俺が口を開かないから、愛想笑い混みでもう一度探ってくる。品のある柔らかさを含んだ、少女の仕草だった。それが外見とのギャップを良い方向に作用させて、第一印象を上向きに持っていく。
「あっ、はい。ご指名の丹羽真です、どうも、いやどうも」
へこへこ頭を下げる。中途半端に謙虚さをアピールしようとして、自分のことながら腹立たしい。「暫くの間、お世話になります」慌てたように付け足した。あー、ぎくしゃく。
「いえいえ。こっちこそ、ね」叔母さんも頭を下げる。長髪が肩から滑って滝になった。
「あ、名刺とか渡しちゃおっかな」
背筋を伸ばし戻した叔母さんがハンドバッグを若干手荒に漁って、プラスチックのケースを取り出す。蓋を開け、黄金比の長方形を成立させている名刺を一枚、俺に差し出してきた。
「これはどーも、ご丁寧に」といい加減な丁寧さで受け取って、目を通す。
「藤和女々 『三十九歳』」と強引なカギ括弧で年齢表記を凹凸させていた。どうやらまだ『四十肩とはなんぞや?』という態度を貫き通したいらしい。名刺の消費期限は一年なさそうだが。
しかし……事前に聞いてはいたけど、下の名前……変わってるな。
「これ、とうわ……芸名か源氏名、通り名にリングネーム、ついでに大穴で内なる2Pキャラのこの世界で通称する為の仮名って線もありますけど」「本名なんだな、これが」
軽い調子で言葉の節々から若者っぽさの原液を滲み出させようとしているのが伝わった。それは知っているけど、読み方が『メメだったかジョジョだったか』と説明あやふやだったし。
俺の困惑を察したのか、叔母さんが自分を指差して自己紹介を補足する。
「トウワメメ。ジョジョって呼んでくれてもよくってよ」
叔母さんがウインクして皺を増やす。口走れば生命線をずたずたに切り刻まれそうなので唾を飲みこんで事態への対処に一拍置く。名刺も見直す。
名付け親の趣味全開ってことだけは伝わるな。ネットで検索してこの名前が本名として引っかかったら一笑に付すところだけど、当の本人が目の前にいるんだから口を裂いて勇気を振り絞って対話に持ち込んでまで馬鹿笑いなどしたくない。
「はー」とか感嘆の息を吐くふりしながら、名刺を財布に仕舞って移動の指示を待った。
「それじゃ、今日のところはタクシーで家に行きましょうか」
「あ、はい。贅沢ですね」当たり障りのない台詞ばかりが口を出る。追々、慣れるだろう。
女々さんのにこやか笑顔とテキパキ挙動に先導されて、道路を一つ挟んだタクシー乗り場へ向かう。その途中も、自前の髪を手の平で撫でながら女々さんが話しかけてくる。
「電車、長く乗ってたから疲れたでしょ?」
「はい。こっちの方に出てくるの、中学の修学旅行の時以来ですから」
「そっかー。真くん、今高二だっけ? おっきくなったなぁ」
「そうです。高校って叔母さんの家から近いんですか?」
「うーんと、自転車で十五分くらい。あ、叔母さんの運転でだから、真くんならもっと早いかな」
などと五分後には綺麗さっぱり忘れ去りそうな、無味に限りなく近い会話で道中を埋める。ただ印象的なのは女々さんの、親密でも疎遠でもない独特の口調だ。粘り気が若干増加されたぬるま湯とでも言おうか、居心地は悪くないのに妙に足下が不安になる。
「へーい」と乗り場で停止している緑タクシーに向かってわざわざ手を振る女々さん。不覚にもちょっと可愛いと思った。だけど俺に年上属性はないから、遠くで信号待ちしてるさっきの女子高生と彼氏を眺めてあのスカートのくねくねしたとこが堪らないなぁとか思ってなんか色々と回避したり抑えたりした。馬鹿じゃねーの、と呟くのは別に却下せずに。
タクシーの後部座席に乗り込む。女々さんは助手席の方に乗り、ごま塩頭の運転手に行き先を告げる。早口で、第三者の俺には覚えきらない。深々と座席に座りこんで、重い瞼を目で擦った。ていうか、何で叔母さんは二人なのに助手席に乗り込んだんだろう。
何故か助手席に座る女々さんは振り向いてまで俺に話しかけることはない。まぁ、話しかけられても道中の風船会話が膨らみもせずに中途半端に視界の端を行ったり来たりするだけだろうから、ありがたい。
両親に地元の大学へ行けって高校入学早々に言われてたから、成人するまで半ば諦めてた生活様式を棚からぼた餅に手に入れて、女々さんに感謝はしているけどさ。
俺はこの都会へ疑似独り暮らしを求めているのだ。青春ポイントの培養、もとい増加に適した環境だからな。この二年での目標として、貯金15ぐらいは狙いたい。
高層ビルの並ぶ駅前から外れた道を十分ぐらい進んで、適度に人家が増えた土地に入る。それでも緑が少なく、金属の目立つ風景なことに多少驚いたり。
都会の匂いは、金物臭そうだ。土臭い地元よりは色々期待できそう。
などと格好つけてほくそ笑んでいたら、ルームミラー越しに女々さんと目が合う。
若干、気恥ずかしい。
そして、道路の頭上にある地名の掲げられた看板を通過した瞬間、女々さんがくるっと愛嬌たっぷりに振り向いて、
「ようこそ、宇宙人の見守る町へ」
「……はい?」
にこやかに、逆敬遠したくなる歓迎をされた。
ほんわか放射線状にひび割れた発言が一部混ざっていたと鼓膜は脳へ伝達する。
しかしタクシーの運ちゃんの走行過程に一寸の乱れもないことから、俺の聞き間違いの可能性も否めない。ここは、素直に啞然としておいた。
「あれ、ちょっと引いた?」女々さんが作り笑いを浮かべ、目を丸くする。
「突拍子のなさに好反応することが出来なかっただけです」
「ここ、UFOの目撃情報とか多いのよ。フロリダ州的っていうの?」女々さんの釈明。
「はぁ」あ、そういうことと納得はしつつも、ひょっとしてこの人はエイリアン信望者かな、と疑念渦巻く。MMR直撃世代かも知れない。
そして宇宙に俺の青春はない。右肩上がりの予定のポイントが、先端を萎れさせかけている。