果たして何をもって『違う』という言葉が出たのか、それを考える暇すら与えられない。
──ちがッ……ち、ちがッ……こんなッ。
自分が死んでも家系は続く。魔術師である彼はせめてそう思おうとしたのだが……その家系の後続を、つい数日前に自らの手で始末したことを思い出す。
──ちがう! 違う! ここでッ……死ぬッ……私が……? 違う、ちが……。
──違う違うちが──────────。
────────────。
そして、魔術師は姿を消した。
彼の人生と、この闘争に賭けた数々の代償。
そして、彼がこだわり続けた魔術師としての家系。
すべては一瞬。ただの一瞬。
ほんの数秒のやりとりで、彼の存在は、あっさりと炎の中に吞みこまれる結果となった。
「お見苦しいところをお見せ致しました」
人を一人殺したというのに、少女は平然と英霊に頭を垂れる。
金色のサーヴァントは、さして興味がないといった視線を送りながらも、今しがた彼女がつかった魔術について口にする。
「なるほど、我が不在の間、貴様らがこの土地を支配していたわけか」
今の魔術は、彼女の内から直接湧き上がった魔力によるものではない。
恐らくは、この土地自体のもつ霊脈を利用した魔術だろう。
それを肯定するように、少女はそこで初めて表情を浮かべ、顔を地に向けたまま、どこか寂しげに言葉を返した。
「支配ではなく、共生です。……御推察の通り、このスノーフィールドの土地を出れば、私の一族はただの人にございます」
「雑種は雑種に過ぎん。魔術の有無など区別する程の差にはならぬ」
自分以外はすべて同等とでもいうような傲慢な物言いに、少女は何も言い返さない。
彼女の右手には、すでに魔術師の右手にあったはずの令呪が転写されている。
魔力の流れが魔術師から少女に移り変わったことを確認しながら、英霊はやはり変わらぬ威光を放ちながら、やはりどこか退屈そうに──しかし、どこまでも堂々と言い放つ。
「ならば改めて尋ねよう。貴様が、不遜にも王の光輝に縋らんとする魔術師か?」
金色の英霊。
英雄の中の英雄。王の中の王といわれるその存在に──
少女は力強く頷き、再度、敬意の籠もった一礼をしてみせた。
× ×
「……私は、聖杯を求めているわけではありません」
洞窟の外に向かう道すがら、少女は静かに言葉を紡ぐ。
少女は、自らを『ティーネ・チェルク』と名乗り、黄金のサーヴァントを得て聖杯戦争へと参加した。
だが、彼女は聖杯を求めるわけではないという、矛盾ともいえる言葉を口にし、それに続いて詳しい真意を言葉に変えた。
「この土地を偽りの聖杯戦争の場として選び、すべてを蹂躙しようとしている魔術師達を追い払いたい……我らの悲願はそれだけでございます」
あっさりと『この聖杯戦争を潰す』と呟いた少女に対し、金色の英霊──六種類用意されたクラスの中で、弓兵のクラスとして再度この時代に顕現したという『王』は、さして興味もなさそうに言葉を返す。
「我も聖杯などに興味はない。本物ならば我の宝を奪おうとする不埒な輩どもを罰し、贋物ならばそのままこの儀式を執り行った輩ごと誅するだけだ」
「ありがたき御言葉」
少女は礼を言った後、なおも自分達の素性について語り続けた。
「このスノーフィールドは、一千年前から我々の部族が共生してきた土地……東よりこの国を制した者達からの圧政からも守り抜いた土地です。それを、政府の一部が魔術師などという連中と手を組み……わずか70年足らずで蹂躙されました」
言葉に悲しみと怒りを織り交ぜて語る少女に、英霊はとくに感慨を抱いた様子はない。
「下らんな。誰が上に乗ろうと、すべての地は我の庭に帰するのだ。庭で雑種が諍いを起こそうと、本来ならば捨て置くところだが……それが我の宝を掠め取ろうとする輩ならば話は別だ」
あくまでも自分のことしか考えていない男に、少女は何を思ったのだろうか。
とくに不快を抱いたわけでもなく、呆れたわけでもない。
彼はどこまでも王として振る舞い、だからこそ王として認められるのだろう。
一瞬だけその傲岸さに羨望のような感情を抱き、気を引き締め直して洞窟の外に踏みだした。
洞窟の外にて彼女達を待っていたのは──数十から数百を数える、黒服の男女。
少女と同じように褐色の肌をした者が多いが、中には白人や黒人の姿も見受けられる。
あからさまに堅気ではないとわかる雰囲気を持った大集団が、渓谷の麓まで何台もの車で乗りつけ、洞窟を厚く取り囲んでいる状態だった。
彼らは洞窟から出てきた少女と、その傍らに立つ威圧的な男を目にし──。
一斉にその場へと跪き、少女と『英霊』に対して敬服の意を表す。
「こやつらは何者だ?」
淡々と尋ねる王に、ティーネは自らも跪きながら答えを返す。
「……我らの部族が生き延び、魔術師達と対抗すべく、都市の中に作り上げた組織の者達にございます。私が父の後を継ぎ、総代としてこの戦にも選ばれた次第です」
「ほう」
多くの人間達が一斉に自分を崇敬し、跪いている。己の肉体が存在していた頃の光景を思い出したのか、金色の王は目を細め、少女に対する認識をわずかに改めた。
「雑種同士とはいえ、随分と慕われているようだな」
「王の威光を前にして言われては、ただ恐縮する他ございません」
「我の威を借りようとするだけのことはある。それなりの覚悟でこの戦に挑んではいるようだ」
「……」
光栄と受け取るべき言葉だが、少女には不安もあった。
目の前の『王』は、そう言いながらも、やはり退屈そうな感情を隠しもしていないからだ。
そして次の瞬間、彼女の不安が的中したとばかりに、英霊は淡々と言葉を紡ぎ出す。
「だが、所詮まがいものの台座。我以外に引き寄せられた有象無象などたかが知れておろう、そんなものにいくら裁きを下そうが、無聊の慰めにはならぬ」
言うが早いか、彼はどこからか、一本の小瓶を取り出した。
その瞬間を見ていた黒服は後に述懐する。『空気が歪んで、その中から一本の小瓶が直接英霊の手中に落ちた』と。
美しい装飾が施されているものの、いったい何を素材としているのかわからない。陶器なのか硝子なのか、滑らかな表面は半透明に透き通り、中になんらかの液体が漂っているのが見える。
「児戯ならば児戯らしく戯れ程度に相手をしてやるのが相応しかろう。我が一々本気になるまでもない。本気を出すに価する敵が出るまでは、しばし姿を変えるとしよう」
彼はそう呟くと、そのまま瓶の蓋を開け、それを飲み干そうとしたのだが──。
まさにその瞬間。
偶然というよりは、何かの運命が作用したとしか思えないタイミングで──。
大地が、啼いた。
【── ̄ ̄──__ ─ ─  ̄  ̄ ─ ─ 】
『!?』
ティーネも、彼女の配下たる黒服の集団も、一斉に空を仰ぎ見る。
遠くから聞こえてきたのは、天と地を揺るがす、巨大な咆吼。
だが、咆吼というには余りにも美麗な音で、まるで巨大な天使か何か、あるいは大地そのものが子守歌を歌っているような音だった。
それでいて、その音が遙か遠く──スノーフィールドの西方に広がる森の方角から聞こえてきたということもわかる。
物理法則すら無視したその鳴動に、ティーネは何故か確信することができた。
これは、何かが生まれたことを示す産声のようなものであり──。
それは恐らく、途轍もなく強力なサーヴァントなのであろうと。