未踏召喚://ブラッドサイン

オープニングX-02 気の抜けぬ始まり ③

「ああなるのを防ぐために、とっさに被召物マテリアルを退去させたんだがな。そうなると自分の守りも失う。心を手放す代わりに瓦礫にはさまっちまった。よりしろさ」


 彼岸は絶望的なまなしで山のようなシルエットを見上げる。

 中年のしようかんちよう気味に笑いながら、


「『ガードオブオナー』だ……」

「何ですって?」

「ヤツらは自分達をそう呼んでいる。おれ達を殲滅してでも情報を隠したがっているヤツだ。きっと、この単語が広まればいつむくいた事になるんだろう。……らいにんに伝えろ、この単語には必ずそれだけの意味がある……」

(……儀仗兵ガードオブオナー……?)


 蓮華は思わずまゆをひそめた。

 表社会で使われる意味の通りであれば、ごうなパレードなどのために編成されるとくしゆな兵士達の事だ。だが本来、じようには儀式に使う武具、さらには儀式そのものを示す意味もある。つまりしきのための兵士、儀式をしつこうする兵士。しようかんよりしろが名乗る場合、どちらの意味を強くしているのかは判断が難しい。

 そして、ゆうちように考えているひまもなかった。

 ズズン!! というすさまじいしようげきがもう一度遠方でひびわたった。

 巨竜がそのたいを使って何かを押し潰したごうおんだ。

 ただでさえくだけていた地面がばくしんを中心に再び大きく波打ち、かろうじて残っていた建物も、れきの山も、派手にくずれていく。姉妹も宙に投げ出され、背中を打ってき込んだ。

 そして、もう眼前にはあの男の姿はなかった。

 きよだいあごのようになった瓦礫にみ込まれ、そのすきから赤黒い液体がれ出るだけだった。

 これが現実だ。

 そして悪夢はまだ終わらない。勝手に覚めてくれるものではない。


「……げほ、ごほ……。し、『白き女王』よ、失われし人の子のたましいの行く末を……」

がん、いちいち死者にいのっている場合じゃない! くそ、こっちにも来る!!」


 直後だった。

 転がって光の下へ出てしまった彼岸をねらうように、別のものかげから何かが投げ込まれた。ヘアスプレーくらいの大きさの、えんとう形の金属缶だった。


励起手榴弾インセンスグレネード……!?」


 もはやゆうはない。

 姉のれんもまた、照明の冷たい光の中へとおどり出ていく。

 直後に爆発があった。

 とはいえ、つうしゆりゆうだんちがって、爆風や破片が彼岸を引きく事はなかった。代わりに周囲一帯へき出したのは、とうめいきりだ。しんざんゆうこくを流れる清流のほとりのように、機械油のにおいで満たされたこうわん地帯の空気が一気に質感を変えていくのが実感できる。

 同時。

 カッ!! と、爆発地点を中心に、路上に光を使った複雑なもんようえがかれる。青白い、うっすらとした光が空間全域を満たす。さほど知識のない者でも直感的に分かるだろう。オカルトの技術体系に基づいてせいみつに計算された、ある種の『じん』……人工れいじようだ。

 それはおりだ。

 この現代において大規模・高純度な召喚儀礼を可能とする区切られた領域にして、器物もいつぱんじんも素通りさせる代わりに、召喚師・依代……あるいは、それらから標的と定められた人物だけを正確に閉じ込める、一辺二〇メートルの四角い檻。


(始まる……)


 めいかわ蓮華は正確にじようきようあくした。

 変化はあった。いつの間にか、爆心地にだれかがたたずんでいた。それは赤と黒のライダースーツをまとった白人女性達だ。黒い衣装の方は、その首に太い首輪をつけている。

 ……がんひたいかくしや、首から下げたくつわと同じだ。よりしろは必ず『いましめのしようちよう』を身に着ける。自身の心理状態を外部からせいぎよする事で、おんりようじやあくせいれいなど、『呼び出してもいないもの』にひようされないようにするため、だ。


しようかん同士の戦いが。最悪のタイミングで!!)


 れん巫女みこ装束のふところへ手をばすと、和紙でできた束を空中へき散らした。ビュゴ!! と、それらは宙で小さなうずを作り、あっという間に一八〇センチほどの長大でかたい棒を形作る。

 とはいえ、人間が単体でできるほうなど、この程度が限界。

 手から火をき出す事も、ホウキに乗って空を飛ぶ事もかなわない。せいぜい手品で使う魔法のステッキを、タネもけもなしで生み出すくらいが関の山。

 であればこそ。

 ぜいじやくな人の子は、よりきようじんな力を持つ高次存在へしゆうちやくするのもまた道理。


「彼岸! 準備して!!」


 さけぶと同時、ライダースーツの二人組にも動きがあった。グラマラスな美女の片割れが、蓮華に呼応してかたうでを水平にるい、砂を操って二メートルに届く棒状の物体を形成したのだ。


(『ゆいいつ』……?)


 長大な棒の側面に刻まれた文字を読み、蓮華はまゆをひそめる。


(『通り名』としては耳にした事はない。でもこの局面で名乗りたがりのルーキーが出てくるとも思えない。表のアワードに出てこない隠し球か!?)


 その『長大な棒』はめいかわ蓮華と『唯一無私』両名の手の中でゆらりとれ動き、せんたんではテールランプのように赤いを引かせる。

 種々様々な宗教によりめいしようは変わるが、職業的召喚師の間では簡潔にこう呼ばれる事が多い。


 契約に用いる血の筆跡ブラツドサイン、と。


 励起手榴弾インセンスグレネードによって区切られた人工霊場の内部、冥乃河姉妹とライダースーツの二人組がたいする中心点に、ホログラムのように何かがかんだ。一見して、カラフルな模様をした一辺六〇センチのサイコロ状の立方体にも思えるが、ちがう。

 りんほどの大きさの、血のように真っ赤な球形の光。

 低、中、高音、そして極低音。しんの一つ一つを『花弁』、都合二一六個をぎようしゆくしたそのかたまりを、召喚師達は『薔薇ばら』と呼ぶ。和装の蓮華達にはみがうすいが、確かルーツは大天使召喚のおうを薔薇のもんしようの中にいんとくした、ある西洋魔術のしようちようだったはずだ。

 その『薔薇』の出現が合図となった。