バッカーノ! The Rolling Bootlegs

『1日目』 ⑤

 しかし二人は気にもせず、儀式の後に行われるパーティーのこんだては何だろうとか、帰りにスピークイージー(やみ酒場)で酒を買って帰りましょうよ、等といった雑談を交わしながら店を出た。

 その時、入れ替わりで男女の二人組が入って来た。

 男の方はマイザーよりもさらに長身で、入口で頭を上にぶつけそうになっていた。女の方はフィーロより少し低いぐらいのたけで、両手には宝石の入ったブレスレット、指の何本かには銀に輝く指輪がめられていた。

 二人ともやけに気取った格好で、男の方はノーネクタイのタキシードに黒い皮手袋。女の方も黒く染まったワンピースに、なベルトを腰と腕に巻いていた。当時の女性としてはかなり珍しい服装で、ミュージカルの中に出て来る魔女のような印象を受ける。

 要するに、ものすごく世間から浮いた、よく目立つ二人組であった。


「おっと、失礼」


 肩がぶつかったので、マイザーが即座に謝った。


「おいおい、気をつけてくれよ」

「気をつけてくれよ!」


 男の言葉を追いかけるように、女も同じ言葉をつむぐ。

 その場はそれ以上何も無かったが、フィーロはそのブロードウェイから抜け出して来たような男女を見ながら思う。


(二人ともぐらいだが……この不景気に、ごうのボンボンだ?)


 自分のさいの中身を棚に上げた事を考えながら、店の外へと出て行った。



 フィーロ達が去った後のぼう屋。タキシードの男……アイザック・ディアンは、隣にいた女…ミリア・ハーヴェントに声を掛けた。


「いいか、ミリア…もう一回だけ確認しておくが、決して目立つような行動はするなよ」

わかってるよ。地味に、地味に動けばいいんだよね」

「その通りだ。解ってるならいい」


 服装と比べてあまりに説得力の無い会話をすると、二人は帽子に埋め尽くされた壁を見回した。男は右手に旅行用の大きなかばんを持っていたが、旅行だとは到底思えぬ格好だ。


すごいな、り取り見どりだ」

「買い放題だね!」

「帽子で世界が征服できそうだ」


 わけの解らない例えを持ち出すと、男は適当な帽子を手に取り、指でくるくる回し始めた。


「どんな帽子にする?」


 ミリアが尋ねる。


「まあ、最初は普通のでいいだろう。…いや、ばつな方がかくらんにはなるか?」


 店の奥に行くに従って、ぼうの種類にも幅がでてくる。

 冬だというのに麦わら帽子が並べてあったり、インディアンの羽飾りが置いてあったり、イギリス王室のえいへいかぶる長丸い黒帽子までがちんれつされている始末だった。


「…これって勝手に売っていいのか?」


 アイザックが手にしているのは、ニューヨークの制服警官の装備品であるヘルメットであった。一方ミリアの方は、合衆国の軍用ヘルメットをかぶり始め、ただでさえみようだった格好がちんみようと言えるレベルにまで達してしまっていた。


「うわ、こりゃすごい」


 棚の上段に、ひときわ輝く商品があった。金属で出来た帽子の周囲がかたい布のような物で囲まれており、所々にきんが使われている。そして、ひたいの部分には金色に輝く……


「なあにこれ? ブーメランかなぁ?」

「これできとかするのか? 痛そうだな」


 みような形をしたナイフのような物が2本、V字型に取りつけられていた。

 そのみようなヘルメットの下には『JAPANジヤパン』と書かれた紙が添えられている。


「はーん…日本のおうかんかな」

「きっとそうだよ。なんだかピカピカしてるし!」


 王冠の下の段には、なんとか文明の仮面だのかいとう用絹製やまたかぼうだのと、もはやさんくさいを通り越した品揃えが並んでいた。


「……ちょっとばつ過ぎるか?」

ごうとうする格好には向かないかもね!」


 ミリアがニッコリと笑いながら、さらりと恐ろしい事を口走った。


「まあいいや、まとめて買ってこう」


 ミリアの科白せりふを特に気にした様子を見せず、結局アイザックは黒いなかおれぼうと、女性用のレースハット、それと日本の王冠とヘンテコな木製の仮面をレジまで運んでいった。年老いた店主の前に、かなりの質量がドサドサと落とされる。

 それでも、店主は無言だった。目でちらりと品物を見ただけで、紙にさらりとそれぞれの単価と合計金額を書き連ねた。

 紙には、銀行員の給料二ヶ月分程の額が示されている。男はバッグの中からぞうさつたばを取り出すと、おおざつに数えて店主に差し出した。

 一分後、多く出しすぎた十数枚のさつと、りの分のぜにが手の中に返って来た。


「いいかじいさん。おれ達がこの店に来たって事は、れいさっぱり忘れるんだなぁ」

「忘れるんだなあ」


 余計な事を言う二人。ただでさえ目立つ格好でこの言動では、場合によってはその場で通報されかねない。どうにもこの二人、外見とたがわず少々抜けているようだ。


「もし警察なんかに通報したら………したら……どうする?」


 自分が犯罪者だと告白しながら、ミリアへ堂々と助け舟を求める。


「んーと、なぐるとかでいいんじゃないかな? 具体的に決まってなければ」

「そうか。ともあれじいさん! 通報したら…ぶつ!」

「ぶつ!」


 どうやら外見以上にひどいようだ。色々と。

 二人のみよう科白せりふを聞いているのかいないのか、店主は目線だけでじろりと二人をねめつける。

 男女は途端に無言になると、レジに置かれた品物をかかえ、足早に店を出て行った。

 店主は新聞に目をやると、今しがた来た客の事など奇麗さっぱりと忘れてしまった。



「はあはぁはぁ……こっ………ここここ怖かったぁ」

「怖かったぁ」


 ぼう屋から逃げるように走り、二人は近くのうら辿たどりついた。


「くそう……あの爺さん、きっとかなりのつわものだぜ。ひとにらみでおれをその…なんだ、いや、ビビっちゃいねえが……ええと…逃げさせる…いや…追い出されさせる…???」

退しりぞかせる」

「そう、それだ…ひと睨みで俺を退かせるとはな……いや、もちろん戦えば勝てたけどよ、ほら、なんだ、相手も強いから、ミリアにでもあったら大変だと思ってよ」

「本当に?」


 ミリアがうれしそうに尋ねる。


「ああ本当さ! ごうとうあんぎやを始めてからこの1年、サンフランシスコからニュージャージーまで色んな所を八十七ヶ所強盗して廻ったけどよ、俺が今までお前を危険な目に合わせた事があるか?」

「八十七回ぐらい」

「………」

「………」

「そらみろ! まだ百回以下じゃねえか!」

「本当だ! すごおい!」


 心の底から感動の声をあげる。この調子では、危険だと認識すらできなかった危機も数あることであろう。


「そうさ! このニューヨークで最後の大仕事をして、後はマイアミあたりでのんびりと暮らすんだ。そうなりゃもう俺達に危険なんて言葉はえんだぜ!」

えんだね!」

「大きい家を買おう。そこにプールを作って、朝から晩まで泳ぎ通そう」

「夜は寒いよ」

「大丈夫、ストーブを十台ぐらいつけりゃプールも暖まるだろ」

「十個も! すごい凄い、アラブの王様だってそんなにつけないよ!」


 確かに砂漠の夜は冷え込むが…どうにも頭の悪さがにじみ出る発言である。


「それで、庭には鉄道を走らせようぜ。家から門まで、毎日汽車に揺られるのさ」

「わあ、でもそれじゃ切符代が大変だよ」

「それもそうだ。よし、鉄道はやめよう」