男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅳ ゆえに椎葉弥太郎は偽物の青春を記し賜う ④
何かしたのだろうか、と咲良は記憶を掘り返してみる。
が、心当たりがあり過ぎて逆にわからなかった。
「何か用?」
その態度が、すっとぼけているように映ったらしい。
女子生徒はさらに苛立った様子で、スマホを見せてきた。
それは先ほど、向こうで盛り上がっていた女子のものである。
「これ、どういうこと?」
「…………」
咲良は無言であった。
しかし心の中で「うわあっ……」と項垂れていた。
咲良と弥太郎が、放課後に科学室から出てくるところであった。
パパラッチ的な言い方をすれば密会現場。
さっき連中が騒いでた原因がわかり、咲良はため息をついた。
昨日の人の視線……どうやら気のせいではなかったようだ。
そのときの弥太郎との会話も思い出す。
期せずして、予言通りとなってしまったようだ。
「狂犬。これ、どういうこと?」
「…………」
そう言われても、という言葉をぐっと飲み込んだ。
(状況を整理しましょう……)
間違いなくこの女子生徒は、弥太郎の浮気を疑っている。
しかも相手が咲良だというのが、さらに気に喰わないという感じであろう。
自分のグループの身内ですら、先日のような大騒動になったのだ。
今回、咲良に濡れ衣がかかれば、どれほどのことになるか火を見るよりも明らかであった。
「何とか言えよ!」
と、そんな咲良が黙っていたのが気に食わなかったのか。
その女子は突然、咲良の机の脚を蹴った。
(痛……っ!)
ガクンとバランスが崩れて、咲良は顎を机に強かに打ち付ける。
(なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ……)
咲良にとっての疫病神は……まだ来てない。
どうやらこの女子は、弥太郎がいないうちに咲良を悪者にしておきたいようであった。
「てか、変だと思ったのよ。最近、弥太郎に色目使ってたじゃん。この前だって、あることないこと吹き込んで、あたしらの関係引き裂こうとしてたよね?」
その言葉に、咲良は眉根を寄せる。
(浮気はともかく、なんで私が誘ってる前提なのよ……)
咲良としては、とんでもない小説のモデルにされて辟易してるほどであるが……。
ちらと視線を動かせば、もう一人の一軍女子がニヤニヤしながら見ていた。
この写真を撮ったのはその女子生徒のようである。
どうやら、先日の浮気発覚騒動の意趣返しも籠っているらしい。
(あのクソ陽キャ、こんな性格悪いやつらとよくつるんでられるわね……)
友だち選びの趣味にケチつけるほど偉くはないが。
それでも何となくだが、この一軍女子の気持ちのようなものもわかるような気がした。
(こいつらも必死なのかしら)
自分たちが作り上げてきた心地よい空間が奪われないように。
不思議と先日の演劇部での集まりが、咲良の脳裏を過る。
それまではただ意味不明すぎて不快であった相手が、どうも違う感覚で見えていた。
(威嚇する野良猫……は可愛すぎるわね……)
それは先日までの咲良にはなかった感覚である。
この場を収める方法を考えた。
普段ならば一も二もなく相手の短慮を嘲るのだが、それでも今回はいったん考える。
(もとはと言えばあいつのせいなんだし、全部ぶちまけてやろうかしら……)
それが一番、効率がいい。
例の脚本ノートなら、一冊だけ机に入っている。
というか友人に隠し事なんかしてるから、こんなことになるのだ。
『――俺はつまんなくて失礼なやつだ。でも、本気でやりたいって思ってる』
そのとき、ふと弥太郎の顔が思い浮かぶ。
青春。
難儀なものだ。
自分の憧れと、これまで必死に作り上げてきた教室内での立場という天秤。
どちらも諦めたくない……というのは間違いなく我儘だろうが。
それでも、そんな気持ちこそが青春の特権なのだろうか。
……少なくとも、それは咲良にはない情熱であった。
(どちらにせよ、この場でアレコレ主張しても意味ないわね)
所詮は狂犬。
普段の素行の賜物である。
たとえ潔白を主張したところで、教室内で聞いてくれる者はいない。
こういうところが、おひとりさまは本当に損である。
……まあ、いいのだ。
自分の学校生活、どうなろうと所詮は誰も困らない。
そう判断を下すと、咲良は開き直ることにした。
「そうね。私があいつを誘――」
と、そのとき。
「――なんだ、それ?」
咲良に覆いかぶさるような影ができた。
振り返ると、弥太郎がスマホを覗き込んでいる。
「俺と咲良の写真か……誰が撮ったわけ?」
ようやく登校してきた当人は、状況を把握できていない。
スマホの写真を確認して、教室を見回している。
「あっ! 弥太郎!」
これまで咲良のこと非難していた女子が、まるで別人みたいな笑顔ですり寄っていく。
「ねえ、これどういうこと? 弥太郎がこの狂犬と一緒にいるとか嘘だよね? なんか脅されてんじゃないの? あたしに相談してよ~」
「…………」
甘ったるい猫なで声に、弥太郎は小さなため息をつく。
「俺が咲良に頼み事してたんだ。おまえらが思ってるような関係じゃねーよ」
「嘘じゃん。狂犬に何の用があるの?」
弥太郎は言い渋っている。
当人同士にしかない秘密があると言っているようなものであった。
その恋人の態度に、女子は顔を真っ赤にして声を荒らげる。
「てか、咲良って何なの! なんでこいつのこと名前呼びしてんの!?」
一転、キャンキャンと犬みたいに吠えまくる。
ヒステリーじみた言動に、いよいよ収拾のつかない様子であった。
咲良はため息をついて、弥太郎と目を合わせる。
(いいから、私を悪者にしときなさい)
その意図は伝わったのか。
弥太郎は少しだけ、躊躇いがちに俯く。
そんなとき。
「弥太郎はこっち側じゃん! そんなつまんない陰キャ女といると、馬鹿が伝染るよ!」
――ぴく、と弥太郎が目を見開く。
「そうだよな……」
まるで悪い夢から覚めた、とでも言うような。
そんな清々しい表情で、ゆったりと歩き出した。
その動作に、咲良の瞳はほんの少しだけ名残惜しさを滲ませながら。
(これで元通り……)
咲良は厄介な一人もの扱いになって、弥太郎は陽キャたちの中心人物へ。
そもそもここ一か月が、イレギュラーだっただけである。
――ただ少しだけ、この一か月のことに楽しさを感じてはいたが。
「……?」
クラスが、ざわめいた。
弥太郎が、カノジョを通り過ぎて咲良の肩を叩いたのだ。
「俺、やっぱりこっち側になるわ」
そして友だちだった連中を見据えて、はっきりと宣言する。
「俺は、おまえらより咲良といるほうが楽しいよ」
(――……っ!)
咲良が目を見開く。
弥太郎が見つめ返す。
(きっと誰も、私のようなやつを好きになることはないって思ってた)
でも、弥太郎は違った。
あんなに冷たくあしらわれて、嫌なことを言われて――それでもなお、咲良を選ぶという。
(そんなに見つめないで……)
その熱が、咲良に伝染(うつ)ってしまう。
思わず赤く染まった頬を隠すように視線を逸らした。
(この胸を焦がすような気持ちに、名前を付けるとしたら――……)



