Fate/strange Fake(1)

余章 『ビトレイヤー』 ③

「協会も教会も、協会に所属しない異端のじゆつしゆうだんがこのせいはいせんそうを仕掛けていると考えているようですが……まったく、どうしてこう……いや、いいでしょう」


 あとは話すことなどないとでもいうかのように、ファルデウスは一歩前へと踏み出した。

 殺気や敵意はとくに感じられないが、こちらに何かを仕掛けようとしているのは確実である。ランガルは、ギリ、とかんこすらせ、体の重心をなめらかに移動させ、相手の行動に対応するための布石を完成させる。


「……めるなよ、若造」


 同時に、おのずから先手を打つ方策をのうずいの中に展開させ、じゆつとしてのとうそうに踏み切ろうとしたのだが──その時点で、彼はすでに敗北していたようなものだった。

 魔術師としてのだまいの時点で、ランガルはすでに目の前の男にやぶれており──。


「舐めてませんよ」


 冷ややかにつぶやく青年は、最初から魔術戦を仕掛けるつもりなどなかったのだから。


「だから、全力でお相手させていただきます」


 呟くと同時に、ファルデウスはいつの間にか手にしていたライターに火をつけ、からだったはずの手には一瞬にして一本の葉巻が握られている。

 物体招致アポートのようにも見えたが、魔力が流れた様子は感じられない。

 げんな顔をするランガルに、男はニコリと──今までとは違う、心の底からの微笑ほほえみを浮かべてその葉巻をくわえこんだ。


「ふふ、手品ですよ。魔術じゃない」

「……?」

「ああ、そうそう、我々は別に魔術師の集団ではありませんので、あしからず」


 きんちようかん欠片かけらもない調子で呟きながら、男は葉巻に火をつけた。


「我らが合衆国に属する組織。その一部にたまたま魔術師もいたというだけです」


 男の言葉に、ランガルはほんの数拍だけ沈黙した後、口を開く。

 ──「なるほど。で、その安物の葉巻が、貴様の全力とどう関係がある?」


 魔力構成の時間稼ぎも兼ねて、そう口にしようとした瞬間──。


 老魔術師の側頭部を小さなしようげきがえぐり抜き、すべては一瞬にして決着した。


 ボァ、という、重くしめった破裂音。

 老人のがいかんたんに貫いた弾丸は、減速と共になまりの体を四散させ、脳髄の海を焼き切りながらおよぐ。

 貫通することのなかったその弾丸は、のうの中でいびつちようだんかえし、しゆんにして老人の体の活動を停止させた。

 そして──すでに絶命していることは目に見えてわかる状態だというのに、追い打ちをかける形で数十発の弾丸が突き刺さった。

 方向は一カ所からではなく、発射の間隔と合わせて十カ所以上からのげきが考えられる。

 明らかなオーバーキル。しつような破壊。

 ラップに合わせて踊るあやつにんぎようのように、老いた体は力ないをくゆらせる。


こつけいなダンスをありがとう」


 赤いまつを背景にグチャリグチャリと舞い回るランガル。その生き生きとしたむくろを前にして、ファルデウスはゆっくりと手をたたきながら賞賛の言葉をつむした。


「30さいほど若く見えますよ、ミスター・ランガル」



 数分後──。

 まりの中に倒れるの前で、ファルデウスは一歩も動かぬままだった。

 ただし、周囲の森には先刻とまるで違う空気が広がっている。

 迷彩服をまとった男達が、ファルデウスの背後の森の中に数十人単位で散開していた。

 その『部隊』は一様に黒いぼうかぶっており、彼らの手にはそれぞれ、無骨にして精密なデザインの黒いかたまり──減音器サプレツサーつきのアサルトライフルが握られている。

 表情はおろか人種すら判別できぬ状態の男達。その中から一人がファルデウスへと歩み寄り、姿勢を正して敬礼しながら口を開く。


「報告します。周囲に異状はありません」

ろうさまです」


 部下の態度とは対照的に、柔らかい言葉を返すファルデウス。

 彼はゆっくりとろうじゆつの遺体に歩み寄り、その死体を薄い微笑ほほえみと共に見下ろした。

 そして、背後にいた部下達に、振り返ることのないまま言葉をかける。


「さて……君達は魔術師というものをよく御存知ないでしょうから、少し説明しておきましょう」


 いつの間にか彼の周囲に散開していた軍服の男達が整列しており、一言も発さずにファルデウスの言葉に聞き入っていた。


「魔術師は、ほう使つかいではありません。そんなとぎばなしや神話のようなものを想像する必要はなく……そうですねえ、せいぜい、日本産のアニメーションやハリウッド映画を想像していただければ結構です」


 だったもののにくかいの前にしゃがみこみ、その一部を素手でつかんでつまげる青年。

 不気味な光景ではあったが、非難する者はおろか、まゆひそめる者すら存在しない。


「殺されれば死にますし、ぶつこうげきも大抵は効きます。中にはうごめく水銀の礼装で数千発の散弾を防ぐ実力者や、体に住まうむししきを移して生きながらえるじんもいますが──まあ、前者は対戦車ライフルは防げませんし、後者もミサイルが直撃すれば、ほぼ確実に死にます」


 男の発言をジョークと受け取ったのだろう。無表情だった迷彩服の男達の間に失笑が広がる。

 だが──次の発言を聞いて、その笑いはピタリと収まることとなった。


「例外は……この人のように、そもそもこの場にいなかった場合です」


「……どういう意味ですか、ファルデウス殿どの


 硬い言い方で尋ねる部下の一人に、ファルデウスは笑いながら死体の一部を放り投げた。

 表情を変えずにそれを受け取った部下は、指先の一部とおぼしき肉片を見て、声をあげる。


「……なッ」


 ライトに照らされた肉片の断面は確かに赤く、白い骨も確かにしゆつしていた。

 だが、決定的な違いがある。

 肉と骨のすきから、光ファイバーのような透明のせんが何本も露出し、それが現時点をもってして糸蟲のように不気味に蠢いていたからだ。


「義体というか、まあ、人形です。ミスター・ランガルは用心深いちようほうですからね。こんな場所に本体で来るような間抜けではありません。いまごろ、本体は協会の何処どこかの支部、あるいはみずからのこうぼうあわてふためいていることでしょうね」

「人形……? まさか!」

「いやあ、大した技術ですが、違和感は完全にぬぐえてませんでしたね。不自然な点を隠すためには老人の外観は都合がいいのでしょう。そうそう、彼よりも腕のいいじゆつの女性が作る人形は、本体と何一つ変わらず……DNAかんていすら通ってのけるらしいですよ?」


 他人事のように語るファルデウスだったが、部下はいぶかしげにまゆひそめながら、上役である男に対して意見を述べる。


「ならば、先刻の会話も筒抜けということではありませんか」

「かまいません。予定通りです」

「は……?」

「わざわざ非合理的な『めい土産みやげ』を語ったのは、それを『協会』に伝えてもらうことが目的だったんですから」


 ファルデウスは、にせものの肉塊と贋物のまりの上で空を仰ぎ、きりさめが降り始めたやみの空を眺めて、満足そうにつぶやいた。


「これは、我々なりの……じゆつ達へのけいこくと宣伝ですので」


 そして、この日、このしゆんかんを皮切りとして──。

 いつわりのせいはいだんじようで踊る、人間とえいれい達のきようえんが幕を開けた。