに、自由に動き回るちよう重量の歯車に。

 くうに浮かぶ白い球形の光『白棘』は一〇秒程度でじゆうされるので、やろうと思えばかなりハイスピードで打ち出す事もできる。

 ……これは、言ってしまえば『名を刻むこう』だと蓮華はかいしやくしている。

 超常の名を呼ぶとそれを招き寄せる。神様の名前を簡単に呼んではならないとか、ようせいの事を話す時にはいんを使えとか、世界のどこにでもある因習だ。これをしきの形まで高めたのが近代西洋じゆつの『シジル』で、とくしゆなアルファベット表の上にうすい紙をき、呼び出したい天使の名を一筆書きでつないでいく事で、天使しようかんを作る、といったものだった。

 現代の召喚れいはそこからさらに一歩先へと進んでいる。

 自己満足的な精神論の話ではなく。

 来るか来ないかを神様任せにしてしまう話でもなく。

 一〇〇%……確実に神話の存在を現実の世界に呼び出す方法論。神が人に協力するのではなく、人が神を従わせる技術の完成。


(まったくばちたりな話よね。単なる精神論の域じゃなくて、『向こう』にただよ被召物マテリアルを具体的に引きずり出して直接使役するだなんて!!)


 現代のしようかんは、手持ちの『しろとげ』と低、中、高、極低音の『花弁』を操り、限定された人工れいじようの中で規格外のかいぶつを自在に操る。

 問題なのはすべてを決める『白棘』とブラッドサインの使い道だ。

 いかに有利な音域の被召物マテリアルを手に入れようとしても、敵が先回りするように『その被召物マテリアルのさらに弱点となる音域』へ変化させてしまえば、不利なじようきようは延々と続く。

 時に的確に『花弁』をスポットへたたき込み、時にれんの『白棘』のどうはじくために自らの『白棘』をぶつけてくる。ライダースーツの女の手札は一つでなく、しかもそれが流れるように切りえられていく。