年下の女性教官に今日も叱っていただけた2

第6話 女性教官を裏切らせていただいた⑤

 両耳を押さえながら南の海岸に行くと、そこには無傷の舟が繋留していた。

 差し向けた男たちは全員、地面に這い蹲っている。

 さすがリリアさん。舟を守りながら撃退したらしい。

 リリアさんは俺を見つけると、化け物のような形相で睨んできた。俺が裏切ったことで相当ご立腹のようだ。


「――まったく。石コロ以外の男は使い物にならないわね」

 エヴァンジェシカ様は男たちを見下ろし、吐き捨てるように言った。耳を塞いでいても、ある程度は聞こえるのだ。

 とはいえ、ここでいきなり大声を出すわけにはいかない。実はちょっと聞こえていることは、リリアさんにバレないようにしなければ。

 などと考えている俺の横で、エヴァンジェシカ様が話し出す。


「それにしても、リリアがここまで強いとは思わなかったわ。脱出計画を実行するキッカケを作るためにやったことだけど、足枷は外さない方が良かったわね」

「今さら後悔しても遅いです。レオンさんは返してもらいます」

 そう言いつつ、リリアさんはエヴァンジェシカ様に飛びかかっていった。

 しかし、迫りくるリリアさんの右腕を、エヴァンジェシカ様は手早く往なす。


「リリア、石コロが寝返って、相当に悔しいんでしょう?」

「いえ、何とも思っていません」

「嘘ね。石コロに執着しているのが証拠よ」

「わたしは自分の持ち物を取り返そうとしているだけです。――とはいえ、レオンさんはわたしの操り人形であって、意思を持つ権利はありません。そのことを教え込まなければならないとは思っています」


「ふふっ、素敵な考え方ね。もしリリアがこの島に生まれていたら、ワタシたちは親友になれたかもしれないわね」

「この島に生まれたとしても、わたしはすぐに出ていこうとしたと思います」

「それはこの島が退屈だから?」

「いいえ。ただ、エヴァンジェシカさんの考え方はつまらないと思っています」

「――何ですって?」


「男たちが使えないなんて文句を言っていましたが、それはこんな狭い島に引きこもっているせいでしょう? 島の外にはもっと有能な男がたくさんいますよ?」

「くっ――!!」


 エヴァンジェシカ様は痛いところを突かれたと思ったのか、微かに怯んだ。

 リリアさんはその隙を見逃さず、腹部に拳を打ち込む。

 エヴァンジェシカ様は小さく呻き、その場に蹲った。


「――人の操り人形をほしがるくらいなら、この島を飛び出して、自分の足で理想の奴隷を探しなさい」

 この言葉で、エヴァンジェシカさんは闘志を完全に奪われたようだ。がっくりと肩を落とし、その場から動かない。

 リリアさんは勝利を確信したらしく、顔を上げ、俺を睨んだ。


 エヴァンジェシカさんが敗れたということは当然、俺への折檻が始まるわけで……。

 早くも覚悟を決めた俺との距離を、リリアさんは目にも留まらぬスピードで詰めた。

 そして俺の両手を耳から引き剥がし、

「『動くな』」

 この一言で、俺は一切の抵抗を封じられた。


「……さて。レオンさんへの怒りが大きすぎて、どんな罰を与えればいいか想像すらつかないんですが」

「それなら、お咎めなしというのはどうでしょうか?」

「とりあえず、正座させて巨大な岩を抱かせ、ムチで百叩きにしようとは思っています」

「すでに具体的な計画があるじゃないですか……」

 岩を載せられるという極限状態でリリアさんに叩かれまくるところを想像し、思わずゾクゾクしながら言った。


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 その後、俺たちはいったん集落に戻ってきた。

「こそこそ出ていく必要がなくなったので、海で遭遇する魔物への対策を万全にしましょう」

「そもそもなんですけど、俺たちってスライムさんを倒しに来たんですよね? このまま帰っていいんですか?」

「たしかにそうですね。それも含めて検討しましょう」

「この島にもう少し長居するってことですか?」

「はい。仮に舟を壊されても、レオンさんがまた造ればいいだけですから」

 リリアさんと2人でそんなことを話していると、別行動していたシエラさんとフィオナさんが合流した。


「リリアせんせー、レオンっちの温泉の記憶、消してくれた?」

 フィオナさんが開口一番に確認し、リリアさんは首を横に振る。

「まだです」

「えっ!? なんで!?」

「このタイミングで記憶を消すと、説明がややこしくなりそうだからです」

「一刻も早く消して! あとさっきレオンっちを捕まえようとしておっぱい見せちゃったから、その記憶も消して!」

「勝手に消去する記憶を増やさないでください。……まったく、仕方ないですね……」


 リリアさんは嘆息し、俺の方に向き直った。

 やはり混浴の記憶は消されてしまうのかと、身構える。

「『今日わたしたちと混浴したことと、フィオナさんの胸を見たことを忘れなさい』」


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 気がつくと俺は、野外で仰向けに倒れていた。周囲は暗く、上空には皓々と輝く月が出ている。

 近くにはリリアさんとシエラさんとフィオナさんとエヴァンジェシカ様が座っていて、なぜか4人とも俺に注目している。


「……あれっ? 俺、夕食を食べた後、何してたっけ……?」

 たしか、昼にエヴァンジェシカ様から脱出計画についてリリアさんから聞き出すように言われて、夜になったら実行しようと考えていたはずだが……。


「レオンさん。これからこの島を脱出する方法について話し合います」

「――えっ!? 出て行くんですか!? ていうか、それ、エヴァンジェシカ様の前で言っていいんですか……!?」

「その辺の問題はすべて解決済みです。鬱陶しいので記憶を失う度にいちいち驚かないでください」

「ええっ……」


 難しい苦情を言われた。

 ていうか俺、本当に記憶を消去されていたのか……。

「レオンさんが寝ている間に、この島を拠点にしてスライムのモン娘討伐を目指すことが決まりました」

「あ、そうなんですね」

「そのためには大きく2つの障害があります。1つは海に魔物が生息していること。普通に航海したのでは、前回のように舟を破壊される危険があります。

 もう1つはスライムのモン娘が空を飛ぶことです。わざわざ地上に降りてくるとも思えませんし、刀や剣では討伐するのは難しいでしょう。

 ですがこの島には、その両方の問題を解決する武器があります」

「弓矢ですね」


「はい。矢に麻痺薬を塗れば、海の魔物にも、スライムのモン娘にも効果はあると思われます。ただ、わたしもシエラさんもフィオナさんも、弓矢をほとんど扱ったことがありません。レオンさんはどうですか?」

「俺もないですね」

「そうでしょうね。弓矢は習得に時間がかかる武器です。一朝一夕の訓練で、空を飛ぶ魔物を撃ち落とせるとは思えません。そこで、島の女性たちに力を貸してもらうことにしました」

「まさか!? エヴァンジェシカ様が納得したんですか!?」

「そんなに驚くことじないでしょう? この島の近くに脅威があるなら、排除しておいた方がいいんだから」

 得意げに笑うエヴァンジェシカ様。俺はこの島に上陸してすぐに目撃した、彼女たちの見事な弓術を思い出した。


「心強いです。よろしくお願いします」

「ただ、レオンさんが造った舟は4人乗りで、大きさが足りません。というわけで、今からもう1艘造ってください」

「いや、そんな簡単に言われても、そもそも1艘造った記憶がないんですが」

「『舟を造った時のことを思い出せ』」

「――ああああっ! 思い出しました!」


「ではお願いします」

「ちょ、ちょっと待ってくださいリリアさん! 俺の記憶って、命令しただけで消したり蘇らせたりできるんですか!?」

「そうですよ。一体どんな頭の構造をしているんですか」

「そんな俺が変みたいな言い方をされても……。いや、俺が変なのか……?」

「それで、舟はどのくらいで造れますか?」

「前にも一度造ってコツはわかっているので、1日あればできると思います」

「わかりました。では明日1日で舟を造り、明後日の朝に出発することにしましょう」

 こうして、俺が知らないうちにリリアさんとエヴァンジェシカ様が手を組み、スライムさん討伐に向かうことになったのだった。

 インターミッション リリアの決断


 まさかレオンさんがわたしを裏切るなんて、まったく予想していなかった。

 レオンさんは命令すれば思い通りに動く。だから安心していたけれど、目を離している隙にあんなことになるなんて。

 こんなの、操り人形失格だ。


 とはいえ、レオンさんがエヴァンジェシカさんと共に向かってこなかったのが不幸中の幸いだった。もし島のどこかで耳栓を入手していて、2人を相手にすることになっていたら、舟を守り切るのは難しかっただろう。

 ――いや、違うな。わたしはレオンさんに裏切られたことが、自分でも意外なくらいショックだったのだ。


 先ほどエヴァンジェシカさんに「石コロが寝返って、相当に悔しいんでしょう?」と聞かれた際、何でもない風を装っていたが、実際は大いに動揺していた。

 怒り、不安、焦燥。様々な感情が胸中で渦巻き、制御しきれなかった。

 もしもレオンさんが寝返った上、わたしに牙を剥いていたとしたら、しばらく立ち直れなかったかもしれない。


 たぶんわたしは、レオンさんを自分だけが独占できると信じていたのだと思う。

 レオンさんはわたしが見つけた、わたしだけの奴隷だ。赤ちゃんとか彼ピ(仮)とか言われているが、彼を真に支配できるのは自分だけだという自信があった。


 でも、それは勘違いだった。レオンさんは他の美少女に簡単に懐柔されてしまう。なんて軽薄な男なのか。

 いや、レオンさんのチョロさは、ずっと前から知っていたんだけど。

 とにかく、今後はこれまで以上に厳しく躾けなければならない。二度とわたしに刃向かう気が起きないくらい、徹底的にだ。