年下の女性教官に今日も叱っていただけた2

第1話 美少女たちに一緒に遭難していただけた④

 その後、シエラさんとフィオナさんも落とし穴から出してもらえたのだが、3人には足枷が着けられた上、どこかへ連れていかれた。

 一方俺は、エヴァンジェシカさんに先導され、別の方向に連行された。麻痺は少しだけ回復したものの、まだ歩くのがやっとだ。

 ふらふらになりながら付いていくと、森の入口にたどり着いた。そこでは合計8人の男性が一心不乱に斧を振り、木を伐採していた。

 彼らは全員、ボロボロの茶色い衣服を身に纏っている。


「見なさい。この島の男は全員、女性の言いなり。危険な仕事や汚い仕事は、すべて男の役目なのよ」

 エヴァンジェシカさんは得意げに男たちを指差した。

「危険な仕事……。でも、さっきの落とし穴にオオカミが落ちたと誤解して、女性が様子を見に来ましたよね?」

「あの落とし穴はオオカミ用じゃないわ。本当は、労働に耐えられなくなった男が脱走した時に捕獲するためのものよ。だから女性だけで向かったってわけ」

「あっ、そうだったんですか。でも、こんな素晴らしい島から脱走するヤツがいるんですか……?」

「このシステムの素晴らしさを理解できない愚か者もいるのよ。でも海岸にはたくさん罠が仕掛けてあって、その場所は女性しか知らないの。だから脱走者はすぐに捕まって、再教育を受けることになるのよ」


「教育を受けると改心するんですか?」

「もちろんよ。ただ、心を入れ替えた彼らは、贖罪として一層危険な仕事を請け負うから、亡くなることも多いわね」

「よくわからないですけど、色々あるんですね……」

「さぁ、石コロも教育されたくなかったら、今すぐ働きなさい。どこかに予備の斧があったはずよ」

 エヴァンジェシカさんは俺の両手を縛っていた縄をほどいた後、そう命令してきた。

 だが俺は、両手首をさすりながら進言する。


「あの、大変申し訳ないのですが、先ほど飲まされた麻痺薬のせいで、まともに動けないんですが……」

「ああ、そういえば麻痺薬を飲ませたんだったわね。すっかり忘れていたわ」

 エヴァンジェシカさんは事もなげに言って、別の場所に向かい始めた。


         S         S         S


 苦労しながら付いていくと、人口20人の島にあるとは思えないほど豪華な建物が、視界に入ってきた。

「ここは女性専用の家よ。男どもに造らせたの」

 呆気にとられている俺に、エヴァンジェシカさんが説明してくれた。

「そこに正座して待っていなさい」

 言われた通り地べたに正座していると、エヴァンジェシカさんが建物の中に入り、水筒を持って出てきた。


「解毒薬よ。それを飲んでしばらく待てば復活するわ」

「……これも麻痺薬だったりしないですよね?」

「今の石コロに麻痺薬を追加してどうするのよ。少しは考えてものを言いなさい」

「すみません、少しは疑えと言われたので……」

「もし次ワタシのすることに疑問を抱いたら、不敬罪で罰するわよ」

「気を付けます……」

 理不尽な話だが、俺は素直に水筒の中に入っている液体を飲んだ。


 そのまま正座で体の回復を待っていると、どこかで『カーン、カーン、カーン』と大きな鐘が3回鳴った。

 間もなく、さっき伐採していた男たちがこっちに歩いてきた。昼休憩の時間だろうか。

 男たちは俺の近くの地面に正座し、自分の前に1枚ずつ大きな陶器のお皿を置いた。

 しかし、その中には何も入っていない。


 すると建物の中から女性たちが姿を現した。彼女たちは残飯と思しき米や芋や豆を持っており、男たちの皿に投げ入れていく。


 男たちは残飯をもらうと頭を垂れ、両手を合わせながら口々につぶやく。

「ありがとうございます……」

「ありがとうございます……」

 なるほど。だいぶ調教されているようだ。


「――あっ! レオンっちじゃん!」

 突然、弾けるような明るい声が周囲に響いた。

 嬉しくなって向き直ると、そこにはリリアさんとフィオナさんが立っていた。2人とも水着鎧を着たままなのだが、右足首に足枷を着けられていた。

 足枷は鉄製のようで、1メートルほどの長さの鎖の先に、握り拳3つ分くらいの鉄球がくっ付いている。そのせいで少し動きづらそうだが、俺のように麻痺薬の類は飲まされていないようだ。


 しかし、なぜかシエラさんの姿がない。

「あの、シエラさんはどうしたんですか?」

「あー……。いいんちょはね、牢屋に入れられちゃった」

「牢屋……!?」

 まさか、罰を受けるようなことをしたのか?

 3人の中で一番、人畜無害っぽいのに……。


「レオンっちと引き離されてからずっと『私の赤ちゃんに会わせて!!』って暴れてて、うるさいからって牢屋に……」

「ああ……」

 妙に納得してしまった。

 連行されるシエラさんが目に浮かぶようだ……。


「本来、女性を牢屋に入れるようなことはしたくないのよ。でも、『赤ちゃんに会わせろ』という意味不明な要求を続けたから、やむを得なかったの。だって、赤ちゃんなんてどこにもいないんだから」

 エヴァンジェシカさんは苦々しげに言った。

 心中お察しします……。

「てかさレオンっち、この島のこと聞いた? 島中が女性優先とか、面白すぎじゃね?」

「そうですね。独特な文化だと思います」

 そして素晴らしい文化だと思う。たくさんの女性に命令されまくる操り人形として、残りの人生を謳歌したい。


「ちなみに、この島はずっと前から女尊男卑なんですか?」

 俺が質問すると、エヴァンジェシカさんは嬉しそうに答える。

「女尊男卑の文化は、前の島主が生み出したものよ。それを一人娘であるワタシが加速させたの。女性は命がけで子どもを産むんだから、当然の権利よね」

「あ、女尊男卑とはいえ、子どもを産んでもらうことはできるんですね」

「当たり前じゃない。島を維持するのに必要なことよ」

「究極の女尊男卑とおっしゃっていたので、恋愛もできないものかと」

「もちろん、男に恋愛する権利は与えていないわ。女性から告白されたら、どんな理由があろうと応じなければならないのよ。あと、男側から求愛した場合は、問答無用で処罰されることになっているわ」

「すごく女尊男卑……!!」


「はいはーい! ちょっと質問! 超絶モテる男がいて、複数の女性に求められた場合、どうすんの?」

 フィオナさんから寄せられた疑問に、エヴァンジェシカさんは腕組みしながら答える。

「その場合は、女性全員の求めに応じてもらうわ」

「一夫多妻ってこと?」

「そうよ。女性が持つ権利として、どの男性とでも自由に子作りしていいことになっているから」

「でもそれだと、遺伝子が偏るのでは?」

 得意げに語ったエヴァンジェシカさんに、リリアさんが容赦ない声音で指摘した。


「この島の人口は、現在20人だけと聞きました。仮に女性が10人いて、1人の男だけと子どもをもうけた場合、次の世代ではかなりの高確率で、腹違いの子ども同士が結婚することになりますよね? 近親交配によって産まれた子どもは、病気になりやすいなどの問題が出てくるという話を聞いたことがあります」

「……リリア、この島のしきたりに文句があるのかしら?」

「わたしはシステムの問題点を指摘しただけです。遺伝的多様性が失われると、様々な問題が起きるのは事実ですから」

「くっ……」


 エヴァンジェシカさんは憎々しげにリリアさんを睨みつけた。

 そんな中、フィオナさんは臆せず疑問を投げかける。

「ちなみにさ、これまで島民が一夫多妻になったことってあったの?」

「まだありませんが、女性側が希望すれば、一夫多妻も一妻多夫も認めています」

「そっかー。ウチは1人と添い遂げたいタイプだから、独占できないのはけっこう困るかも」


 フィオナさんは俺の顔をチラチラ見ながら、照れ笑いを浮かべた。

 それに対し、リリアさんがツッコミを入れる。

「なんで永住することを考えているんですか。こんな島、さっさと出て行きますよ」

「はぁっ?」

 エヴァンジェシカさんが苛立たしげに聞き返した。

「リリア、何を言っているの? アナタたちはすでにワタシの家族なのよ。逃げることは許さないわ」

「寝言は寝て言ってください。わたしたちは家族になった記憶などありません」


「ふ~ん……そう」

 エヴァンジェシカさんは決意したような表情になり、周囲の女性たちに告げる。

「リリアを牢屋に連行しなさい」

 リリアさんは身構えたが、弓や槍を持った女性たちに囲まれ、抵抗しないことに決めたようだ。大人しく牢屋に連れていかれる。

 牢屋2人目……。


「リリアせんせーって、嘘がつけないっていうか、こういう交渉っぽいこと苦手だよね」

 フィオナさんがつぶやき、妙に納得してしまった。

 思い返せば、俺を勇者訓練校に勧誘した時も、この上なく直球だったな……。

「――たしか、フィオナって言ったわよね? アナタはどうするの?」

 リリアさんが連れていかれた後、エヴァンジェシカさんがそう質問してきた。

「島の掟に従う? それとも、教育されたい?」

「んー。勉強嫌いだし、ウチは従うよ。なんか面白そうだし」

「そこの石コロと同じで、賢いわね」

「え? 石コロ?」

「俺の新しい名前です」

「あはは! ウケる! 石コロって何!」

「わからないですけど、取るに足らない、役立たずな存在ってことですかね?」

「よく自分のことをそこまで何事もないように卑下できるわね……。さっきも靴を舐めろと言われてすぐに対応できたし、逸材だわ」

 エヴァンジェシカさんがそうつぶやいた瞬間、どよめきが起きた。


「靴越しとはいえ、エヴァンジェシカ様の御御足を……!?」

「なんと恐れ多いことを……!!」

「どんな味がするんだろ……」

 やはりこの島に住む男たちは、価値観がおかしい。


「ちなみに石コロ。リリアにはこれまで、具体的にどんなことをされていたのかしら?」

 エヴァンジェシカさんに質問されたので、勇者訓練校での生活を思い返す。

「色々ですね。首輪を着けられて散歩させられたり、裸で木に縛り付けられたり」

 これまでに受けた罰を伝えると、またどよめきが起きた。


「女性に首輪を……!?」

「その発想はなかった……!!」

「なんて羨ましいんだ……!!」

 なんか、この島の男たちとはすぐに仲良くなれる気がする。


「なるほどね。でも、リリアの命令を聞くのは今日までよ。この島に上陸した瞬間から、石コロはワタシの奴隷なんだから」

 エヴァンジェシカさんに鋭い目つきで射竦められ、俺は身震いした。


「そうね……。まずは自己紹介がてら、何か面白いことをして、みんなを楽しませなさい」

「面白いこととは、具体的に何ですか?」

「自分で考えるのよ。さぁ、今すぐやりなさい」

 そう命じられた刹那、俺は四つん這いになり、叫び声を上げた。

「ブヒブヒ、ブヒブヒ〜!」

 その瞬間、周囲が静まり返った。

 フィオナさんを始め、その場にいる女性全員がゴミを見るような視線を向けてくる。


「……石コロ、それは何?」

「……ブタのモノマネです」

「それのどこが面白いの?」

「……すみません」

「謝らなくていいから、面白いと思った理由を述べなさい」


「その……前にフィオナさんに見せて面白くないことはわかっていたんですが、他に何も思いつかなくて……」

「つまり、意図的に無価値な余興を披露して、ワタシたちの時間を無駄にさせたということなのかしら?」

「悪気はなかったんですが、結果的にそうなりますね……」

「許せないわ。お仕置きしないとね」

「ちょっと待って!」

 フィオナさんがエヴァンジェシカさんの前に立ち塞がった。


「レオンっちに悪気はないんだよ! ただ絶望的にセンスがないのと、思いついたことをそのまま実行しちゃうってだけ!」

 本人はフォローしているつもりなのだとは思うのだが、けっこうボロクソに言われた。

「ウチもこの前、一緒に登山した時にお風呂覗かれたし! レオンっちは自分の欲望を我慢できないの!」

 あの時のことは反省しているが、具体的なエピソードを話さないでいただきたかった。


「あと、大人のお店に行こうとしたこともあったよね! お金を払って女性にサービスさせようとするなんて、最低だよ!」

「いやいや、何の話ですか!?」

 たしかに、フィオナさんと男女の関係になる時に備え、作法を学びに行きたいと思ったことはあった。でも実行していないのに、なんでバレてるんだ!?


 などと慌てる俺の横で、エヴァンジェシカさんの顔がみるみる赤くなっていく。

「なんと汚らわしい……!! 牢屋にぶち込んでやるわ!!」

 こうしてよくわからない罪によって、俺まで投獄されてしまうことになったのだった。