Fate/strange Fake(1)

プロローグⅠ 『アーチャー』 ②

 もっとも、呼び出された英霊がそれを『義務』などと受け取っていたかどうかは疑問だが。


「……答えよ。貴様がそんにも王の光輝にすがらんとするじゆつか?」


 黄金色のかみ、黄金色のよろい

 ごうしやきわめた外観のサーヴァントは、こちらを見下す形で問いかけた。

 だが、問われた言葉の内容に思わず鼻白み、眼前にる絶対的な『力』を実感しつつも、わずかないらちをがらせる。

 ──サーヴァントぜいが何を偉そうな!

 魔術師としてのプライドが威圧感に押し勝ったが、みずからの右手に輝くれいじゆうずきを感じてすんでのところで冷静さを取り戻す。

 ──……まあ、この英雄の性質からすればそれも仕方あるまい。

 ならば、最初にハッキリとわからせておかなければならないだろう。

 あくまでもこの戦いにおいて、あるじが自分であり、サーヴァントとしてけんげんした英霊などただの道具に過ぎぬということを。

 ──そうだ、その通りだ。この私が貴様の主だ。

 令呪を見せつけながら答えを放つべく、右腕を前に差し出し──。

 その右手が、なくなっていることに気がついた。


「……え? あ?」


 形容する言葉もなく、ほうけた声をどうくつ内にひびかせる。

 血の一滴すらも出ていないが、確かに、直前まであったはずの右手がない。

 あわてて自らの手首を顔の前に持ってくると、げた臭いがこうを強くげきする。

 手首の断面からは煙が薄く立ち上っており、焼き切られているというのは明白だった。

 それをにんしきしたしゆんかんせきずいと脳に痛みの流れがでんし──


「ひがぁ……ぎひがぁぁぁっぁぁぁあっぁぁぁ! あぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁぁあぁ!」


 悲鳴──悲鳴──圧倒的、悲鳴。

 巨大なむしの鳴き声さながらの絶叫を響かせる魔術師に、金色の英霊は退屈そうに口を開く。


「なんだ、貴様は道化か? なれば、もっとのある悲鳴でオレたのしませろ」


 まゆ一つ動かさず、相変わらずきようごうに振る舞うサーヴァント。どうやら、右手の消失は英霊の手によるものではないらしい。


「ひぁ、ひぁ、ひぁぁっぁぁっぁぁ!」


 理解のはんちゆうえた出来事に、じゆつは完全に理性をくずしかけたが──魔術師としてののうずいがそれを許さず、強制的に精神を落ちつかせ、即座に体勢を立て直す。

 ──けつかいの中に……だれかがいる!

 ──私としたことが、なんというかつ

 本来ならば、こうぼうと化したこのどうくつに誰かが入ってきた時点で気配を察知できるはずだった。しかし、サーヴァントしようかんの決定的なすきを突かれたために、洞窟内に満ちたえいれいの魔力にまぎれて気付くことができなかったのだ。

 だが、結界に合わせてそれなりのわなも張り巡らせていたはずだ。それが発動した気配はなく、ちんにゆうしやがそれらを解除して進んできたとすれば、相当に油断のならぬ相手だと推測できる。

 残った左手で魔術構成をりながら、気配のする方角──洞窟の外へと向かう穴道へと叫びあげた。


「誰だ! どうやって私の結界を抜けてきた!」


 すると──次のしゆんかん、洞窟のやみからの声がひびく。

 ただし、それは魔術師ではなく、金色のサーヴァントに対しての言葉だった。


「恐れながら……偉大なる王の前にこの身をさらすお許しをいただきたく存じます」


 声をかけられたサーヴァントは、ふむ、と一考した後、やはりごうがんな態度を見せる。


「よかろう。我が姿をはいえつする栄誉を許す」

「……ありがたき幸せ」


 その声は、透き通るようなさと、すべてを拒絶するような感情のなさをそろえていた。

 続いて、岩陰より姿を現したのは──ただでさえ若く受け取れた声の印象から、さらにすうさい若い──12歳前後の、かつしよくの肌の上につややかなくろかみを掲げる少女だった。

 しんそうじんというべき形容が相応ふさわしい、下品さのないな礼装。端正な顔がその衣装によってさらに引き立てられているが、表情にはそれに見合ったはなやかさは感じられない。

 ただ、粛々とかしこまった調子で一歩工房内に踏みだし、さいだん上の英霊へとうやうやしく一礼をした後、すそが土にまみれることを気にもかけずにひざまずく。


「なッ……」


 完全に無視された形となった魔術師は、目の前の少女の力が計りきれずに、いきどおることもできずに怒りをのどの奥へと押しこめた。

 英霊は少女の恭しさが当然とばかりに、視線だけを向けて力ある言葉を押しつける。


オレの前に雑種の血を飛び散らせなかったことはめてつかわす。だが、くらうにあたいせん肉の臭いをオレの前にただよわせた理由について、弁解があるならば申してみよ」


 一瞬だけ魔術師のほうをちらりと見やり、少女は跪いたまま英霊に対し申し立てる。


「恐れながら、王の裁きにゆだねるまでもないと……蔵のかぎを盗みしぞくに罰を与えました」


 言いながら──少女はみずからの前に一つのにくかいを取り出した。

 それは、確かに先刻までじゆつの体の一部だったものであり、れいじゆによってえいれいとの魔力の筋道をつなぐ接合部──つまりは、魔術師の右手である。

 金色の英雄は、少女の言葉にフム、とおのれの足下を見て、台座に置かれた一つのかぎを手に取り──きようなさげに投げ捨てた。


「この鍵か、下らん。オレの財宝に手を出すらちものなど、我が庭には存在しなかったからな。造らせたはいいものの、使う必要がないと捨て置いたに過ぎん」

「……ッ!」


 その行動にしようげきを覚えたのは、右手首の痛みをしやだんするための呪文をつぶやいていた魔術師だった。

 彼の先祖がすべてをけて追い求めた『蔵』の鍵。

 魔術師の家系として唯一といってもいい誇りであったその偉業を、ゴミのように投げ捨てられたのだ。しかも、自らがれいや道具として扱うべき、サーヴァントという存在に。

 ふんがいのあまり、呪文を唱えるまでもなく右手の痛みが薄らいだ。

 だが──そんな彼に追い打ちをかけるように、かつしよくはだの少女は首だけを魔術師に向け、威圧とあわれみをこめた声を浴びせかける。


「それが王の意向なら、貴方あなたとこれ以上命のやりとりをするつもりはありません。どうか、お引きとりください」

「なッ……」

「そうすれば、命までは取りません」

「──────  ────────」


 刹那せつな、魔術師のしきかんたんに支配される。

 自らの内よりがったふんまんじゆつかいを支配し、言葉すらあげることもできず、左手に集めたすべての魔力を暴走させる。

 ありったけののろいと熱と衝撃がこめられた黒い光球が、勢いよく少女の顔面をみこむべく空間を切り裂き──はしる、はしる、はしる。

 ほんの一呼吸の間すらなく、魔力のほんりゆうは少女を押し流すと思われた。

 だが、そうはならなかった。


「【                     】」


 無音のえいしよう

 少女は口を開きつつも、音もなく己の中で魔術の構成をつむす。

 だが、しゆんにしてぼうだいな魔力が少女と魔術師の間に湧き上がった。

 まるで、極限までじゆあつしゆくしたがゆえに無音に辿たどいたかのような、あつとうてきえいしよう

 最後のしゆんかん──じゆつは見た。

 少女の前に現れた、自分の身長の倍はあろうかという巨大なほのおあぎとが、自分の放った魔力をあっさりとみこみ──。


 ──違う。

 最後に思い浮かんだ言葉。