君のガチ恋距離にいてもいいよね? ~クラスの人気アイドルと気ままな息抜きはじめました~

プロローグ

「春といえば、なにを思い浮かべる?」


 とある休日の昼下がり。

 緑が多くなった桜の木を眺めながら、目を奪われるほどの美少女が尋ねてくる。

 煌びやかな長い髪と、精緻な人形のように整った顔立ち。白いパーカーにショートパンツを合わせたラフな恰好の少女は、黒いキャップ帽を深く被っているにもかかわらず、常人離れしたルックスなのが一目でわかるほどに美しかった。

 問われた少年・瀬崎灯也は、少しばかり考えてから答える。


「桜、かな。無難だけど」

「へー、瀬崎くんらしいね」


 少女はハスキーな声で淡々と言いながら、こちらを見つめてふっと微笑む。

 春の木漏れ日のせいか、その笑顔がやけに眩しく感じられて、灯也は視線を逸らしていた。


「つまらない答えで悪かったな」

「えー? 一周回って褒めているのかもよ」

「意味深な言葉でごまかしてるし……。だいたい、そっちはどうなんだ?」

「どうって?」

「春といえば、って話だよ」


 そう問い返すと、少女は桜の木に手を伸ばしてみせた。


「んー、そうだなー……花粉症、とか?」

「つまんな」

「うわ、ひど」


 少女から脇腹を小突かれて、灯也はこそばゆい感覚に苦笑した。

 ――ブーッ、と。そこでポケットに入れていた灯也のスマホが振動する。

 確認すると、SNSの通知だった。


『――女神すぎる美少女アイドル・姫野雫の新曲MVが本日公開!』


 その情報を目にしたことで、灯也は小さなため息をつく。


「どうかしたの?」

「いや、世間は狭いと思ってさ」

「なにそれ。――ていうか、お腹空いた。どっか食べに行かない?」

「まさに花より団子だな」

「あー、春といえば団子だよね、やっぱり」

「結局そこに戻るのか」


 気の抜けたゆるい会話をしながらも、灯也が世間の狭さにため息をつくのは無理もない。

 何せ、今隣にいる友好的な少女。

 彼女こそが、女神すぎる美少女と呼ばれる国民的アイドルだからだ――。