あなた様の魔術【トリック】はすでに解けております -裁定魔術師レポフスキー卿とその侍女の事件簿-

幕間 その二

 ランタンの明かりを近づけて愕然とする。

 久しぶりに訪れた屋敷は瓦礫の山に変わっていた。全焼したとは聞いていたが、巨人にでも踏みつけられたかのように建物ごと崩れ落ち、在りし日の姿を見つけるのは難しい。幼い頃に必死に上った階段も、長い廊下も、全て消えてしまった。本邸だけではなく、病を患った祖父が住んでいた離れまで跡形もなく壊されている。まるで全ての証拠を隠滅するかのように。ここに来れば何か見つかるかと思ったが、徒労に終わりそうだ。ため息とともに体が少しだけ重く感じる。

 砕けた石壁には、黒く焦げた痕跡が拷問のように刻まれている。

 真夜中のせいか、今にも死霊がそこかしこから現れそうだ。心なしか空気もひんやりとして春先だというのに息も白い。

 ここでレポフスキー家の者たちが命を落としたのだ。もう半年以上も前に。

 当時は海を隔てたストランドで魔術留学中だった。何も知らなかったし、知らせも来なかった。修行の妨げになってはいけないと、父が決めたのだという。父の判断は正しく、恨めしい。聞いていたら取るものも取り敢えず駆けつけただろう。

 黒ずんだ瓦礫を一撫でしてから彼女は手紙を取り出した。一月ほど前に魔術留学を終え、我が家に戻った時に、母から惨劇の知らせとともに受け取った。レポフスキー家の親族に配られた通知書である。

 当主交代と、異を唱えて反逆を起こした者たちを処刑した旨が簡潔に綴られていた。手紙の最後には処刑した者、および騒動で死亡した者の名前も連ねられていた。レポフスキー一族とその弟子の魔術師、および使用人。総勢十九名。処刑された者の中には、彼女の叔父をはじめ親類も含まれている。

 痛ましい話ではあるし、暗澹たる気持ちになったが、涙は零れなかった。数少ないやりとりの中でも彼らの思考は手に取るように分かった。高慢で驕慢で、怠慢な者たちだ。その上、残忍で魔術師……いや、レポフスキー家以外の魔術師を頑なに認めようとしない。

 次期当主を選ぶのは当主の権利である。それを蔑ろにするのは許されない。しかも魔術師の司法に就くレポフスキー家だ。もし反逆を起こし、お家乗っ取りを企んだのだとしたら、処罰されても致し方ない。

 たとえ、新当主が使い魔の鴉であろうと。


「あのマンフレッドが……」


 よりにもよって使い魔の鴉が名門のレポフスキー家の当主など、何かの間違いとしか思えない。百歩譲って何か事情があったのだとしても、絶対に譲れない問題がある。

 もう一度、手紙に目を通す。筆跡に見覚えがあった。

 リネットの字だ。

 忠実で寡黙な下働きの娘、という認識だった。

 それが今では、マンフレッドの侍女として『裁定魔術師(アービトレーター)』の使命にも付き従っているという。

 レポフスキー家のお家騒動には間違いなく、マンフレッドとリネットが関わっている。今はここから山一つ隔てた場所に屋敷を構えている。問い質そうと、何度も屋敷を訪れたが、いつも留守だった。『裁定魔術師(アービトレーター)』として事件の起きた場所を飛び回っているらしい。手紙を出してもなしのつぶてだ。今どこにいるかも定かではない。それでも諦めるつもりはなかった。何としてでも追いかけて、見つけ出してやるまでだ。真実を明らかにするためにも。

 事と次第によっては、命を懸けて戦うつもりだ。両親から禁止されたにもかかわらず、屋敷を抜け出し、夜中の廃墟に来たのもそのためだ。

 不意に頭上から一際高い、梟の鳴き声が聞こえた。

 続けて目の前に何か落ちて来た。ランタンを近づけると、白い手紙が地面に転がっている。

 何事かと見上げると、白い梟が翼を広げ、頭上を旋回し ている。


「もしかして、『召集状』?」


 レポフスキー家の焼け跡にいたから間違えて届けられたらしい。どこかの魔術師が通報したのだろう。つまり、事件だ。どうしたものか、と一瞬迷ってから白い手紙を握り締める。これは天祐だ。今こそ誰が『裁定魔術師(アービトレーター)』に相応しいかを万人に知らしめる時だ。そして、半年前のあの日、何が起こったのかを突き止める。

 フレデリックのためにも。

 一瞬ためらったものの手紙を広げる。何者かに襲われて、救助を求めているらしい。幸いにもこの近くだ。一刻も早く駆けつける必要がある。急いで元来た道を駆け下りようとしたところ屋敷の跡を振り返った。瓦礫の隙間から闇に塗り潰された草花が、風に吹かれて揺らめくのが見えた。今は真っ黒でも日の光に当たれば、元の緑や花の色を取り戻す。


「見てなさい。この……」


 不意に頭上から梟が襲ってきた。

 間違いに気づいて『召集状』を奪い返しに来たらしい。


「ちょっと、待ちなさい。まだ読んで……あいたっ!」


 爪でつかまれ、クチバシで突っつかれながら必死に現場への道をひた走る。