男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅳ ゆえに椎葉弥太郎は偽物の青春を記し賜う ⑤
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――そこまで読んで、咲良はノートをビリビリに破り捨てた。
放課後。
いつもの科学室。
その紙片を丸めて、思いっきり、力一杯、ありったけの憎しみを込めて、ゴミ箱の中に叩きつける。
そして弥太郎へと吠えた。
「だから、私をモデルにすんな!!」
「えー、いいじゃん。これまでで一番、エンタメっぽいだろ? 正直、自信作なんだけど」
弥太郎は、悪びれずにヘラヘラ笑った。 これは、言っても無駄なやつである。
「初めてあんたに才能を感じたわ。厚顔無恥こそ勇者の証ね」
「マジか。それヤバいな」
「喜んでんじゃないわよ……」
咲良は鈍い頭痛を感じる。
最近、鎮痛剤を手放せない自分に嫌気が差していた。
「ていうか、なんで私が自分から冤罪を受け入れてんのよ。アホすぎでしょ。聖女かなんかの生まれ変わりだとでも思ってんの? どんだけ美化してんのよ」
「リアルじゃなくて、リアリティを読ませろって言ったのは咲良だろ?」
「うぐ……っ!」
初めて一本取って、弥太郎はカラカラと笑った。
「まさか咲良が『あの場でみんな論破して叩きのめして悪の女帝に君臨する』とか読者が読みたいと思うか?」
「…………」
確かにその通りである。
そんなリアルを読まされたところで、読者はぽかんとしてしまうだけであった。
咲良は諦めた。
鞄を肩にかけて、大きなため息をつく。
「あんた。私みたいなのとつるんでると、本当に学校に居場所なくなるわよ」
「へえ。一応、悪いことしたって自覚はあるんだな」
「少なくとも、学校という空間では私は悪者なんでしょ」
科学室を出ようとすると、弥太郎も鞄を持ってついてくる。
この小さい部屋の外でも一緒にいるのが、もはや普通になりつつあった。
これでは、まるで友だちである。
笹木の言っていた戯言を、断じて現実にはしたくない咲良であった。
「もう小説の相手はいいでしょ。さっさと元カノたちに謝って、仲間に戻してもらいなさい」
「やだ」
「なんでよ……」
弥太郎は、にっと笑った。
「みんなの前で言ったろ? 俺は咲良といるほうが楽しいよ」
「……っ」
そんな不意打ちに、つい顔をそむけてしまう。
「咲良。今回の小説は何点だ?」
「100点」
「マジか!?」
無邪気に喜ぶ弥太郎に、咲良は冷たく返した。
「1兆点満点で」
「長期連載バトル漫画ばりのインフレなんだが……」
「あんな安っすい喜劇でキュンとしちゃう女とか、この世にいないわ。あんた、やっぱり恋心、理解できないタイプよ」
「なるほど……」
咲良の冗談に、なぜか弥太郎は深く考え込んだ。
てっきり軽く返してくると思ったのに……と、咲良はつい慌てて言った。
「いや、そんな真剣にならな……」
と、言いかけたとき。
「じゃあ、脚本の次は、咲良が俺に恋心を教えてくれ」
まっすぐ咲良を見つめ、弥太郎は言った。
その輝かんばかりの瞳を、それほど不快に感じなくなったのはいつからだろう。
(……こんなことを真面目な顔で言うのは、この世にこいつくらいのものでしょうね)
あまりに馬鹿馬鹿しくて、咲良はつい笑った。
「そんな面倒なこと、するわけないでしょ。ばーか」
なぜなら、これは恋の物語ではない。
ちょっとした若気の至りと、青春と呼ぶには未熟な日々の小話なのだから。



