嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん幸せの背景は不幸

一章『再会と快哉』 ⑦

「今日はもういいんだって。僕は後で、ほら、えーと、まーちゃんをた、食べるから」


 言い終え、しゆう心がりんかい点にとうたつした。ここまで言わなきゃ良かったとこうかいしたことがかつてあっただろうか。顔が熱すぎる。子供達の視線が痛い。傷よりがたい。大体こんな死語みたいな言葉で相手がなつとくするものか。そう思って、マユの反応をうかがったら、しんみような表情になっていた。それから僕の第六、第七の指候補がさっている右手を引っ張り、和室の外、リビングまで引きずり出してきた。ふすまを閉じ、そして、とうとつちゆうちよなく破顔一笑した。


「ほんと?」

「何がかね?」


 しん口調で対応してしまった。


「ねえねえ、まーちゃんを食べるの? 今日ですか夜ですかやほー!」


 ちようが頭に付くほど効果的だった。もろを上げて喜んでいる。おとのうずいにはのうりゆうさんでも流れているのだろうか。


「えーとですね、その件については後日改めて……と、取りえず、ばんそうこう持ってきて」


 手の平にこんりゆうしているはしを見せながらごまかしをかける。効果があったか定かではないけど、にこにことがおでマユはうなずき、待ちわびたようにけ出していった。

 それを見届けてから、和室に引き返す。さきほどと同位置にこしを下ろし、それから、いつまでも生やしたままにしておけないそれを、左手でつかむ。


「おおっ、骨の近くまで、いた、いだだだ、ずるってぬけた、ずるって。とりはだ立ってるよ」


 一人さわぎながら、箸をっこいた。血のたまが浮かび上がり、次々に手の平を赤色の線が染め上げていく。舌でめ取り、たたみよごすことを防いでいたら、視線を感じたので横目で見た。

 こう君が僕に視線を向けていたけど、それより焼きそばが底をつきかけていたことにまずおどろいた。


「あの……ありがとう、ございます」

「何が? 食事を作ったのはあのおねえさんだから、お礼ならそっちによろしく」


 ちがいます、とどもりながら首をって、浩太君が言った。


「あんずをかばってくれたから」


 浩太君は照れくさそうな笑顔で、ぺこりと頭を下げた。

 なつかれたか、多少は味方と思われたかとかんらせる態度だった。

 一方のあんちゃんは、見なかったふりをして残ったそばをしやくしている。

 僕はそんな二人に、気にしない気にしない、と笑い話のようにめくくった。

 ……これを笑い話で済ましてしまうのが、僕とマユの関係なんだろう。

 どんな常用漢字を用いて表せばいいのやら、全く。



 それから傷のりようを終えてすぐ、げるようにしてマユの家から出た。なみだになったマユをり切るのは心苦しかったけど、マユの都合だけに合わせるゆうはない。半分うそだけど。

 マンションを出て、昼と夜の温度差におどろいた。風がくとわずかにはだ寒い。


「……しかし、い一日だった」


 塩酸のごとき時間だった。

 包帯を大げさに巻かれた手の平を見る。『ばんそうこうなかったー』とほがらかに報告し、手順も巻き方も無知ながら、巻きつけてくれる量だけは一級品だった。それを、すべて外した。すでに、薬品のにおいが少し染みついていた。今日は、臭いのやくか。


ゆうかいに、またかかわるとは思わなかったな……」


 しかも今度は共犯者の立場として。さいげつが立場を逆転させたなんてのは、おさなみのライバル同士だけでじゆうぶんだっていうのに。

 それに、誘拐された兄妹きようだい。あの子達を見て、交流を得て、何か、感があったような気がする。じゆん、というか。つうに事を始めすぎて、うすかわ一枚の差異を感じたけど、どうにもそれが具体化することはなかった。


「……あ」


 それとは別件に一つ、しょうもないことをたずね忘れていた。

 その場で振り向く。マンションの全景が、おのおのの部屋かられる光で浮かび上がっていた。まるで、かげのように、周囲のやみと共存してそびえ立っている。

 明日にでも聞けばいいか。

 そこまで大したことでもなし、わざわざ出もどりまでして問う気にはならない。それに今部屋に戻ったら、そのまままっていく流れにみ込んでしまいそうだ。そんなことをしたらさんがいしどうろうなぐってきそうだ。

 だから明日、覚えていれば質問してみよう。

 何で、あの子達を誘拐したんですか。