神様を決める教室

第五章 願い ⑩

 そこまで理解した上で……ミコトは一つ、質問することにした。


「質問があります」

「なんだ」

「死者の蘇生に必要な点数スコアを教えてもらえませんか?」


 その問いに、アイゼンは微かに眉を動かしたが、すぐに口を開いた。


「……基本的には三千点前後。高くても五千点あれば充分だ」


 概ね、予想通りの数字だった。

 しかしそれならば更に疑問が生じる。


「僕の願いが、死者の蘇生であることは知っていますよね?」

「ああ」


 ミコトは左手首に触れながら、点数スコアを表示するよう念じた。


「僕の目標点数スコア――――高くないですか?」


 左手首に現在の点数スコアと目標点数スコアが表示される。

 その値を見て、アイゼンは目を見開いた。


 2174 / 986145


 ナッシェを粛正したことで、点数は千五百点近く増えていた。

 だが、それでも目標点数には遠く及ばない。

 強さの試験にて、ナッシェから残り六千点で願いを叶えられるという話を聞いた時から、ずっと疑問に思っていた。

 この目標点数スコアは――――あまりにも遠すぎる。


「………………ありえん」


 アイゼンが、震えた声で言う。


「たかが人間の蘇生に、そこまでの点数スコアは必要ないはずだ……」


 これまで余裕のある態度を崩さなかったアイゼンが、激しく動揺していた。

 アイゼンは、もう一度だけ点数スコアを見た後、戦々恐々とした様子でミコトを睨む。


「貴様………………


 恐怖の滲んだ問いかけに、ミコトは静かに答える。


「……分かりません」


 生前の頃は感じなかった疑問が、この学園に来て着実に膨らんでいる。

 師匠は、まるでミコトがこの学園に来ることを予想していたかのように特別な訓練を施してきた。火の玉を避けるコツとか、身の丈を超える生き物との戦い方とか、どうしてそんなものを教えてくれたのか……今となっては知る由もない。

 思えば自分は、師匠のことを何も知らない。

 あの人はどこから来たのか。

 師匠は一体、何者なのか。


「――それを知るためにも、僕は戦います」


          ◆


 円卓の間から出ると、校舎の男子トイレに転送された。

 クラスメイトたちは今頃ラウンジで祝勝会を楽しんでいるだろう。彼らと合流するべく、ミコトものんびりラウンジへ向かった。

 だが、学生寮に入ろうとした時、ミコトの前に金髪碧眼の少女が立ち塞がる。

 エレミアーノ=アリエル。

 王女派の中心人物であるその少女は、悠々とミコトに近づいた。


「ちょっといいかしら」

「……時間を取らないのであれば」

「それは貴方次第ね」


 エレミアーノは一人でここにいた。ルシアと同じく、常に周りに誰かがいるイメージだったが存外そうでもなかったのか。

 或いは、内密な話でもあるのか。


「貴方、粛正者でしょ?」


 心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走った。

 だが感情を消すことは得意だった。ミコトはいつも通りの、淡々とした様子を保つ。


「何のことだ?」

「……ハズれたかしら? 貴方が私の騎士を殺したと思ったのだけれど」


 あまりにも自然な態度のミコトに、エレミアーノは自らの判断を疑い始めた。

 だが、ミコトはその一言で頭の中にあった予想が確信に変わる。

 ――お前が、ナッシェの願いに勝った人物か。

 この学園には、聖女ルシアを殺すことで得をする人物が一人いる。

 それがエレミアーノだ。王女派は聖女派と同じように、積極的に勢力を伸ばしている。どちらもその方針を曲げない限り、やがて衝突することは明白だ。

 ナッシェの目的は、王女派のために聖女ルシアを殺すことだった。

 だから彼女は粛正者たちに共同戦線を提案したのだ。ルシアの点数スコアを自分で獲得できれば儲け物だが、そうでなくてもルシアを殺すことができたら王女派に貢献できる。

 ナッシェは王女派のために、点数スコアよりもルシアの抹殺を優先した。

 ナッシェとエレミアーノは強い信頼関係で結ばれていたのだろう。それこそ、粛正者という存在を伝えるくらい。


「まあいいわ。話は変わるけど、貴方、うちの派閥に来ない?」

「……王女派に?」

「ええ。猫被ってるみたいだけど、貴方、まあまあ優秀でしょ?」


 何を根拠に言っているのか分からない。

 だが、その情報源がどうであれ、答えは決まっている。


「何を言っているのか分からないな。それに僕は聖女派だ」

「……そう」


 エレミアーノは特段残念そうにもせず、あっさり引き下がった。

 この返答は予想していたのかもしれない。


「こちらからも一つ訊いていいか」

「どうぞ。ただし、私の軍門に降らないなら大した質問には答えないわよ?」


 構わない、とミコトは頷く。


「王女派の目的は何だ?」


 ずっと気になっていたことだった。

 王女派の団結力は凄まじい。その源は何なのか。

 ミコトの問いに、エレミアーノは沈黙する。


「聖女派と同じく、仲間と共に生き残ることが目的か?」

「そんな軟弱な一派と一緒にしないでちょうだい」


 舌鋒鋭くエレミアーノは言った。


「……まあ、別にそこまで隠しているわけじゃないし、教えてあげるわ」


 そう言ってエレミアーノは、ミコトを見つめる。


「王女派の目的は――――私を神様にすることよ」


 その碧眼と目が合った瞬間、深い炎に包まれたような錯覚がした。

 血が煮え滾る、熱くて気高くて、猛々しい炎。その存在感の源が、目の前の小柄な少女なのだと理解するまで時間がかかった。柔らかな慈愛を感じさせる聖女ルシアとは、ある種、対照的と言ってもいい印象を受ける。


「王女派の皆はそのことに納得してくれている。だから私は、何としても神様にならなくちゃいけない。彼ら全員の願いを聞き届けるために」


 各々が願いを叶えられるかもしれないこの学園において、その願いをたった一人の少女のために二の次にするというのは、本来なら有り得ないことだ。

 王女派は、そんな有り得ないバランスの上で成り立っている。もはや狂気的に感じた。

 それほどまでに、王女エレミアーノのカリスマ性は凄まじいのだろう。

 今なら王女派の生徒たちの気持ちも分かる。この、話しているだけで高揚感を覚えるような強烈なカリスマ性は、

 傅き、仕えるならばこのような主君がいい。誰もにそう思わせる魔力がある。


「私が次の神様に相応しいと思ったら、いつでも王女派に来なさい?」


 エレミアーノは踵を返し、校舎の方へ向かった。

 しかし、すれ違う瞬間――。


「あっ」


 エレミアーノが何もないところで足を引っかけ、転びかけた。

 反射的に、その身体を受け止める。エレミアーノのカリスマ性に飲まれていたミコトはおかげで正気を取り戻した。

 なんだか、前も似たようなことがあったな――――と考えた時、ある可能性に至る。

 どうやらこの学園の生徒たちは肉体の年齢を操作されているらしい。その影響で、身体の動かし方に慣れるまで少し時間を要するとか。

 ウォーカーやライオットたちは、今の肉体にも大体慣れてきたと言っていた。

 だが、もし生前と現在で年齢の差が大きければ……まだ慣れない者もいるかもしれない。


「……もう一つ訊かせてくれ」


 まるで歩幅が合っていないかのような転び方をしたエレミアーノへ、ミコトは問う。


「実年齢はいくつなんだ?」


 そんなミコトの質問に、エレミアーノは顔を真っ赤にして苛立ちを露わにした。


「――七歳よ!! 文句ある!?」


 そう言ってエレミアーノは立ち去る。