嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん幸せの背景は不幸

一章『再会と快哉』 ①

「校長の名前がふじわらもとつねで、生徒会長がすがわらみちざね、二年の学年主任がたちばなひろですよーって書いておけばいいんじゃない?」

「その事実がどんな層への求心力につながるんだよ」


 せっかくの意見にもクラス委員のかねは首をひねり、うなった。こっちとしても首を捻りたい問いかけをされたのだから、無理もない。

 来年の受験生に対するパンフレットの作成で、我が校のとくちようかたはしからたずね回っているクラス委員に教室の入り口でつかまっていた。しかし、当校は、いや街自体が基本的に何のもない田舎いなかだから、親がじようだんで名付けたとじやすいしてしまいそうなせいめいの学校関係者をれつすることぐらいしか思い浮かばない。これが精いつぱいの回答だった。


ほかには……この前当校の学生がざんさつされましたとか……」

「そりゃマズイだろ」


 金子が苦い顔できやつする。少々、きんしんだったか。


「まあ、自由な校風とか開放的とか、そんな感じに書いておけばいいんじゃないかな」


 最後は、個性と捻りのないぼんような返答に落ち着いた。金子は、それは聞ききたといったように苦笑してから、軽く息をいた。


「本当はさ、こんなことしてねーでとっとと部活行きたいんだよね」

「部活? 今は危険だからって禁止のはずだろ?」

「大会近いのに、うちの部長がそんなこと認めるかよ。深夜までこうにんでバリバリだよ」


 金子がかしをまんする小学生みたいに得意気でいると、その背中を押すように女生徒が現れた。同級生のそのマユだった。押し退けるように金子ととびらの間をけ、ろうに出ていく。


「あ、ちょっと」


 金子がとつに、その背中に呼びかける。御園さんは、だんの落ち着いた印象とは異なり、にらみつけるようにり返った。


「なに?」

「あ、いやー……」


 そのけんごしの態度にされたように、金子はだらしないみを浮かべて目を泳がせる。こちらに横目で助けを求めていることに気付いても、無視して御園さんをジッと見つめていた。


「……なに?」


 もう一度問いかける。表情に、げんともなって。

 御園マユはなかなかに美人と評価する。いや、正直に言えばかなり美人、いやいやとてつもなく美人と個人的に判定する。ようするに、大変好ましい。花丸だ。

 セミロングのかみは一度染めてからきたのか、ちやぱつざんがいくろかみもれている。ブレザーのすそからのぞけるシャツは、し暑い十月上旬に真っ向勝負をいどながそでだった。


「わたし、用事があるんですけど」


 同級生にも、そのさんはていねい語で接する。他人へのきよぜつはかる姿勢。けれどそれは、かべではなく、けんせいとして取れる。

 人をこわがっている小動物が、御園さんに対しての印象だ。


「呼び止めてごめん。急ぎの用があるなら、別にいいんだ」


 かねの代わりに答える。御園さんは「そうですか」と小さくつぶやき、階段の方へ足早に、しかし左右に落ち着かない足取りで向かっていった。

 その背中をながめながら、金子が肩のこわりを解いて軽く深呼吸する。


「御園って、あんな怖かったっけ」

「さあ……。節分のおに役の予行演習でもしてるんじゃないかな」


 本当はあの態度の理由を、九割九分九りんの確信を持って説明することは出来る。金子はなおも首をひねっていた。さっきから首がすいちよくもどっていない。


「最近ミョーに帰るの早いし……」


 軽くいぶかしみながら、教室をり返る。こちらもられて横目で見る。

 まだ教室には、ほとんどの生徒が残っている。教科書をめ込む者、となり近所と談笑する者とそれぞれではあるけど、御園さんの席がろうから最も遠い場所であることをこうりよすれば、異例の速さといえる。


「用事があるなら、別につうだと思うけど」

「毎日あんの?」

「あるんじゃない? かーちゃんが入院して見いとかいくらでもさ」


 うそだけど。


「それにどーせ聞いたって、聞き飽きたような答えが返ってくるだけだよ」


 適当なフォローをする。金子は気がけたように頭部を人差し指でいてから、ようやく首を真っぐに戻した。


「ま、そーなんだろうけどさ。でも、あいつが自由とか開放的とか言っても、感があるよなあ」

「そうだね」


 そんなこともない。反論の余地はあったけど、早めに会話を切り上げるために、適当に同意しておいた。


「それじゃ、そろそろ帰るよ」

「ん、ああ。また明日な」


 おおざつに手を振り合って別れ、廊下を歩き出す。廊下は、ぬるい昼下がりの日光を浴びて、ていたいした空気を形成している。そんな、温かみでよどんだ空間を足早にっ切り、となりのクラスを横目でながめながら階段を一段飛ばしで下りていった。

 そして昇降口の箱で、あわてたようにくつえるそのさんが、校門を出て十秒ったことをかくにんして、その背中を一定のきよを開けて追い始めた。

 今日の放課後は、たんていごっこをして遊ぼうと決めていた。



 ここは田舎いなかのない街だけど、最近はテレビという全国ネットで名前を挙げられる機会が増加し、主に警察の注目が集まっている。二つの事件が起きたからだ。まあ、犯人は同一犯の可能性もあるから、二件としてあつかうかは人それぞれだ。

 連続殺人事件と、一つのしつそう事件。

 ここ何ヶ月もの期間に街をおそっている、悪意のきわみ。特に殺人事件なんて、この街で起きたのは、さむらいかたなり回していた時代までさかのぼらなければかくにん出来ないほどの大事件に等しい、とまで言ってしまえばそれは言いすぎのりよういきに入るけど、とにかく八年に一度の出来事にはちがいない。

 四十代の中年のオッサンが、公民館のわきの路地でざんさつ死体として発見されたのが皮切り。胸元をものえぐられたのが死因だが、その後目玉はかれ、左手は指がすべて切断され、耳は半分だけ切り込みが入れてあった。犯人のゆういつかんと見られ、精神障害者と世間でさわがれた。次は、七さいになる小学生の男の子。今度は、顔面が原形をとどめないほど刃物でつらぬかれていた。この事件以来、小学校では集団登下校をじつし、授業しゆうりようの日程も昼までとされてけいかいに当たっている。自治会も夕方には総出でじゆんかいを行い、さつじんふつしよくするべく警察の協力も全面的に得られた。それでも今現在、犯行の防止、はんにんの割り出しに高い効果は見受けられない。

 そしてさらに、殺人以外に発生したのが三週間前のしつそう事件だ。小学四年生の男子と、二年生の女子の兄妹きようだいが、黄昏たそがれどきに失踪した。外で不用意に遊ばないというお達しを町内全体で流していたけど、効果はなかったらしい。今までの事件とは異なり、死体が発見されることはなく、ゆうかいされたのではないかと世間ではうわさされている。そのためそんの殺人事件と同一犯ととらえるかは、警察でもなやみどころらしく、両方の線でそうを進めている、としゆうかんで取り上げられていた。更にその雑誌は、取り分け誘拐という出来事を強調して特集ページまで設けて、過去の事件と結びつけようとしていた。


「…………………………」


 御園さんをこうし始めて、二十分以上っていた。

 かんながら尾行初ちようせんの身の上であり、ましてストーカー経験があるわけでもないゆえ、毛も生えていない素人しろうとと言わざるを得ない。その為、尾行する際の適切な距離というものが十分につかめない。本でも買って勉強しておくべきだったかと、わずかにこうかいの念がよぎる。