隣のゴリラに恋してる
三・悩みの相談は相手を選ぼう ①
「なーなー、かっちん。ちょっと相談いいかい?」
「…………駄目、今は駄目。ちょうイイトコだから。このページが世界を救うかどうかの瀬戸際だから……!」
「……おー、おう。全然分からんけど分かった」
長机に顔をくっつけんばかりに前屈みになってペンを走らせている友人に、俺はそれ以上要求するのを諦めて窓の向こうに視線をやった。
開けっぱなしの窓からは弱い風が入ってきているが、少し暑い。もう七月だから当然っちゃ当然で、遠くから吹奏楽部の練習が聞こえてくるのも何となく夏っぽい。
今日で期末テストも終わったし、あと二週間で夏休みだ。解放感もあれば、テスト期間中やれなかった部活に精を出す生徒の活気も凄い。
そんな中、俺がいるのは所属する『新創造文芸部』が使わせて貰っている、旧校舎二階にある教室だった。
部員は総勢十三人……のはずだが、俺はまだ八人しか見ていない。よくいるのは四人だけ。今日も俺と、同じ一年で隣のクラスのかっちんこと小野寺勝己の二人だけだった。
まあでも仕方ない。先輩達はコミケに出すという原稿で忙しかったり、テスト期間中に入れなかったバイトをガンガン入れたり、そもそも幽霊部員だったり、色々あるのだ。
俺は専ら漫画を読んでいるが、かっちんは今日も真面目に創作活動をしていた。俺は特になんの創作活動もしていないただの消費者側で、それでもいいよとフランクにオッケーして貰えたのでここに入部した。オタ系の部は他にもあったけど、あとは何らかの創作か評論かしないと駄目みたいだったので、体験入部の時に肌が合わず、ないなと思った。
――さて、俺が入ったのは文化系の中でも漫研やゲーム部に近い、二次元にどっぷりな人々が集う部活だが、これには涙なしには語れない理由がある。
そもそも俺はスポーツをやるのも観るのも好きで、インドアより圧倒的アウトドアなタイプだ。今でも運動は大好きだし、体育の授業で球技の時は超張り切る。
だがそんな俺がアホみたいな呪いに掛かった後で、とんでもない問題が発生した――思春期さんの到来である。
前にも触れたと思うけど、基本的にアニマルに見えるのは肌が露出している部分。服を着ていればそこは人間っぽい体格のままだ。なので水着姿は着衣より動物感が凄くなって、ぶっちゃけ全然エロく感じない。裸なんて完全にただの動物だし。
これが最悪なことに、映像や写真でも当てはまってしまう。エロいことに興味を抱き始めた矢先に、残酷すぎる。青少年の溢れかえる情動をどうしてくれるんだって話だ。
悩める中学生の俺を救ってくれたのは、漫画だった。それまでは別に気にしていなかったが、新連載で絵が好みだったからと読み始めた漫画でお色気シーンがあり、そこで天啓を得るかのように閃いた訳だ。二次元のキャラに呪いは関係なく、肌が露出していても毛むくじゃらだったり堅くてザラザラしてそうだったりしていない、と。
それに気付いてからは漫画だけでなくアニメやゲームで可愛い女の子を積極的に見るようになり、いつしか俺は二次元キャラ大好き少年になっていた……と。
なので高校からは運動系ではなくオタ系、それもユルユルな部を選んで入り、のんびりふんわり楽しく過ごしていた。ちなみに一年は他にもう二人いて、一人は既に幽霊部員。もう一人はちゃんと活動しているが、バイトもあるので毎度来る訳じゃない。
必然的に俺とかっちんはよく喋るようになり、今日もこうして二人で旧校舎の教室にいた。
「はー……やっぱエアコン欲しいな。手汗でページが湿りそうだわ」
乾かす感じで窓の外に手をやりプラプラさせるも、あんまり意味はなさそうだった。そりゃそうだ、外の空気も暑くてじめっとしている。先輩達がいないのも、作業するには暑いから自宅かファミレスでやっているらしい。
「はー……夏休みに入ったら海に行きたくなるなー。かっちんも一緒に行くか?」
「僕はいい。陽キャに囲まれると消えちゃうし」
「そんなシステム搭載してたんか……でも、海浜公園の方には行くって言ってたよな?」
「海水浴じゃないよ。戦場に行くんだよ」
かっちんは先輩達と同じで、時々訳の分からんことを言う。オタ歴の短い俺には難しい。
眉を顰めていると、かっちんはタブレットから顔を離して大きく息を吐き出し、なかなかにいい笑顔でこっちを見た。
「ほら、コミケ会場が向こうにあるんだよ。それと別件でコスプレイベントも」
「ああ、そういう……しかしコスプレかー。かっちんもやんの?」
「僕は見て楽しむ側。本当は撮影もしたいんだけど、カメラがないと格好付かないんだよね……スマホは論外、デジカメも相当ハイクラスなやつじゃないと格下に思われるし」
「プロでもないしスマホで十分綺麗に撮れると思うけどなー。遠景撮る訳でもないんだしさ」
「プライドというか、見栄の張り合いだからね。マウントを取りたいだけな気もするけど」
ふむ……よく分からん世界だ。素人にはちょっと理解がしんどい。
にしても、漫画描いたりコスプレしたり、オタクも意外と多岐にわたってるんだなぁ。アニメや漫画が好きな人と鉄オタくらいしか認識してなかったわ。俺も妹からはオタク扱いされ始めているし、もう少し学んでいかねば。楽しむ為にも理解は必要だわ。
そう俺が考えていたところで、不意にかっちんが「あっ」と声を上げ、
「普通のコスプレならともかく、女装コスはしてみたいかも……こ、ここだけの話だよっ?」
「えっ? お、おう。でもかっちん、そういう趣味とか性のなんたらとかあったっけ?」
意外すぎる発言に驚きつつ訊ねると、かっちんは頬を赤く染めた。童顔かつ小柄で、容姿だけなら可愛い系のイケメンにも分類されそうなかっちんだ。女装も似合うかもだが、まさかそういう趣味があるとは。
「うん。今まで言ってなかったんだけど、実は僕ね……」
「…………うむ」
「僕、女装した姿を女の子に詰られるのが、凄く興奮するんだ……! まだ実践はしたことないんだけど、出来れば年下の子だと最高だなって!」
「……………………お、おう……」
これには思わずドン引きですよ。同じ部の友人が予想以上に変態だった。
「……かっちんの性癖はともかく、一段落ついたんなら相談いいかね?」
「え、うん、いいけど……僕だからあんまり役に立たないよ?」
「説得力が物凄いなー。でもまあ、いいんだよ。自分以外の男子の意見が聞きたいから。そこまで深刻なのでもないし」
確かにかっちんは平均的とも一般的とも言えないが、俺みたいな呪いユーザーでもないから、参考にはなるだろう。
「実はさ、最近ちょっと気になる女子がいるんだよ」
「ふぁっ!? ま、まさか恋バナなの!?」
……物凄い驚かれた。驚天動地って勢いで目を見開いてるし。
「ん、や、そうともいえないっつーか、たぶん違うんだけど」
「ち、違うんだ……?…………良かった、恋愛の相談なら全く役に立たないところだったよ……この前貸したゲームを参考にしてって言うしかなかったよ……」
「あれ高校生がやっちゃ駄目なゲームだったからな? 妹に見られて大変な思いをしたぞ?」
「くっ、超美味しいイベント起こしてる……羨ましい……!」
そこでガチの目をされても困るんだが。まあいいや、それはそれとして。
「気になる女子ってのがさ、顔は間違いなくタイプじゃないんよ。話してて楽しいけど、恋人としたいような行為は求めてないっつーか……これ、どう思うよ?」
「どう思うって……漠然としすぎだよ。その子のこと、好きかどうかって意味?」
「まあ、うん、そんな感じかね。あれだ、友達としての好きなのか、違うステージでの好きなのか、みたいな」