君のガチ恋距離にいてもいいよね? ~クラスの人気アイドルと気ままな息抜きはじめました~
第十二話 ふたりで見る景色
大型連休の最終日。
この日は予定されていた通り、夕方からクラス会が開催された。
まずは貸し切りにしたフレンチ風のカフェレストランで、バイキング形式の立食パーティーが行われる。二次会はカラオケの予定らしいが、灯也は参加しないつもりだ。
今日の灯也はいつものジャケットスタイルに、ひと味加えてある。
というのも、インナーにはこの前買った変な笑顔のプリントTシャツを着ていた。
クラスメイトたちは久々に会う姫野雫を前にして、大興奮の様子だ。
雫の活躍ぶりは連休中もSNSの公式アカで報告されており、ライブ告知用の動画なんかも投稿されていたので、情報には事欠かなかったわけで。皆一様に雫へと話題を振っていた。
だがそこで、
「あれ? 雫ちゃんが着てるTシャツと、瀬崎くんが着てるのって同じやつじゃない?」
取り巻きの女子が発した一言によって、空気が凍りつく。
しーん、と。一瞬だけ場が静まったのち、皆の視線が雫と灯也の服装を行き来する。
雫が着用しているのはパステルカラーのカーディガンに件のTシャツ、そこにフレアスカートを合わせたガーリーな私服で、可愛らしさと親近感を共存させたコーデだ。
けれど、しれっとコーディネートに含まれた異色のTシャツは、今やその存在感を堂々と主張していた。カラーリング自体は灯也がグレーで雫はホワイトなので違うものの、やはりペアルックと受け取られてもおかしくない代物である。
別に流行り物とかではなく、そもそもあの古着屋に在庫僅少で置かれていた物だ。被ること自体がレアなはずだし、どう言い逃れをするべきかは悩みどころだった。
悩む灯也をよそに、雫は笑顔で近づいてきて、
「わぁ、ほんとだ! 瀬崎くん、お揃いだねっ。それってやっぱりあのお店で買ったの?」
「え、ああ、安かったし」
「これってあそこのオリジナル商品らしいよ~。可愛いよねっ」
「お、おう」
ごく自然に雫が切り出したことで、周囲は偶然被っただけだと納得したようだ。
やはりアイドル・姫野雫の臨機応変なコミュ力は侮れない。その点について、素の状態とは大きく異なるように思えた。
「でもよー、そのTシャツって灯也の趣味じゃないよな」
周囲が再び雫を取り囲む中、端で黙々と食事を再開する灯也のもとへ、修一が小皿いっぱいに肉料理を盛ったまま近づいてきて言う。
彼の言うことはもっともで、普段の灯也は私服にこういったオシャレ上級者が取り入れるような冒険はしない主義だ。
だが、今ここでそれを言われるのは心苦しい状況。大声でないことだけが救いである。
「修一は鋭いのか、のほほんとしているのか、時々わからなくなることがあるよな」
「オレはいつだって鋭敏だぜ?」
「はいはい。いいから大声は出さないでくれよ」
「あれだろ? お前がどうせ、SNSかなんかにアップされていた姫野さんの私服を後追いした感じなんだろ」
「どうしてそうなる」
「姫野雫といえば、同世代女子のファッションリーダーみたいな存在だしなあ。大方、ここを真似すればハズレはないと思ったんだろ? 灯也って服屋のマネキンコーデをそのまま一式買うようなところがあるもんな」
一概に否定はできないのが悔しいところだが、予想はズレた方向へと進んでくれたらしい。
「もう、そういうことでいいよ」
「可愛げのあることをするじゃねえか。その結果、クラス会でみんなに注目してもらえたわけだし、狙いは見事的中したわけだな」
「ほんとに、妄想力だけは豊かだよな」
「うっせえ。こちとらそれだけで生きてきたようなものだっての」
「ははは」
「ちぇっ、やけに余裕があるのが腹立つなぁ。――でもまあ、復活したみたいでよかったぜ。この前とか上の空だったし、金井もお前のことを心配していたからな」
「そんなこともあったな……」
ゴールデンウィーク中の登校日、自分から夏希を帰りのゲーセンに誘ったくせに、あの対応は悪いことをしたなと、今さらになって思い出す。
静かに頭を抱える灯也を見て、修一が呆れぎみに言う。
「ちゃんとフォローしておけよ~。お前はアイドルに現を抜かすより、現実の女子との交流をもっと大事にするべきなんだからよ」
「姫野だって現実の女子だろ」
「へ?」
つい意地になって、言わなくてもいいことを言ったかもしれない。
灯也はすぐにごまかすべく、言葉を続ける。
「いや、修一ってたまに難しい単語を使うよなと思って。どうせ半分ぐらいは意味がわかってないんだろ?」
「さすがは灯也、オレのことをよくわかっていらっしゃる」
「べつに褒めてないからな」
級友の謎に誇らしい顔を眺めながら、灯也はバツが悪そうにする。
先ほど灯也がごまかしたのは、雫との関係が勘付かれることを危惧したからだ。
ふと視線を外した際、遠くで談笑する雫の横顔が視界に映った。
(にしても、どうして姫野はこんな公の場にあのTシャツを着てきたんだ……?)
割とリスキーな選択だし、灯也と被っていなかったとしても、メディア上で着ているような私服とも雰囲気が異なるわけで。
リスクがあっても着てきたのは、灯也も同じなわけだが。
その根底には、周囲と比べて雫との関係が深いことを主張したい――という、浅ましい考えが自分にあったのかもしれないと思った。
完全にアイドルモードの雫は、今日もその笑顔を振りまきながら周りを明るくする。
遠目に彼女を眺めながら、灯也はなんとも言えない引っかかりを覚えていた。
一次会は二時間ほどで終了した。
店を出たところでひとまず解散となり、希望したメンバーだけで二次会のカラオケ会場に移動することになる。
灯也はカラオケがとくべつ好きというわけでもないし、修一とともにフェードアウトしようと思ったのだが、
「おーい、お二人さんはもう帰っちゃうの?」
そのとき、明るく声をかけてきたのは雫だった。
きょとんとした顔なのに愛嬌を感じさせ、かつわざとらしくなく、誰がどう見ても可愛いとしか言いようのない仕草である。
これが計算づくなのだとしたら、やはりアイドル・姫野雫はとんでもない存在だ。
隣でドギマギして固まる修一を見かねて、灯也が一歩前に出て答える。
「ああ、俺たちは特別仲の良いやつもいないしな」
「クラス会って、普段は話さない人とも仲良くなるためのイベントだと思うけどな?」
「えっと……」
手強い。やはりアイドルモードの雫は一筋縄ではいかないらしい。
内心でどう思っているのかは知らないが、灯也たちに残ってもらいたいのはたしかなようだ。
アイドルとしての姫野雫は、のほほんとしているようで的確だ。それでいて、ただの『事実』を機械的にではなく、あたかも『感情』があるかのように語ってみせるのが上手い。
これでは意見を否定しづらいだけでなく、肯定しないとこちらが間違っている気分になる。
ゆえに口ごもる灯也に対し、雫は畳みかけるように続ける。
「それに私も、Tシャツ同盟がいなくなるのはちょっと寂しいかも」
いつの間にか、変な同盟メンバーに加えられていたらしい。
この流れで感情の話を持ち出されると、もう退路を断たれたのも同然の状況だ。
それでも半ば意地になって渋る灯也をよそに、ようやく硬直が解けた修一が前に出る。
「はい! オレっち残るっす!」
「わーい、人数が多い方が楽しいもんねっ」
「その通りっす! ――もちろん、灯也も行くだろ?」
現金なやつだ。美少女に誘われた途端、俄然やる気になっている。
ここまできて抵抗するほど野暮でもないので、灯也は仕方なく頷いてみせた。
それから総勢二十名ほどで向かったのは、灯也のバイト先のカラオケ店だった。
パーティールームを二部屋借りたまではよかったが、その盛り上がりは予想以上に凄まじいものとなる。
今回の雫はVIP扱いということで、歌わずに聞き専でいるらしい。
だが、同じ個室で雫が見ているというだけで、クラスの連中はボルテージを最高潮にして歌いまくるし、とにかく踊りまくる。
それは修一も例外ではなく、《プリンシア》の曲――【君だけのプリンセス】を入れると、灯也とともにデュエットをすると言い出した。
「は? 普通に嫌なんだが」
「いいから歌おうぜ! オレがリードしてやるからさ!」
「聞きたーい」
VIPの雫までもが乗り気で言うものだから、再び退路を塞がれたようなものだ。
観念した灯也は重い腰を上げて、修一とともにマイクを構える。
そうして束の間のデュエット(男二人)が始まり――
――パチパチパチパチッ!
「すごーい!」
一曲終わったのち、雫が大きな歓声と拍手を送ってきた。
その笑顔は本当に嬉しそうで、灯也はつい照れくささを覚えてしまう。
というのも、ここ数日の間に灯也は《プリンシア》のMVをひと通り見て、ある程度は歌えるようになったのだ。大型連休中ということで、動画サイトにフルバージョンが公開されていたのが有り難かった。
修一と二人で披露したデュエットはお世辞にも上手いとは言えなかったが、個室内の盛り上がりに一役買ったのは間違いない。
その後も負けじとクラスメイトたちが歌い続けて、時間はあっという間に過ぎていった。
クラス会は午後九時過ぎに終了し、駅前で解散となった。
灯也も帰路に就こうとしたところで、スマホが振動する。
確認すると、先ほど別れたはずの雫から『店の前に来てくれる?』とメッセが届いていて。
あんなところに私服の雫が一人で立っていたら目立つと思い、灯也は急いで向かう。
店の前に到着すると、伊達眼鏡にマスクを装着済みの雫が待っていた。
灯也が近づいていくなり、雫は手を振ってくる。
「よっ。さっきぶり」
「悪い、待たせたか」
「ううん。これからちょっと付き合ってほしいんだけど、時間は平気?」
低いトーンの声色からして、すでに雫は素の状態になっているらしい。打ち上げ中とは別人のようである。
「俺はいいけど、今から歌うのか?」
「カラオケじゃなくて――あ、ちょうどいいところに」
雫は手を上げ、タクシーを呼び止める。
「乗ろ。私が払うから」
「普通に割り勘でいいけど、どこまで行くつもりなんだ?」
「内緒。着いてからのお楽しみ」
「なんだそりゃ」
灯也は呆れながらも、雫とともに車内に乗り込む。
雫がビル名らしき行き先を告げると、タクシーは発進した。
「ふぅ」
ようやく気が抜けるとばかりに雫がため息をつく。
「クラス会、結構疲れたな」
灯也が言うと、雫はこくりと頷いた。
「やっぱりああいう集まりとか、私は苦手だなって思ったよ」
「だから俺を二次会に誘ったのか?」
「それもあるけど、今日で連休は最後でしょ? どうせ二次会の後に誘うつもりだったし、それならクラス会の間はいてもらった方が好都合だと思ってさ」
「なるほどな」
方向的に、タクシーが都心部に向かっているのはわかる。
未だに目的地の見当は付かないが、雫は何が目的なのだろうか。
「ていうか、Tシャツが被るとはね。焦ったよ」
「俺もびっくりだ。そっちの対応力に救われたな」
「灯也ってばガチガチになってたし、私がなんとかしなきゃーって思ったから」
「悪かったよ、ありがとな」
「いーえ」
窓から見える景色が高層ビル群ばかりに変わってきた辺りで、雫の表情が険しくなる。
「マネージャー――柏井さんっていうんだけど、その人に灯也のことを聞かれてさ」
「ああ」
「『私に男の子の友達がいたらダメですかー?』って言ってやった」
「それはさぞマネージャーさんも困っただろうな」
「ふふ。うん、困ってた」
「ここで笑うとか、ほんとに性悪だな」
「全然認めてくれた感じじゃなかったけど、必殺の笑顔で勝敗はドローにしといたよ」
「ドローかよ」
「これでも頑張った方だって。今すぐ褒めてほしいくらい」
「偉い偉い」
「テキトーすぎ~。――ていうか、打ち上げの話に戻るんだけどさ、灯也が《プリンシア》の曲をあんなに歌えるなんてびっくりしたんだけど」
雫は軽い調子で小突いてくるが、その表情はどこか嬉しそうである。本人的には、よほど意外なことだったらしい。
「最近フル尺のMVを見まくっていたんだ。元々バイト先のロビーで曲が流れていたのもあって、覚えようと思ったらなんとかなったよ」
「え、もしかして全曲いける?」
「六割ぐらいは」
「すご。もうファンじゃん」
「ファンではねえよ」
「頑なだなー」
言葉の割に、雫は嬉々として微笑んでいる。
それが灯也は嬉しいやら恥ずかしいやらで、視線を窓の外へと向けた。
大型連休の最終日だからか、混雑した道を走ること三十分ほど。
ようやく目的のビルに到着したらしく、二人はタクシーを降りた。
「ここって……」
灯也は眼前にそびえ立つ、巨大なオフィスビルを見上げる。
圧倒されるほどの規模感に、灯也は感嘆しつつも周囲を見回した。
案内表にはいくつもの企業名が連なっており、そのうちの一つに、雫が所属する芸能事務所『涼風プロダクション』の社名を見つけた。
つまりここは、雫の所属事務所が本拠地とする場所ということだ。
先ほどマネージャーに関する不穏な話も出ていたし、灯也は自然と身構える。
「ほら、ついてきて」
「ああ……」
雫に先導されるまま、正面口から中に入る。
そこは広々としたエントランスホールになっており、雫の指示通りに受付で署名をすると、来客用のゲストカードを手渡された。
それを首からぶら下げて、雫とともにエレベーターホールへ向かう。
エレベーターに乗り込むと、雫は『涼風プロダクション』がテナントに入っている八階――ではなく、最上階のボタンを押した。
未だに雫の目的はわからない。エレベーター内は自分たち以外に誰もいないというのに、雫は壁に寄りかかって目を瞑った状態で、質問されること自体を避けているようだった。
――キンコーン。エレベーターが最上階に着いた。降りた先のエレベーターホールは狭めの印象で、端の方に自動販売機が二台置いてあるだけだった。
ここで雫はマスクと眼鏡を外したかと思えば、自動販売機でミルクティーのホット缶を二本買って、そのうちの一本を手渡してくる。
「奢られるのは、あんまり性に合わないんだけどな」
「そのぶん、今度なんか奢ってよ」
「まあ、そういうことなら」
灯也もここまできて問答をしたいわけではないので、早々に受け取っておく。
雫は屋外に続く扉に手をかけると、躊躇なく開け放つ。灯也もその後に続くと、屋外広場となっていたそのスペースには、ウッドデッキが広がっていた。
「おぉ、すごいな」
灯也は思わず感嘆の声を漏らす。
おそらく休憩スペースとして設けられた場所だと思うが、灯也と雫以外には誰の姿もない。
足元は多くの照明が照らしていて、月が隠れていようと躓く心配はいらないようだ。
「こっちだよ、灯也も来て」
すでに奥の方へ立っていた雫に呼ばれて、灯也も駆け足で隣に並ぶと――
「うおっ……」
目の前に広がる光景に驚いた。
そこからは、都市の夜景が一望できていた。
オフィスビルの照明や、遠くの繁華街に灯る光の数々が夜景を色鮮やかに彩っていて、灯也の目を奪う。
「これは、なんというか……」
「ね、綺麗でしょ?」
隣に立つ雫は、まるでこの景色が自分の宝物だと言わんばかりにドヤ顔を浮かべる。
彼女の瞳に夜景の光が反射して、宝石のようにキラキラと輝いていた。
言葉を失う灯也は、ただただ無言で頷くことしかできない。
「この景色を見せたかったんだー」
雫はすっきりとした笑顔で言いながら、おもむろに両手を広げる。開放感に溢れた彼女の姿を見て、灯也も惹かれるようにして腕を広げた。
すると、夜風が全身に吹きつけてきて、五月とは思えないほどの肌寒さを感じさせる。
ああ、だからホット缶にしたのか――と、灯也はこのタイミングで納得がいった。
灯也は手にしていたミルクティーの缶を、雫の頬にくっつける。
「あったか~っ。――こっちもお返し」
雫の方も、持っていたミルクティーの缶を灯也の頬にくっつけてきた。
温かさが伝わってくるのと同時に、胸の辺りがこそばゆいような気持ちになる。
だからか、それをごまかすように灯也は口を開く。
「でも、どうしてこの景色を俺に見せてくれたんだ?」
「それはね、灯也に日頃の感謝の気持ちを伝えたくて。でも私があげられるものと言ったら、今はこの景色ぐらいしか思いつかなかったから」
このサプライズには、灯也も驚かされた。
同時に、姫野雫という女の子はロマンチストな面もあるのだと理解させられる。
こういうのも、ギャップというのだろうか。普段からサバサバした言動ばかりを聞いていたからか、雫の乙女らしい一面に触れたことで鼓動が高鳴っていた。
「ここは雫にとって、大事な場所なんだな」
「そうだよ、私のお気に入り。他の人はあまり使ってないみたいだけどね。落ち込んだときとか、モヤモヤしたときはここに来ることが多いんだ。あとは、嬉しいことがあったときにも来るかな。灯也にとってのあの公園にちょっと近いかも」
「なるほどな。確かに、悩みの一つや二つは吹っ飛びそうなくらいの絶景だよ。そのぶん、嬉しいことは何倍にもなりそうだ」
「ふふっ、何倍は大げさじゃない?」
「だな、ちょっと盛り過ぎた」
夜景を眺める灯也の手を軽く握り、雫が向き直ってきて言う。
「私、灯也に出会えてよかったと思ってる。これは素直な気持ち」
「なんだよ、いきなり改まって。照れるだろ」
「うん、照れるね。私の柄じゃないし」
「そこまでは言ってないって」
灯也が冗談めかして言うと、雫は意味深に微笑む。
「でもさ、やっぱりこういうのは言葉にしないと伝わらないと思うから」
「…………」
夜景の明かりが後光のように雫を照らし、灯也の目を釘付けにする。
照れたようにはにかむ雫の笑顔は、今まで見たどんな光景よりも美しく、そして同時に心を揺さぶってきた。
自分の心音がうるさいくらいに高鳴っているのがわかる。
雫が次に何を言うのか、灯也にはわかっている気がした。
けれど、違う言葉が来るんじゃないかと、淡い期待も抱いていて――
「――灯也、これからも末永くよろしくね」
そうして、雫は予想通りの言葉を口にした。
強いて言うなら、『末永く』の部分は予想外だったが。
ともかく、灯也の頭の中に一瞬だけ浮かんだ煩悩的な答えはすぐさま消え去った。
「それはアイドルとしてなのか、友達としてなのか、どっちの意味なんだ?」
「そんなの、聞くまでもないでしょ?」
さらっと挑戦的に笑う雫。
こういう笑顔もやっぱり様になる。
「いや、普通にわからないんだが……」
「それより、そっちの答えは?」
雫は先ほどまでの強気な表情ではなく、期待半分、不安半分の表情で尋ねてくる。
だから灯也は、やれやれと肩を竦めながらも口を開いた。
「ああ。こちらこそよろしくな、雫」
灯也が返答すると、雫は安堵したようにため息をついてみせる。
と、そこで突風が吹き、雫の身体が揺らめいた。
手すりがついているからこそ、下に落ちる心配はないはずだ。
けれど、灯也は咄嗟に腕を伸ばしていて。
とさっ。
華奢なその身体を抱きとめると、腕の中で雫は固まっていた。
間近で香る花の匂いと、全身から伝わる雫のぬくもりが、灯也の心身を火照らせる。
「大丈夫か?」
「あ、うん……」
耳まで赤くなる雫を見て、灯也はハッと我に返って身体を離す。
「べつに、離さなくてもよかったけど」
「そ、そんなわけにはいかないだろ。誰かに見られたら困るわけだし」
「もう、誰に言い訳してるの? 路上のときは結構長かったじゃん。それに今は寒いんだから、ちょっとくっつくぐらいは普通でしょ」
「さすがにそれは無理があるって!」
「ヘタレ」
ひどい言われようだが、当の雫も真っ赤になったままなのだから、言い返す気力も湧いてこないわけで。
だから代わりに、灯也はミルクティーの缶のプルタブを開けて飲んだ。
「甘っ」
「どれどれ」
雫も自身のミルクティーの缶を開けると、そっと口をつけてみせ、
「ほんとだ。こんなに甘かったっけ?」
「でも悪くないよな、こういうのも」
「だね」
などと、お互いに少しばかり格好をつけてみせて。
夜景が広がる空の下、灯也と雫は笑い合うのだった。