バッカーノ! The Rolling Bootlegs

『1日目』 ⑥

「でも凄いねえ、私達、そんな大金持ちになれるの?」

「なれるさ。おれはミリアと一緒なら大統領にだってなれる! アメリカの王様だぜ王様。ああ、俺はキングにだってクイーンだってジョーカーにだってなれるさ!」


 クイーンは物理的に無理だろう。


「よくわからないけど、凄ぉい!」


 いつしか二人は感極まって、ジャズミュージックを口ずさむ。うらはいまや彼らのステージ、手に手をとって踊り出す。愛する二人は夢の中────────

 そして、車にねられた。


    ⇔


「──死んだか?」


 車の後部座席から、ろうれいな男の声がする。


「いえ………速度が速度ですから……あ、動いています。おそらくバランスを崩して転倒しただけでしょう」


 運転席から返って来たのは、若い女の声だった。


「なら、さっさと行け」

「はい」


 何事も無かったかのように、車は速度を上げて走り出した。路地裏を抜け大通りにまで出ると、ようやく男が話題を続けた。


「……気をつけろ。ねた?」

「申し訳ございません。けるつもりだったのですが、突然道の中央で踊り出しまして…ブレーキが間に合いませんでした」


 男は少しの間沈黙する。そして、運転する女は今までくだらないうそを言う事はなかった事を思い出す。


「……踊り出した?」

「はい、男の方はタキシード、女の方は黒いドレスを着ていましたから……恐らく舞台のけいでもしていたのではないでしょうか」

「………ブロードウェイには少し遠いぞ」

「あと…男の方は右手にぼうと…日本製のかぶとかかえていましたが」


 男は流石さすがまゆをしかめる。


「…近頃の若い者はわからんな……」


 運転席からの返事は無い。


「ふん……もっとも、昔から若いやつの考える事など理解できなかったがな」


 ゆっくりと目をつむり、独り言を続ける。


「そうだな…………あのわかぞうが血迷った時からだな。私が年下の人間を信用しなくなったのは」

「…セラード様に比べたら、世界のすべての人間が年下になります」


 運転席からの声が耳に入る。独り言をじやされた形になるが、特に気に触った様子も見せずに返答をする。


「無論だ。だから私は誰も信用していない」


 その言葉を最後に、車内は沈黙に包まれた。



 女の運転する黒い大型車は、グランド・セントラル駅の南にあるビルの前に止まった。

 周囲を見渡すと、来年完成予定といわれているエンパイア・ステート・ビルが見えた。建造中であるにも関わらず、堂々たる威圧感をもって町を見下ろしている。

 女運転手が先に降りて、後部座席のドアを開く。後部座席の方にゆうがあり、当時としては珍しいタイプの車だった。

 セラード・クェーツは不機嫌そうに降り立つと、ただでさえしわの多い顔を更にゆがめた。ビルの谷間からのぞく晩秋の太陽が、老人の顔をくっきりと照らしていたからだ。


「……まぶしいな」


 女運転手がそくがさを広げた。車からビルの入口までのたった5メートルの距離を、急ごしらえの日陰と共に移動する。

 扉の前に来ると、運転手は傘を持たない方の手でかぎを差し込んだ。そのままドアが開かれるのを無言で待つ間、セラードは一切運転手の方を見なかった。

 ビルの中には、何も無かった。ただ部屋の仕切りがあるだけで、生活のにおいなどは欠片かけらも感じさせない建物だった。しかし、いちがいはいきよだとも言えない。床にはゴミ一つ無く、壁や電球も、まるで昨日内装工事が行われたような新しさを感じさせたからだ。

 セラードは登り階段の横にあるスペースに行くと、その床に何度かかかとりつける。

 数秒のを置いて、階段にってあった電球が点灯した。それを確認すると、先刻より一回多く踵を蹴りつける。

 少し前の床が持ち上がったかと思うと、中から初老の男の首がのぞく。


「これはこれはクェーツ様、お久しゅうございます!」

「たかが20年だ。そう久しくも無い」


「ははは…貴方あなた様と我々では、時の流れが違い過ぎますからな」

「時は常に一定だ。感じ方が違うのは認めるがな」


 そんな会話を交わしながら、二人の老人と一人の女が階段を降りて行く。

 老齢を思わせぬ足取りの先に、彼らがいた。


「おお、クェーツ様」

「お元気そうで何よりです」

「何一つお変わりが無い…」

「やはり貴方あなたらしい存在です…」


 十数人の男達が、20年前と何ら変わらぬクェーツの姿に感嘆の声をらす。

 男達のねんれいは様々だったが、一番若そうな人間でも40さい前後に思えた。上は…90歳ぐらいでは無いかと思えるような高齢者が三人程。

 囲まれた老人が囲む老人達を見回して、つまらなそうに言った。


「バーンズとスタージェンの姿が無いな」


 老人達は互いに顔を見合わせうつむいた。セラードを案内したしつ風の老人が、悲しそうな顔をしながら報告を行う。


「バーンズ様は現在『蒸留所』の方におります。……スタージェン・ハイム様は…昨年、永眠なされました」

「そうか」


 特に感情を抱いた様子は無かった。


ろうすいではどうしようも無い……あと1年もてば、今日を迎えられたものを……」


 死因が老衰であると断言する。そして、異議を唱える者はいない。

 彼らは理解しているのだ。自分達は、事故や病ではまず死なないという事を。


「出来そこないの酒では、お前達にたましいの永続まで与える事は出来なかった……突発的な死が無くなった分、老いに対する諸君のおそれはじんじようでは無かっただろう。だが、それも今日で終わるのだ」


 小さな歓声が、地下の広間に響き渡った。


「…しかしだ、何やら問題が起きたようだな」


 歓声が、一瞬にして静寂へとすりかわる。


「調合師が死んだというのは本当か」


 セラードの言葉に、しつあわてて報告をする。


「は、はい……昨日、ごうとうし殺されたようで………」

「犯人はどうした?」


 すると、40さいほどの男が一歩前に踏み出し、執事の『報告』を引きいだ。


「セラード様。犯人は、つい先ほどばくされました。物いにふんそうしての犯行だったようですが………どの組織にも属さない、麻薬中毒の気があるチンピラだったようです」

「……偶然か…。こんな事なら…名前も知らんが、その調合師もメンバーに加えておくべきだったな。…出来そこないとは言え、あれさえ飲んでいれば強盗ごときで死ぬ事は無かった」


 何か思うところがあるのか、セラードは軽く舌打をした。


「お言葉ですがセラード様…その者は調合とれんきんじゆつしか能の無いつまらぬ男。我々の同志に加えるには少々………」


 しつが恐るおそる進言する。


「そうか……そうだな」


 貴様らも大して変わらんと思うがな。心中で周囲の老人達をあざけりながら、口では一応うなずいて見せる。


「…調合師はまた探せばいい。問題は『完成品』だ。バーンズが確保しているのだろう」

「はい、びんが3ダースほど残っているようです」

やつ一人で大丈夫か?」

「あそこは名目上小麦の倉庫となっておりますから、ねずみ以外の者が侵入する心配はございません。……それに、メンバー以外の人間をボディーガードにつけて、あの酒のことを知られたらやつかいですからな……」


 だったらお前らが行けばいいだろうに。しよせん、万が一の時に責任をかぶるのが嫌なだけなのだろう。内心でさげすみつつも執事の言葉にうなずくと、セラードは背後の女に声を掛ける。


「エニス。車で酒とバーンズを迎えに行け」

「はい」