Fate/strange Fake(1)

余章 『ビトレイヤー』 ②

「可能性の話だよ、『聖杯』を追い求めた例の三家は、聖杯を手にするためにそれこそなんでもやったと聞く。そもそも、何者が『聖杯戦争』をこの町で再現しようとしているのかもつかめていないんだぞ? それこそマキリやアインツベルンの縁者が出てきてもおどろかんよ。……遠坂の縁者は今はけいとうにいるのみだから、それはないと思うがね」


 完全には三家の関与を否定せぬまま、ろうじゆつは再び双眼鏡に目を向けた。

 もう午後11時を回ろうかというのに、都市の明かりはほとんど明度を落とすことなく、どんてんの夜空にこうこうおのれの存在を誇示している。

 数分ほど観察を続けていた老魔術師が、次の段階だとばかりに、レンズ越しにれいみやくの流れをるための術式を準備し始めた。

 その様子を背後から見ていた弟子でしは、神妙な顔で師の背中に問いかける。


「もしも本当に『せいはいせんそう』が起こるとすれば、我らが『協会』も、『教会』の信仰者達も黙ってはいないでしょう」

「ああ……あくまでちようこうに過ぎんからな。地脈の流れに異常があると、時計塔のロード・エルメロイが言っていたのだが……彼の弟子ならともかく、彼自身の推測はあらが目立つ。こうして現地まで出向いて確認するというわけだ」


 疲れたように笑いながら、老魔術師はみずからの願望を語り出す。

 いらちとあざけりを入り交じらせた声色で、弟子か、あるいは己に対してと述べる。


「もっとも、えいれいなぞ聖杯の下ごしらえがなければしようかんできるものではない。実際に英霊の召喚がされればその時点で疑惑は確信へと変わるのだが……そうなって欲しくはないものだ」

「おや、意外なお言葉ですね」

「私個人としては、ただのデマであって欲しいと思っているよ。仮に何かがけんげんしたとしても、それがにせものの聖杯であって欲しいというのが本音だ」

「さっきの話と矛盾してませんか? 聖杯は魔術師の悲願であり通過点だと……」


 まゆひそめながら尋ねるファルデウスに、師はいまいましげに首を振った。


「ああ……そうだな。だが、仮に真なる聖杯と呼ぶにあたいするものだとすれば、まったくもって忌々しいことだ。このような歴史の浅い国にそれが顕現するなど……。正直、多くの魔術師は『根源に到達できるのならば関係ない』と言うだろうが、私は違う。どうにも、礼儀知らずの若造に寝台を土足で踏みにじられた気分だよ」

「そういうものですか」


 なおも淡泊な調子で言葉を返す弟子に、老魔術師は本日何度目かのためいきをついて話を変える。


「しかし、本来の場所とは異なる土地で、如何いかなるサーヴァントが召喚されるのか……」

「まったく予想ができませんね。アサシンはともかく、他の五種に関しては召喚者次第ですから」


 ファルデウスの返答に、師は苛立たしさを隠しもせずにしつの言葉をつむす。


「おい、アサシンを除けば残り六体だ。先刻自分の口から七体のサーヴァントと吐き出したばかりだろう! しっかりしてくれ!」


 せいはいせんそうばれるえいれいには、それぞれクラスが与えられる。

 セイバー

 アーチャー

 ランサー

 ライダー

 キャスター

 アサシン

 バーサーカー

 しようかんされた英霊はそれぞれの特性に合わせた存在としてけんげんし、おのれごうをさらにます。剣の英雄ならばセイバーとして、やりを用いた英雄ならばランサーというように。

 殺し合いを始めるにあたり、互いのしんめいを告げることは弱点や能力をさらすことになるため、通常はそうしたクラス名でを進めることとなる。また、それぞれのクラスによってとうそうにおけるスキルにも多少の差異が生じる。

 例えばキャスターの『けつかい作成能力』や、アサシンの『はいしやだん』がそれにあたる。

 いわば、それぞれ違う特性を持ったチェスのこまのようなものだ。

 手駒は一つだけ。しかもバトルロイヤルという変則的なチェス。指し手たるマスターの力量次第で、どの駒にもばんを制するチャンスが存在する。

 そうした、いわば聖杯戦争のじようしきの中の常識であるという部分を言い損じたことに、は弟子のしようを嘆いたつもりだったのだが──

 しつをされた側の男は、無表情だった。

 師の言葉をひようひようと聞き流すわけでもなく、反省の色を見せるわけでもなく、ただ、淡々と言葉をつむぐ。


「いいえ、六柱ですよ。ミスター・ランガル」

「……なに?」


 刹那せつな、冷たい違和感がろうじゆつランガルの背を走り抜けた。

 ファルデウスが自分のことを名で呼ぶなど、これが初めてのことだ。

 何をふざけているのだと怒鳴りつけるところだったのかもしれないが、ファルデウスの冷え切った視線がそれを押しとどめる。

 沈黙する師に対し、男は淡々と無感情な顔をうごめかせ、師の口にした一つの『間違い』を指摘する。


「日本で行われた聖杯戦争のクラスは確かに七柱というのがルールでした。しかし、この町の場合は六柱です。こと闘争においてもつとも力を発揮するといわれる『セイバー』のクラスですが……このいつわりの『聖杯戦争』には存在しないんですよ」

「何を……言っている?」


 ギチリ、と背骨から音がする。

 体の中に張り巡らされたじゆつかいが、通常の神経が、血管のすべてが、ランガルの耳に違和感を通り越した『けいほうおん』をひびかせている。

 弟子でしは──少なくとも数分前までは弟子だったはずの男は、一歩こちらに踏み出しながら、感情を消した声でみずからの言葉をつむした。


「マキリとアインツベルンととおさか、彼らの生み出したシステムはじつに素晴らしい。それゆえ、かんぺきにコピーすることはできなかった。完全にコピーした状態で始めたかったのですが、何しろシステムをほうするために参考にした第三次せいはいせんそうはトラブル続きでしてね。本当に参りました」


 明らかに20代ちゆうばんとしか思えない青年が、まるでてきたかのように60年以上前の出来事を語り出す。

 そして、不意に表情にけんの色をこめたかと思うと、口の端をひもで引いたようにゆがめながら、あくまで淡々と自らの感情を吐き出した。


貴方あなたは我が国を『若い』とおつしやいましたが、だからこそ覚えておくべきですよ、ろうたい

「……何?」

「若い国を、あまりあなどるべきではない、と」


 ギチリ ギチリ ギチ ギチチ ギリ ガキリ ギチ ギチリ。

 ランガルの全身の骨と筋肉がきしみをあげる。理由は警戒か、あるいは怒りによるものか。


「貴様……ファルデウスではない……のか?」

「ファルデウスですよ? もっとも、その名以外の真実を貴方に見せたことはありませんが。ともあれ、『協会』については本日、このしゆんかんまで多くを学ばせていただきました。その点について、まずはしやれいを述べるべきでしょうか」

「……」


 じゆつとしての経験を長く積んできたランガルは、目の前の男についてのにんしきいつしゆんにして『弟子』から『敵』へと切り替える。

 それなりに長い時間を共にしてきた男を、出方によっては次の瞬間に殺すべく感情をスイッチさせたのだが──それでも、ランガルの全身からは警戒音が鳴り響いたままだ。

 魔術師としての腕はすでに確認しているはずだった。

 力を隠している様子もなかった。それは、自分が協会のかんちようにかかわっていた経験からも確信できる。

 しかし、その経験のすべてが、現在自分が置かれている状況が危険であると告げているのも確かなことだ。


「つまり、がいしきから協会へのスパイだったというわけか。私の前で魔術師をこころざすと口にしたしゆんかんから」

がいしき、ねえ」


 ねばつくような声を漏らし、ファルデウスは相手の誤解を正そうとする。