神様を決める教室

第五章 願い ⑪

 少女の背中を、ミコトは黙って見送った。


「……世も末だな」


 七歳の少女が、神様を目指さなくちゃいけないこの世界は、本当に正しいのだろうか。

 或いは――正しくないから、次の神様が求められているのか。

 ラウンジに向かうと、クラスメイトたちが祝勝会で盛り上がっていた。

 彼らの輪に入ろうとすると、銀髪の少女がやって来る。


「ミコトさん」

「ルシア」


 ルシアは人集りの中心から、わざわざこちらまで来て声をかけてきた。


「さっき、エレミアーノと話していましたね」

「……見ていたのか」

「寮の入り口でミコトさんを待っていましたから」


 じゃあなんで顔を出してくれなかったのだろうか。

 若干、不機嫌そうなルシアにミコトは首を傾げる。


「……もしかして、勧誘されたのですか?」


 どう答えるべきか悩んだ。

 その悩みが肯定と受け取られたのだろう、ルシアは頬を膨らませる。


「貴方は私を護ってくれると約束しました。それを反故にするのですか?」

「早とちりだ。そんなつもりはない」


 だからそんなふうに見つめられても困る。

 裏切るつもりなんて微塵もない。そんな、こちらの気も知らずに……。


「……大丈夫だ。何もかも」

「?」


 裏切るつもりはないし、刺客も殺しておいた。だから安心してほしい。そう言いたかったが全ての事情を話すわけにはいかず、結果的に必要最小限の言葉だけを伝えた。

 首を傾げるルシアを見て、改めて思う。

 できるだけ、この少女には明るい世界だけを知ってほしい。

 それがエゴであることは承知の上だし、ルシアにとって不要な気遣いであることも重々理解している。だが、それでも――粛正者という存在は彼女に教えたくなかった。

 もし、ミコトが粛正者であることを知ると、きっと聡い彼女は察してしまうだろう。

 ミコトがこの学園の裏で何をやっているのかを。

 彼女は全力で止めようとするはずだ。私が痛い思いをしたくないから……なんてをして。でも止められるとルシアを護ることができない。

 だから、隠す。

 この身がルシアの刃であることを、ルシアにだけは隠すと誓う。


「ルシア。約束してほしいことがある」


 周りに聞こえないよう小さな声で、ミコトは言った。


「禁止事項を犯さない。これを聖女派の全員に厳守させてくれ。勿論、ルシア自身もだ」


 でないと――――他の粛正者に狙われる。

 ナッシェとの戦いは決して余裕ではなかった。今回は上手く処理できたが、粛正者に狙われることはできるだけ避けたい。

 ミコトの真剣な気持ちが通じたのか、ルシアは深々と頷く。


「分かりました。いざという時はミコトさんに相談します」


 そのいざという時をなくしてほしいんだが……今はこの頑固者に、首を縦に振らせたことだけでも満足しておくべきか。


「おーい! ミコト、こっち来いよ!」


 ラウンジの中心で、こちらに気づいたライオットが大きな声で呼びかけた。その隣にはウォーカーもいて、楽しそうに談笑しながらこちらを見ている。


「盛り上がってるね」

「はい。……ナッシェさんも、ここにいればよかったんですが」


 ルシアの唇から自然とこぼれ落ちたその一言が、ミコトの胸中を刺した。

 ナッシェはドラゴンに喰われた。そう説明したのはミコトだ。上空でドラゴンが暴れていたのは地上からもぼんやり見えていたらしく、すぐに信じてくれた。

 ……問題ない。

 罪の意識を感じながら人を殺すことには慣れている。


「君は、ここからいなくならないでくれ」


 本当は神様になってくれと言いたいところだったが、強烈な正義感を除けば身も心も平凡な彼女に、これ以上の重圧を与えるのは忍びないと思ってやめた。

 いつか、堂々と言える時がきたら……その時ははっきり伝えよう。

 綺麗に話も締め括ったので、ライオットたちと合流するために歩き出す。

 だが、そんなミコトを……何故かルシアはじっと睨んだ。


「お前と呼んではくれないのですか?」

「……なんでわざわざ、荒っぽい呼び方をされたがるんだ」

「だって、それがミコトさんの素ではないですか」


 他人の素にこだわるのは、彼女自身が素を出せない生き方をしているからかもしれない。

 そう思うと無下にはできないし……ラウンジの盛り上がりを見ていると、ちょっとくらい彼女の頑張りに応えたいという気持ちが湧いてきた。


「……変わってるな、お前は」


 溜息交じりに言うと、ルシアは嬉しそうにはにかんだ。


          ◆


 祝勝会が終わり、解散となった後。


「お帰りなさいませ、ミコト様!」

「ただいま」


 自室に戻ってきたミコトは、静かに深い息を吐いた。

 元々ナッシェとの戦闘で疲れていたが、祝勝会でそれを表に出さないよう愛想よく振る舞った結果、余計に疲れてしまった。

 椅子に腰掛けて落ち着いていると、家の中が以前より綺麗なことに気づく。


「掃除してくれたのか、ありがとう」

「えへへ、どういたしまして。あ、でも約束通り、寝室には入っていませんので!」

「ああ、そっちは僕が掃除するよ」


 事前に決めた約束の一つだった。キッチンや食卓がある部屋はパティが好きに使っていいし掃除も任せる。その奥にある部屋はミコトの寝室兼作業場として使い、危険な武器や薬品があるため無断で入室しないよう伝えてある。掃除もミコトが自分で行うと決めた。

 寝室兼作業場に入ったミコトは、机の上を見て溜息を吐いた。


「…………またか」


 初めてこの部屋に入った時も、机の上にそれはあった。

 あの時はパティが来る前だったので、先に拾って処分しておいたが……これもいつかパティに相談するべきかもしれない。

 ――神様に気に入られている生徒には、羽が贈られる。

 ――羽を受け取った生徒こそが、現時点で最も神様に近い。

 そんな噂がこの学園には流れているが、だとすると――これは何なのか。


 机の上に、


 ルシアが教室で見せた羽とそっくりのものが机の上に置かれていた。

 粛正者は神様にはなれない。そういうルールのはずだが、何故かミコトの部屋には偶に神様の羽が届く。

 羽を受け取った生徒は神様に近いという噂が嘘なのか。

 或いは、粛正者でも神様になる方法が存在するのか。

 いずれにせよ……。


「生憎、興味ないよ」


 ライターで羽を燃やす。

 神様になるのは、自分の役割ではない。

 自分はただ、静かに、影の中で――あの少女を護れたらそれでいい。