君のガチ恋距離にいてもいいよね? ~クラスの人気アイドルと気ままな息抜きはじめました~

エピローグ

 大型連休が明けた。

 前日にクラス会があったからか、どことなく教室の雰囲気は活気づいている。

 それに今日も今日とて、人気アイドル・姫野雫が大輪の笑顔を咲かせているのも、活気づけに一役買っていた。


「雫ちゃん、新曲の告知見たよー! ぜったい買うね!」

「あたしなんて、告知動画に即高評価つけちゃったもん!」

「てかさー、夜に動画をアップするなら、クラス会のときに言ってくれたらよかったのにー。雫ちゃんってばプロ意識高すぎー」


 などなど、朝から雫は大勢に囲まれて話題の中心である。

 実は昨夜、アイドルグループ《プリンシア》の新曲を告知する動画がアップされたのだ。

 しかも、今月に発売する予定の新曲とは別物のようで、続く新曲ラッシュにSNSは大盛り上がりをしている最中である。


「やっぱすげえよな、姫野さんの人気は」

「そうだなー」


 ぼんやりと興味なさげに答える灯也に対し、修一はスマホの画面を差し出してくる。


「ほら、これ見てみ?」

「ん?」


 画面には、昨夜アップされた《プリンシア》の告知動画が流れていて、


『これからの季節にぴったりの明るい曲なので、みなさんぜひチェックしてくださーい♪』


 画面に映る姫野雫が、眩しいくらいの笑顔でそう告げていた。


「新曲は夏がテーマになるってことか」

「そうだぜ! もしかすると【わたバケ】のMVにはなかった水着の解禁があるかもな!」

「水着ねぇ……」


 気にならないといえば嘘になるが、ここでがっつくのも違う気がして、灯也は言葉を濁す。


「なんだよ、灯也は見たくねえのかよ」

「そうは言ってないだろ。それよりお前は彼女持ちなのにいいのかよ。ちゃんと彼女の水着だけを大事にしてやれって」

「うっせえ! いいんだよ! オレはあくまで芸術的な目線で姫野雫サマのご尊顔を拝んでるんだからよぉ! そこに下心は一切な――いてぇっ!?」


 そこで修一の肩を引っ叩いたのは、苛立ちぎみの夏希だった。


「邪な目で姫野さんを見るなっつの。あんたらの予想通りになんかなるわけないでしょうが」

「げ、ガチオタかよ」

「よお、金井。この前は悪かったな」


 灯也がさらっと謝ると、夏希はため息交じりに頷いてみせる。


「全然いいわよ。なんだかすっきりした顔をしてるし」

「そうか?」

「いつも通りのアホ面じゃね?」

「修一にだけは言われたくないぞ」

「まったくね」

「ひでぇ!」


 このメンツで騒がしいやりとりをしていると、本当に学校が始まったのだという実感が生まれた気がした。


 昼休み。

 灯也が自販機で何を買おうか悩んでいると、


「なに飲むの?」


 背後から声をかけられて、振り返るとやはり雫が立っていた。


「なんだ、しず――姫野か。俺は只今迷い中だよ」

「じゃ、ホワイトウォーターにしようよ。ほら私、キャンペーンガールをやってるから」


 アイドル状態の雫は明るい声色で言うと、そのままホワイトウォーターのボタンを押してしまった。


「まだ答えてないだろ、勝手に押すなよな」

「ごめーん。――私はミルクティーにしよっと」

「そこはホワイトウォーターじゃないのかよ」


 灯也たち以外の姿は見えないが、雫の口調はアイドル状態のままである。

 そのせいか妙に物足りない気がして、灯也は思い切って素の話し方で頼もうかと思ったのだが、


「――あれ? あんまり甘くないや」


 雫が飲んでいるのは、ビルの屋上で飲んだものと同じ製品だ。

 だからか、雫は不思議そうに小首を傾げている。


「それなら、場所とか気温のせいじゃないか? 味覚的に熱いと甘く感じるって言うし、寒暖差が関係しているのかもしれないぞ」

「へ~。――確かにあそこ、寒かったもんね?」


 いたずらっぽく微笑んでみせる雫。

 アイドル状態の姫野雫であろうと、『二人にしか通じない話題』が成り立つことを実感したからか、灯也の身体は火照り始めていた。


「……ご、ごほんっ。そろそろ戻らなくていいのか?」

「うん、戻ろ~っ」


 灯也的には別々に教室へ戻るつもりだったのだが、上機嫌な雫の一言によって一緒に戻ることになった。

 皆に憧れられる美少女の後ろを歩きながらも、灯也はようやく鼓動を落ち着かせていく。


「そういえば、瀬崎くんは今日もバイト?」

「ん、ああ。放課後に直行する予定だ」

「そっか。がんばってね♪」


 愛らしい笑顔とともに、雫がエールを送ってくる。

 傍から見れば、それは可愛いアイドルの優しい施しに見えていたことだろう。

 だが、灯也からすれば『今日はお店に寄るからよろしくー』と一方的に言われているようなものだった。


 その夜。灯也がバイト先のカラオケ店で受付業務をしていると、午後八時を過ぎた辺りで、キャップ帽と半袖のパーカーに伊達眼鏡をかけたオシャレな美少女が来店してくる。

 大型連休明けの平日だからか、店内のロビーには灯也しかいない状況だった。


「ご来店ありがとうございます。こちらの用紙にご記入ください」

「はい」


 やや低音で、ハスキーぎみの声が耳に心地いい。


「ドリンクはいかがなさいますか?」

「ホワイトウォーターで」

「かしこまりました。それではお部屋番号、二〇五号室へどうぞ」


 プレートを手渡したところで、雫がちらと視線を向けてくる。


「新曲のMVで、灯也も水着が解禁されるかもって期待してる?」


 いきなり直球の問いを投げかけられて、灯也は驚きつつも答える。


「どっちでも。気にならないといえば嘘になるし、正直見てみたい気はするけどな」

「ふーん。ま、アイドルなら解禁して当然だしね」

「嫌なのか?」

「全然。水着を見られても恥ずかしくない身体に仕上げているつもりだしね」

「へぇ」

「なにその反応。つまんない」

「さっき見たいって言っただろ。姫野が嫌じゃないなら、俺は――」

「雫」

「……雫が嫌じゃないなら、俺は水着だって楽しみにさせてもらうけど」


 灯也が照れぎみに答えると、雫はフッと微笑んでみせる。


「そ。じゃあ、楽しみにしといて」


 雫は満足そうに言って歩き出したかと思えば、ふと立ち止まって振り返る。


「あー、それと」

「ん?」

「今日は覗いちゃダメだからね、灯也」

「…………」


 雫は淡々と告げてから、すたすたと個室に向けて歩いていく。

 その背を見送りながら、灯也は思った。

 気ままな女神さんの考えることは、やっぱりよくわからないな――と。