電波女と青春男

一章『宇宙人の都会』 ②

 俺が宿しゆくするさんたくひとらしで、だんさんも子供もいないらしい。しかもはたらいてる(まぁ当たり前だ)。それはつまるところ、俺には条件付き独り暮らしがやくそくされているということに他ならない。それはひとことで言うなら『そんなたんじゆんに表現できるかよ』とっぱね青春はんこうまっただ中な高二男子ののどから手となけなしのづかいと安っぽいプライドをこそぎさくしゆするしようかんきようだった。けんぜんな青少年のいくせいという大人の願いはかなえられない、捻くれ物のしんりゆうが俺に気まぐれにかたしているとしか思えない。

 ちやちやウキウキしていた。こくもつを食い荒らすさるより新生活にがっつこうとしている。

 田舎いなかものだからってかいっ子のとうげきりんれていじめられるんじゃね? とかきよういだくこともまつたくない、いわばぜんで春のキャンプ場を走り回ってる感覚。

 ぜつちようぜつこう調ちようだった。



 荷物を重力で苛めたりかえさせてみたりくつぷくさせてみたり(ようやくすると、かなりなことをして)の四日間が過ぎ、いよいよ都会へ引っ越す日がやってきた。

 二日前の、教室のだんじように登っての別れのあいさつは、流石さすがに少し湿しめびた。田舎の学校は、小学校、中学校、そして高等学校と教室内メンバーをそこまでへんこうせずに進学するのが普通だから、一年の付き合いだったとはいえ、顔みのいは深い。

 多少は教室をしんみりさせ、それなりにまんぞくのいくべつふうけいくうは作れただろう。

 俺との別れにこうしゆうめんぜんちゆうちよなくなみだする女子がいたらきゆうきよ段ボール箱にめてゆうそうするつもりだったが、しかし特にゆうかいはんなどになることもなく今日、十五年近く過ごした土地と、電車の力を借りてサヨナラをたした。流石にえきまで見送りに来るシンユーとかはいなかった。

 両親も、一週間ぐらい前にソコトラ島だかソ連だか知らないけど行って日本を離れていたし。

 ただ、この別離とへのこうようかんだけで、青春ポイントのマイナスをふつしよくしてゼロに引き戻してくれたのではないだろうか。始まりに相応ふさわしい、心の水平線をわたせる気分だ。

 高校入学式の気分を、二回も味わえるのはめずらしいだろうしな。

 二時間半ぐらい、電車のせきに乗って揺られた。ちゆうの一時間ぐらいは眠っていたみたいで、目覚めるとがら空きだった席のたいはんが客で、まどの外からのぞけるしきの田んぼが人家や工場にりよううばわれていた。

 耳にはめ込んでいたイヤホン(えいを使ってはいるが、この文は鼻から鼻血が出たみたいなものな気がする)から流れる音楽も、ランダムせんきよくが一通り終了しておんになっていた。

 ポケットから取り出したipodをそうして、今度は気に入った一曲だけれ流し続ける。もっとも、ぼけているか右の耳にしか聞こえちゃいなかったけど。

 しやめん芝生しばふえた花で文字をえがき、社名と地球に対するエコ活動を呼びかけている会社やさん、ついでに海を通りすのを、寝ぼけまなこで見続ける内に目的地のえきめいが車内放送に取り上げられた。

 けいたい電話を取り出して、『もうすぐ着きます』ととうろくあたらしいさんのメールアドレスにそうしんする。電車が速度をゆるめるより前に、返信が来た。『今、会いに行きます』

「………………………………………」マジなのかじようだんなのか、メールって受け取り方がムズカシイネ。ゆうこうてきであるとぜんしよを下して、電話をった。

 たいはんの荷物は先に叔母さんたくへ送ったから、手荷物は底がしなびて持ち手がからびた、水洗便べんじよれいな水みたいなにおいがするかばん一つだった。

 いつの間にかとなりすわっていたはつのオバサンに足を引っ込めてもらったのでしやくしつつ、せきから通路へと出る。俺が車両のとびらへ向かおうとする動きにられてか、通路に立っていた乗客の方々もいつせいに駅へ下りるじゆんを始める。カッペきわまりない俺はそのかいじんの横をすり抜けるたびいちべつをくれてみるけど、都会マークとかシールとかで田舎いなかとのべつはかっているようもなく、きんぞくアクセサリーチャラチャラのオシャレさんもいなかった。

 都会的なにおいもまだぎ分けられない。こうようかんが少しえた。

 電車が大都会のホームにすべり込む。俺の地元だった駅の六倍は、ホームに並ぶ人があふれかえっている。じやつかんしゆくいてる音楽をピアノ曲から男性ボーカルの金切り声にへんこうして、いさましい足取りのために足踏みで事前準備をおこなう。電車の自動扉が開いて、俺をせんとうにして転がるようにホームへとなかどもの行列がりゆうしゆつし始めた。

 エスカレーターじゃなくてかいだんせんたくし、かいさつへと上がっていく。そのちゆうかすかなこう

 叔母さん。これからどうきよにんとなる。どんな人だろう。実はめんしきなし。しんるいひようするゆいいつじようほうげんと言える両親からは『大供だな。大人と子供のり物』と聞かされていた。だから携帯電話に登録する名前は『カマボコ叔母さん』と決定したわけだが、それが何をどう全体ぞうに結びついていくんだろう。せいぜい、ヤクルトおばさんをれんそうしておしまいだ。

 きつを通すときに若干もたつきながらも、改札をつうする。そして、左中右のさんかたへ生まれる人間川のだくりゆうまれないようにかべぎわへ逃げてから、きょろきょろたんさく開始。

 隣でかれとのち合わせをしているとおぼしきちやぱつ女子高生よりもこつに首を振って、待ち人をさがす。二十七年前に撮影したという兄妹そろってのしやしんを父に持たされたが、これにたよって叔母さん探しをしていたら俺はうらしまろうになってしまう。なるならももろうの方がいい。


まことくん?」


 俺の名前が、さぐりを入れる調ちようながらも呼ばれる。頭の中に、ようしようのエジソンばりにちゆうからのせいちゆうけいセンターけい)を送るリトルピープルがいると信じてしんちゆうで名乗っておくが、俺の名前は真だ。たんばではない、にわだ。そして『しん』じゃなく『まこと』。

 右に首をかたむけ、声のぬしたしかめる。三十代っていんしようの、せいっぽい女性が俺の目をのぞき込んでいた。目と目だけで通じ合えるあいだがらでもないんだから、もう少しちようしてしい。

 つい、目をらして顔をうつむかせ、口がふさがってしまう。とつに返事できない。


まことくん、だよね?」