年下の女性教官に今日も叱っていただけた2

第1話 美少女たちに一緒に遭難していただけた③

 その後、小型の魔物には何度か襲われたものの、何とか無事に陸地にたどり着けた。

「はぁ……はぁ……。やっと着いた~……」

 フィオナさんがヘロヘロの声で言った。


「リリアせんせー、ここってウチらが目指してた島なの?」

「わかりません。別の島かもしれませんし、目的の島とどこかで繋がっているのかもしれません。この付近の正確な地図はありませんし、情報もほとんど入ってきませんからね。ただ、おそらく無人島だと思われます」

 リリアさんは少し疲れたように答えた。遠泳と海中戦闘を強いられ、かなり疲弊しているようだ。

 ここは俺がしっかりしないと……!


「今後の方針を決めましょう。まずやることとしては拠点の設定、周囲の地形の把握、食料の確保ってところですよね? 全部俺1人でできるので、リリアさんたちはここで休んでいてください」

「頼もしすぎる作業の振り分けですが、レオンさんだけに任せるわけにはいきません」

「気にしないでください。俺1人で動いた方が、機動力が高いですし」

「でも、モン娘と遭遇したら終わりじゃないですか」

「たしかに……!」

 自分の致命的な弱点を失念していた。

 未開の島で単独行動するなんて、自殺行為である。


「幸いまだ昼すぎですし、時間に余裕はあります。スピード重視ではなく、全員の生存率が一番高くなる行動を心がけましょう」

 こうして俺たち4人は一緒に島を搜索することになった。

「ところでリリアさん。今後の方針として、俺たちはスライムさんが降り立った島を目指すんですか? それとも学校に戻るんですか?」

「これから得られる情報によりますね。この島が生存に適していて、なおかつスライムのモン娘が降り立った島と地続きであれば、討伐作戦は続行します。とはいえ、基本的には学校に戻ることを考えましょう」

「了解です」


 そんな会話をしながら砂地を歩いていると、突然、踏み出した右足が糸のようなものに触れた。

 細い糸はどこかへ続いているようで、少し遠くで『チリン』という鈴の音が鳴った。

 反射的に立ち止まった直後、俺を追い越して進んでいった3人の足下が、突如として崩れ落ちた。

 俺は咄嗟に飛び退いたが、自分が助かることで精一杯だった。リリアさんたち3人はそのまま落下してしまったのだ。

 目の前に突如として出現した穴を覗き込む。5メートル以上の深さがある大掛かりなものだった。


 底にいる3人に向かって手を伸ばしてみるが、まったく届きそうにない。

 穴を掘っただけのシンプルな構造だが、周囲は砂の壁で、下手に動くと壁が崩れて生き埋めになる危険がある。誰がこんな落とし穴は誰が作ったのだろうか? もしやこの島には、高い知性を持った魔物がいる……?


「すみません、皆さんを守れませんでした」

「いえ、落ちるのを回避できただけで上出来です」

 3人を見下ろしながら謝ると、リリアさんが叫ぶように言った。

「自力での脱出にはリスクがありそうです。ロープを作ってきてもらえませんか?」

「了解です!」


 俺はロープの素材になる植物を求め、遠くに見える森を目指そうとした。

 だがそこで、オオカミに似た魔物がこっちに近づいてきた。

 かなり大型のが、4体もいる。

 俺は抜刀し、身構える。


 もしこいつらが、3人がいる穴に落ちたら大変だ。絶対に近づけさせるわけにはいかない。俺はここから離れた方がいいのか、それとも――

 などと逡巡している刹那、突然矢のようなものが何本も飛んできた。

 山なりの軌道を描いて飛んできた矢は、次々にオオカミたちの体に突き刺さる。見事な弓術だ。

 しかし、すべて胴体に命中しており、致命傷にはならないように見えた。


 矢が飛んできた方向を見ると、小高い丘の上に、弓を構えた女性が4人立っていた。街ではあまり見かけない珍しい服に身を包んでいる。もしかすると、この島の古くからの民族衣装なのかもしれない。

 などと考察していると、オオカミたちが方向転換し、女性たちに突進していった。


「危ない!」

 だが、女性たちは誰一人身動ぎしなかった。

 不思議に思っていると、オオカミたちは急減速し、数秒後にはバタバタと横倒しになっていった。

 おそらくさっきの矢に、睡眠薬か麻痺薬が塗ってあったのだろう。

 女性たちは弓を下ろし、こちらに歩み寄ってきた。全員まだ若くて、俺より年下かもしれない。


「――まさか人がいるなんて、驚いたわ」

 4人の中で一番派手な格好をした赤髪の女性が、にこやかに話しかけてきた。

「舟が難破して、この島に流れ着いたのかしら?」

 俺は頷き、事情を説明した。新種のスライムを追って出航したが、クラーケンに襲われたこと。何とか上陸できたが、3人が落とし穴に落ちたことを。


「ごめんなさいね。そこの穴はオオカミ捕獲用に、ワタシたちが掘ったものなのよ」

 赤髪の女性は謝罪した後、他の女性たちの方に向き直った。

「倉庫から梯子を持ってきなさい」

「ハッ」

 女性たちは駆け出していった。今のやり取りから推察するに、赤髪の女性とそれ以外の人は上下関係にあるのかもしれない。


「ワタシは島主のエヴァンジェシカ。16歳よ」

「あっ、俺はレオンです。18歳です」

「レオンさん、歓迎するわ。これからよろしくお願いね」

 エヴァンジェシカさんは恭しく頭を下げ、革製の水筒を差し出してきた。


「お水よ。良かったら飲んで」

「えっ、いいんですか?」

「もちろんよ。この島にいる以上、ワタシたちは協力し合っていく仲間。家族みたいなものだからね」

「家族……」


 出会って1分ほどで家族認定されてしまった。

 さすがに家族は言い過ぎだと思うが、現地人と友好を結べるのは良いことだ。乗っかっておこう。

「ありがとな、妹」

「いいのよ、お兄ちゃん」

 意外とノリが良かった。

 シエラさんに続き、美人な家族が増えてしまった。ちょっと前まで天涯孤独だったのが嘘のようだ。


「じゃあ、遠慮なくいただきます」

 ちょうど喉が渇いていたので、喜んで水筒を受け取った。手触りから、動物の胃袋を加工して作ったものだと思われる。

 指で圧迫し、中に入っている水を口に含んだ。少し変な味がするが、水筒の臭いが移ったのだろう。気にせず嚥下する。


「ちなみに、この島には何人くらい島民がいるんですか?」

「全部で20人よ」

「少ないですね。みんなエヴァンジェシカさんより年下なんですか?」

「いいえ、ほとんどが年上よ。ただ、先代の島主だった母が昨年亡くなって、ワタシが引き継ぐことになったの」

「なるほど」


 16歳で島主ということに違和感を覚えていたが、世襲制だったのか。

 などと考え、水筒を返そうとした直後、手足が痺れ、上手く動かなくなった。

 すぐに立っていられなくなり、仰向けに倒れ込む。

 するとエヴァンジェシカさんは俺を楽しげに見下ろしてきた。


「――お兄ちゃん、不用心よ。水筒にさっきのオオカミに使った麻痺薬を入れるくらい、予測しないと」

 どんな妹だよ。

「何が目的なんですか……俺のことを歓迎するような嘘をついて……」

「歓迎しているのは本当よ。この島の人間にはもう飽きてしまったから、新しい奴隷がほしかったの」

 エヴァンジェシカさんはそう話しながら、蔓でできたようなロープを取り出し、俺の両手を縛っていく。


「新しい奴隷……」

「そう。新品が入荷して嬉しいわ」

 まるで人間を物扱いする言動である。正直ゾクゾクした。

「もしや、さっきの女性たちは奴隷なんですか?」

「いいえ、彼女たちは忠実な従者よ。奴隷というのは、この島に住む男どものこと。ワタシの島主としての方針は、究極の女尊男卑だからね」

「聞いたことがないタイプの方針ですね……」

 すごい指導者である。早くこの島の住民になりたい。


 エヴァンジェシカさんは俺の両手首をキツく縛り上げた後、腰に差している刀に目を付け、取り上げた。

「いい刀ね。これからはワタシが使ってあげるわ」

「待ってください。それは俺の命より大切な愛刀なんです」

「黙りなさい。奴隷はワタシの所有物。持ち物も含めてワタシが支配できるに決まっているでしょ」

「――仰せのままに」

 と、体に染みついた負け犬根性が発揮され、思わず従ってしまった。

 仕方ない。命より大切な愛刀だが、諦めて献上することにしよう。こんな美少女に使ってもらえるなら、刀も本望だろうし……。


 そこで、さっきの女性たちが梯子を持って戻ってきた。

 エヴァンジェシカさんは落とし穴に近づき、リリアさんたちに呼びかける。

「今からアナタたちを外に出してあげる。ただし、梯子を下ろしてほしかったら、武器を投げてよこしなさい」


 数十秒後、穴の中から剣が投げ上げられた。全部で3本あったので、話し合って大人しく従うことにしたのだろう。

 その後、約束通り梯子が下ろされ、最初にリリアさんが出てきた。

 リリアさんは仰向けに組み敷かれた俺を見て、表情を曇らせた。


「レオンさん、これはどういうことですか?」

「すみません、捕まっちゃいました」

「やれやれですね。落とし穴から逃れたことを褒めて損しました」

 リリアさんは嘆息した後、エヴァンジェシカさんを睨んだ。

 一方、エヴァンジェシカさんはニヤニヤ笑いを浮かべながら抜刀し、切っ先を俺の首筋に当てる。


「こいつの命が惜しかったら、大人しくしなさい」

 しかし、リリアさんは毛ほども動じない。

「そんなヤツ、別にどうなってもいいです」

「……あら、そう? いつまでその澄まし顔が続くか、見物ね」

 エヴァンジェシカさんは勝ち誇るように言い、俺のことを見下ろした。

「ところでアナタ、名前は?」

「えっ? さっきも言いましたが……レオンです」

「レオン? 違うでしょう?」

 エヴァンジェシカさんはドスの利いた声を出し、右足で俺の顔面を踏み付けてきた。


「アナタは流れ着いた瞬間、この島の最下層の奴隷になったの。もはやそれ以上でもそれ以下でもない存在よ。昔の名前なんか忘れなさい」

「も、申し訳ありません……」

「アナタの名前は今日から『石コロ』よ。わかった?」

「承知いたしました」

「よろしい。さぁ、その弛緩した舌でワタシの靴を舐めなさい」

 エヴァンジェシカさんは右足を少しだけ持ち上げた後、ブーツの先端を俺の唇に押し当ててきた。


 俺はゾクゾクしながら、その硬いブーツに舌を這わせる。手入れで使っていると思しき動物の脂の味がした。

 舐め進めていくと、靴裏に付着していた砂が口に入ってきたが、気にせず舐め続ける。

「アハハハハ! 従順でいい子ね!」

 エヴァンジェシカさんは高笑いしながら、リリアさんを流し目で見る。


「どう? 助けてあげたいって気持ちになったかしら?」

「いえ、ぜんぜん」

 リリアさんは眉一つ動かさずに続ける。

「その程度のこと、石コロにとって日常茶飯事ですから」

「日常茶飯事なの!? あと石コロって改名を受け入れるの早くない!?」

「何を言っているんですかリリアさん。さすがに俺も、女性の靴を舐めるのは生まれて初めてですって。男の靴は何度も舐めましたけど」

「ええっ!? なんで男の靴を……!?」


 エヴァンジェシカさんが驚愕して聞き返してきた。

 勇者訓練校に転入する前に所属していた組織で、任務失敗した時に受ける罰の1つだったのだが、説明が面倒だな……。

「そういう環境で育ったんです」

「親の教育方針が……!?」

 エヴァンジェシカさんは戦慄し、靴を引っ込めてしまった。


「あの、まだ舐め終わってないんですが」

「舐め終わるなんて概念はないわよ! 普通は舌が触れた時点で終わりなの!」

 エヴァンジェシカさんは絶叫し、肩で息をしている。

 一方、なぜかリリアさんは得意げに笑う。


「ふふっ。石コロの気色悪さは、常軌を逸しているんです。関わるのはやめておいた方が、身のためですよ」

「クッ……!」

 エヴァンジェシカさんは苦々しげに俺を見下ろす。

 圧倒的優位に立っている女性が、俺のせいで悔しそうにする……。なんかこういうシチュエーション、前にもあったな……。

「バカにしないでちょうだい。ワタシはこの島で男を何人も奴隷にしてるのよ。すでに調教されていて驚いただけ。ご主人様が代わったことを体に教え込んであげるわ」


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