神様を決める教室

第五章 願い ⑨

 粛正者として彼女と戦ったつもりは毛頭なかったが、賢さの試験でナッシェがカンニングしたと聞いて、それなら彼女も違反者に該当するのではないかと思った。どうやらその認識は正しかったらしい。粛正者は無条件で合格できるだけで、違反者にならないわけじゃない。

 死の間際、彼女が口にしていた台詞を思い出す。

 ごめんね、皆。……きっと彼女も何かのために戦っていたのだろう。パティの言う通り、やはり粛正者には各々の正義があるようだ。

 それを知ってなお、自分はこの少女を殺した。

 後悔は――――ない。


(……早く、逆鱗を取らないと)


 今、足場にしている大型のドラゴンから逆鱗を取ってしまうと、このドラゴンが変異してしまう。ただでさえ巨大な個体なのだ。変異したら多くの犠牲者が出るに違いない。

 周辺にいるドラゴンを足場にして、ミコトは地面まで下りる。


「ミコトさん!」


 ルシアがこちらの存在に気づき、声を出す。

 ナッシェと戦っている間に、ルシアたちは複数のチームと協力してドラゴンの無力化を図っていたようだ。

 丁度、一匹のドラゴンが倒れて動けなくなったタイミングで、ミコトが来た。


「ミコト、今だ!」

「俺たちが止めているうちに――ッ!!」


 ウォーカーとライオットの声を聞きながら、ミコトは倒れているドラゴンに着地し、その首元まで走る。

 そして――逆鱗をナイフで抉り取った。


「よっしゃあ!!」


 ライオットが歓喜すると同時に、全身が光に包まれた。

 ミコトたちのチームが合格条件を満たし、グラウンドの外まで転送される。光に包まれた人間は四人。ミコト、ルシア、ライオット、ウォーカーの四人だけだ。

 ナッシェという名の少女は、もういない。

 ルシアの敵を殺したことに、後悔なんて感じるわけがなかった。

 だが、彼女の中にも正義があったことだけは、心に留めておこうとミコトは思った。


          ◆


 ナッシェ=インバウルの願いは、ビスティア王国に頼れる王を用意することだった。

 ビスティア王国は、ナッシェの生まれ故郷となる小さな国である。この国は土地が恵まれていないため、近隣諸国からの援助で辛うじて存続していた。

 ただし代償として、国民は近隣諸国から奴隷のような扱いを受けていた。

 子供の頃からそれが正しいのだという教育を施され、成人を迎えると同時に優秀な者から順に各国へ売られる。売られた国民は二度と故郷の土を踏むことはない。そして、国内でどれだけ優れた結果を出そうと、諸国に引き取られた者は一生下働きを強いられる。

 まるで奴隷市場のような国だった。

 その現状がいつまでも変わらない理由は、ビスティア王国の国王にある。

 近隣諸国の教育という名の洗脳は王族に対しても行われる。おかげで国民が奮起して近隣諸国に抵抗を試みても、最後は他ならぬ国王の手で勢いを削がれることがままあった。

 ナッシェは数年に及ぶ熟考の末、その現状をもっとも効率的に打開する作戦を実行する。

 それは――王族を皆殺しにすること。

 王政のままではこの国は変わらない。そう判断したナッシェは革命軍を率いて、王族を一人また一人と殺し続けた。

 ナッシェの武器は、幼い頃に目覚めた森羅万象と対話する能力。元々、会話が得意ではないナッシェにとっては酷く手に余る力だったが、国の惨状を前に無い物ねだりをしている余裕はなかった。同胞の犠牲が増える度にナッシェの執念は強固になり、気弱な人見知りだった少女は、いつしか本性を塗り潰す術を手に入れた。

 王族殺しは順調だった。

 だが――最後の最後で、失敗した。

 一人、逃してしまった。まだ年若い王子。何も知らない幼子をこの手にかけるのはあまりにも残酷かと躊躇し、見逃した。

 後日、若い王子は全兵士に革命軍の一掃を命じた。

 近隣諸国の洗脳は幼子にも行き届いていたのだ。処刑台に連行されながら、ナッシェは自らの失敗を悟り、やはり王族は一人残らず根絶やしにするべきだったと悔やむ。

 そして、目が覚めたら――学園にいた。

 与えられたのは粛正者という立場。

 叶えたい願いは、ビスティア王国に真の王を誕生させること。

 強くて正しくて、民の声に耳を傾けてくれるような偉大な王さえいれば――あの国は変われるに違いないのだとナッシェは思っていた。

 ただ、そのために粛正者の仕事をこなしていると、が現れた。


「貴女、いい力を持っているわね」


 どういうわけかその少女は、ナッシェの能力を知っていた。

 だがその少女は、取引ではなく提案を持ちかける。


「私の配下になりなさい」


 その少女は、誰よりも強かだった。

 その少女は、誰よりも誇り高かった。

 その少女は――――ナッシェが思い描く、理想の王そのものだった。

 だから、思ってしまったのだ。次の神様は彼女であってほしい。――そんな二つ目の願いが生まれると同時に、ナッシェは粛正者ではなく彼女の配下として生きるようになった。


「……ねえ」


 少女の配下になると決めた後、ナッシェは尋ねた。


「アタシたちの目的って何なの? 聖女派みたいに皆で生き残ること?」

「あの軟弱な一派と一緒にしないでちょうだい」


 凛とした声音で少女は告げる。


「私たちの目的はもっとシンプルよ」


 少女の答えを聞いて、ナッシェは安心した。

 ああ――やはり。

 彼女こそが、アタシの求める王なのだ。




「で、聖女はなんでまだ生きてんだ?」


 円卓の間に、少年の声が響いた。

 その疑問に答える者は誰もいない。ただ、今回の集会には決定的な変化があった。

 聖女の粛正を宣言していた、八番の粛正者が欠席している。

 このタイミングで欠席するとはとても思えない人物が――。


「死んだんじゃないかな」


 今まで口を閉ざしていた、一番の人影が告げる。


「このタイミングで八番が姿を現わさないのは不自然だ。試験で不合格だったのか、或いは何者かに殺されたか……いずれにせよ八番は死んだ可能性が高い」


 一番の声からは、優しさと気品を感じた。

 だが同時に、鋭く突き刺すような視線も感じた。


「怪しいのは当然、八番と協力する予定だった十三番だ」

「僕は何も知らない」


 その一言を告げた後、ミコトは唇を引き結んだ。

 これ以上は何も言わない。恐らく、言う必要がない。


「八番が死んでしまった今、聖女が違反者かどうか定かじゃなくなりましたね。これ以上、粛正対象として見るのは無理があるかと」

「同意だな。聖女の粛正は打ち切っていいだろう」


 七番の少女の意見に二番の少年が同意を示す。

 こういう話の流れになることは予想していた。これで当分の間、ルシアは安全である。


「議題は以上か。では、集会はこれで終了だ」


 アイゼンが集会を締め括る。

 初めて粛正者が脱落したというのに、他のメンバーは淡々としていた。生前で修羅場を潜っているからか、その程度では心が揺らがないらしい。

 ミコトも彼らと同類だった。だが、だからこそつくづく思う。

 これは、正しい在り方ではない。

 粛正者の正義は歪んでいる。


「十三番」


 集会が終わった後、アイゼンに呼ばれた。

 呼び出される心当たりがないため不思議に思いつつ、アイゼンのもとへ向かう。


「仕事熱心な貴様に一つ、耳よりな情報を与えてやろう。……粛正者を粛正した場合、その者が獲得していた点数スコアもまとめて手に入る」


 なるほど。だからナッシェを殺した時、かつてないほど点数スコアを蓄積した感触があったのか。

 ナッシェが今までに粛正者として稼いだ点も、手に入ったらしい。