「七次元キーホルダーとか昔ながらの駄菓子屋さんで売ってるから」
「それだけの科学力を三次元でこぢんまり活かそうとする商売姿勢が理解できません」
そして宇宙人と次元は関係ありそうな単語ながら、全く接点なし。エレクトロニックとレトリックぐらい違う。
「これからこのまま家に戻るけど、今日は近所を歩いてみたりする?」
女々さんがこれからの予定を、確定した部分を話して未定の箇所を確認してくる。俺は「ん、どうしよ」とこめかみを指で搔いて、考える時間を返答の前にねじ込む。
「歩くなら、簡単に道案内とかしちゃおっかなって」
次いで、親切を微かに塗ってくる。指でなぞれば簡単に払拭できる、後腐れのない量。
「今日は荷物片付けてますから……家にいようかなって」
家の前に『叔母さんの』とつけようか迷ったけれど、結局は簡略で返した。事前に他意を含ませたわけじゃないけど、結果として親しみが増したかも知れない。
「りょうかーい。じゃ、夕飯は家で一緒に食べましょうね」
女々さんは笑顔を、身体を前に戻す直前まで引っ込めなかった。
それからタクシーは五分ぐらい、市内の内臓でも走るように道を流れていく。
「あ、ここです」女々さんの指示で、目印のないような平凡な位置でタクシーのブレーキがかかる。後部座席の左の扉が独りでに開き、俺は先に下りる。料金メーターを一瞥すると、俺が両親から与えられていた小遣いでも二回は乗車出来る金額だった。そういえば、これからの新生活は小遣いどうなるんだろう。
やっぱし、バイト? というか俺の両親は女々さんに仕送りとかしてるのだろうか。
「はい、ここが真くんの第二の家よ」
料金を支払って俺の隣に並んだ女々さんが、にこやかに情報を上書きする。親戚の叔母さん家ではなく、マイホームとして扱えと言っているのだ(図々しい)。
しかし、俺の新しい生活の拠点は見上げても、色々特筆したいのに自然と書き出せる要素が少なかった。
ふっつーなのである。写真に撮ってご町内の至るところに張り出せば『まぁ、素敵でクリアランスな豪邸』とか評価を受けずに『カルト? ねぇカルト宗教?』と不気味がられる、中堅に纏まったお家なのだ。まぁそれは表面上だけで、中は忍者屋敷みたいに回転扉とか実生活では迷惑極まりないだけのギミックに溢れてるのかも知れない。
「さ、入りましょ」「はい。……えっと、よろしくです」
家に入る前に、改めてご挨拶。息子の態度がアレだと両親の教育が疑われるからな。
「これはご丁寧に」先程、俺が発した文章内容をコピペしたみたいに、言い方だけ整えて女々さんが再利用してくる。
「こっちこそよろしく。ほんとごめんねよろしく」
早口で返事をされた。……ん? 何だか謝罪みたいなのも混じっていたような……。
ああ、こんな立派なお屋敷でごめんってこと? ちょいと自信過剰だなぁ、多分俺が。
俺の疑問解決など待たない女々さんが和風の戸を横に滑らせ、玄関に吞まれる。俺も続いた。どんな生活の匂いがするかな、と鼻をひくつかせると……と、と、と。
「ただいまー」
女々さんが靴をするすると脱ぎ、軽やかに家へ上がる。……ちょっと待って。
スリッパ履く前に、
俺の名を呼ぶ前に、
爽やか笑顔の前に、
気にかけることが、あんたの足下にあるだろう。
足下に一直線に引かれていたはずのスタートラインが、ぐにゃりと歪んだ気がした。
「真くんも一回、言ってみて」
しかし俺の強い視線を受け流し、現金払いしたくなる笑い顔で歓迎の意を示す。
世界のピントが一気にぼやけだした。
「……え、ああ、はい」と返事すつつ、目線ば右下に釘付けですばい。
田舎に住んでたのに上手く田舎言葉が喋れず、角張った訛りになる。それはどうでもいいけど、しかし……こう。玄関上がってすぐのカーペットの脇にいる、ある? のがさ、なんか。
……嫌な予感で、遠足前のようなワクワク感がもっさりし始めたのはここからだった。
写真で見ると異常に可愛い犬を直接見たら、『何だこのチンチクリンは、ノミが飛び立ちそうじゃないかキミィ』と抱き上げるのを拒否せざるを得なかったときの気分だ。
夢の新生活にどっさりと『現実』を運び込んできたもの。
俺がこれから嫌々学校へ行くときに見送り、遊び疲れた身体を引きずって帰ってくるときに出迎える愛しき我が家の玄関に、
なんかちくわみたいなのがいた。
地球上の何処にいても浮いてしまうファッションで着飾ったというか吞み込まれて。
寝転ぶことへの躊躇いを全てねじ伏せ、伸びきった足の裏。
思わず踏み潰すか蹴り飛ばしたくなる、衝動の中枢を刺激する丸まり具合。
「………………………………………」
玄関の濁り硝子越しに降り注ぐ春の日差しが、粘る汗と軽い寒気を背中に生む。
青線が額に生える感覚が、肌の上を踊った。
俺の青春ポイント、マイナスに返り咲き。