嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん幸せの背景は不幸

一章『再会と快哉』 ⑥

 パンを一気に口へめ込み、ほおふくらましながら杏子ちゃんがにらむ。その目線も、リスのような頰と組み合わされば、好感に変わる。


「いやなんというか、妹はなごむねと思っただけ」


 杏子ちゃんはパンで膨らんだ頰をしゆいろに染めて、目をらした、なんてことはもちろんあり得ない。ただ冷めた視線だけを向けられた。


「べひゅに、あんたにょいみょうとひゃない」

「まあ、そうだけどさ。君は犬を見ると、殺したいって感じないでしょ?」

「ひゃあ? なにしょれ」

「ん、やっぱり君は良い子だねえ」


 したり顔が気にさわったらしく、パンを無理矢理飲み込んでから、「キモイ」としんらつな評価をぶつけてきた。こう君はむせ込みながら、ぺこぺこと代理で頭を下げる。きんちよう感のないゆうかい犯と、かたに力が入りすぎながい者の取り合わせはけの一言にきた。


「さて、おなかも少しは落ち着いたようだし、一つな話をしていいかな」

「余計お腹空いた」


 はんこう的なにくまれ口をあんちゃんがはさむ。「あんず」と浩太君が注意し、やっと口をつぐんで聞く姿勢になる。そんな二人の顔を見わたしてから、話を切り出した。


「一つお願いがあるんだ」


 そう前置きして、僕はそのお願いを口述した。


「君達をゆうかいしたのは、僕ってことにしてほしい。あのおねえさんはいつさいがつさい関係ない、存在自体公表しないでほしい。それさえ守ってくれればいい」


 そうすれば、近いうちに君達を解放する。

 そんなうそをついた。

 正直、こんな口約束を守ると考える方がどうかしている。そこまで人をしんらいしているやつは、悪徳商法にだまされてくれとがおで肩をたたきたい。

 だから僕はいつか、機を見計らってこの子達を殺すのだろう。

 口のない死人とするために。

 それこそ、ちまたうわささつじんのように。


「あ、あの」


 浩太君が、おずおずと挙手する。「はい、いけ君」とちょっと気取って発言をうながした。


「かいほうって、その、ぼくたちをここから出す、ってことですか?」

「そう、だね。出すというか、げ出すというか」

「そうですか……えと、どうも……」


 なんか、みように消極的だな。まるで、ここから出たくないみたいにも取れる。杏子ちゃんの顔を見ても、兄と顔を見合わせてゆううつな表情になったりしている。まさか、望んでゆうかいされたわけでもないだろうに。

 誘拐は、ある意味殺人よりしようわるな犯罪だ。

 殺人は本人が死んでしゆうりようだけど、誘拐は、解放されてから続いてしまう。

 くるった人生を、続けなければいけない。

 修正不可能なのに。

 半分以上死路と重なっているのに。

 生きなければいけない。

 かされ続けていく。

 理解出来なくなった、人のつうってやつにれいぞくしながら。

 ……あー、だ。ふつしよくしないと。


「ところでさー、君達ってどういうけいゆうかいされたわけ?」


 口から悪意と共にき出した言葉は、それと反比例して軽々とした調子だった。


「外で、遊んでてあのおねえさんが出てきて、そのままここに……」


 こう君の、歯切れの悪い返答。ちらりと妹をいちべつする。あんちゃんはそっぽを向いて、けれど浩太君の左手に、自分の手を重ね合わせていた。僕はそんな兄妹きようだいの対応に「ふぅん」となつとくしたりを見せながら、内心では異議ありと人差し指をきつけていた。

 このさつばつというづらが似合すぎる御時世に、のんにお外で遊んでいた? かなりダウトな発言だ。報道でも夕方に姿を消したとなっていたから、この子達が家屋の外にいたことは確かだ。ただ、この子達の保護者、両親がそれを許すかな、じようきよう的に。……うーん。

 みように引っかかり、けれど余り気にかけたくはないな、と考えていたら、


「なんでこんな所にいるの?」


 ぜるような音を立てて勢い良く開いたふすまと、れいたんな声。振り向くと、フライパンのを片手で支え、まるで教室にいる時のような、落ち着きはらったふんのマユが直立していた。十五分前の幼児退行がげんかくとしてかすみそうなほど、彼女は年相応な十七さいもどっていた。

 不思議そうな表情ながらも部屋に入ろうとして、しきけそうになったので、あわてて身体からだを支えた。「ありがと」とかわいた声で礼を述べられる。「どういたしまして」と無意味にしんぶってから、フライパンの中身を確かめた。


「焼きそばだよ」


 自信作なのか、はたまた好物なのか、マユは気持ちがおでフライパンを差し出す。そこから生じる、こうばしいソースのにおいは、部屋のにおいと混ざって食欲減退をうながした。


「何かしきものを……」


 僕の日本語は通じなかったらしく、マユはたたみじかにフライパンを置いた。げる音と、草を焼く臭いがした。もはやしゆう祭りと呼ぶに相応ふさわしい状態になってきた。


「わたし達は台所で食べよ」


 マユが僕の服のそでを引っ張る。僕はそれをやんわりと断った。


「ここで食べよう」

「なんで?」

「なんでって、この子達も食べるために作ったんだろ?」


 マユのくちびるさらに意見を返そうと開きかける。けれど、小さい深呼吸に切りわった。そして不満を多量に散りばめた態度と声で、「分かった」とこしを下ろした。

 マユから竹のはしを受け取る。視線でうながすと、ほうり投げるように二人にも割り箸をわたした。二人は、箸を受け取る時に目を何度もまばたかせていた。けれどそれもすうしゆん。食欲に忠実な兄妹きようだいは、目線でを問いかけ、僕のりようかいを得てから箸をフライパンへばした。


「熱いから火傷やけどしないように……」


 二人とも、話など聞くひまもなく、フライパンに顔をっ込みながらかんにソバをすすっていた。毒入りであろうと躊躇ためらわずらう姿勢である。僕がはしを入れるゆうもない。


「おいしい!」

「うん、おいしいね!」


 あんちゃんまでなおに賛辞を述べながら、キャベツのしんまでくだいてどんよくに胃腸にめ込んでいく。作り手みようきる、と大半の方はうれしがるけど、マユはつうじゃない。あからさまにいらちながら、焼きそばが二人の口へ吸い込むように消えていく様を見ている。歯ぎしりをして、うでつめを立てる。マユが今にもり散らしそうだと僕はしていたけど、そんな事態にはおちいらなかった。マユはそこまで大人しい子じゃなかった。

 マユがゆったりとした動作で箸をかかげる。そして、その次の行動に、僕は視界をぐらつかせた。

 り上げた箸のせんたんを、杏子ちゃんの頭に、振り下ろそうと、


「バカ!」


 なくとうしながら、箸をさえぎるためにとつに右手をばした。まーちゃんのカラフルな箸が手加減なく、中指の付け根辺りに突きさり、皮を突きけた。


「っつぅ……エイリアンが手の中から……って感じかな」

「……みーくん?」


 ななめに突き刺さった箸に対し、マユが首をかしげる。こう君達も、食べる手を休めずに僕の手を見ていた。ずぶといな、この子達。食欲強すぎ。

 手の平を箸がつらぬき、真っ赤に燃える僕の血潮があふれ出したころにようやく、マユが反応を見せた。


「包帯とか持ってくるから」


 軽い調子で立ち上がった。罪悪感ぜろであり、台詞せりふが軽い軽い。


「包帯は別にいいや、ばんそうこうで……」

。ばい菌とか入ったらはだがぼこぼこになるから」


 どんな状態だぼこぼこ。肉がぼこぼこになるのか肌がぼこぼこになるのかで、きようの度合いがちがいすぎるのだが。


「後、みーくん専用のご飯を作るから待ってて」


 食事に専用って付けると、何となく種族からして異なるひびきがあるので、心はおどらない。それはいいとして、僕は部屋から出ようとするマユを引き留めた。


「ご飯はいいよ、二度手間になるし」

「手間なんかかけないよ」


 それはそれで困る。