Fate/strange Fake(1)

プロローグⅠ 『アーチャー』 ③

 果たして何をもって『違う』という言葉が出たのか、それを考えるひますら与えられない。

 ──ちがッ……ち、ちがッ……こんなッ。

 自分が死んでも家系は続く。魔術師である彼はせめてそう思おうとしたのだが……その家系の後続を、つい数日前にみずからの手で始末したことを思い出す。

 ──ちがう! 違う! ここでッ……死ぬッ……私が……? 違う、ちが……。

 ──違う違うちが──────────。

 ────────────。


 そして、魔術師は姿を消した。

 彼の人生と、このとうそうけた数々のだいしよう

 そして、彼がこだわり続けた魔術師としての家系。

 すべては一瞬。ただの一瞬。

 ほんの数秒のやりとりで、彼の存在は、あっさりと炎の中に吞みこまれる結果となった。


「お見苦しいところをお見せ致しました」


 人を一人殺したというのに、少女は平然とえいれいに頭を垂れる。

 金色のサーヴァントは、さしてきようがないといった視線を送りながらも、今しがた彼女がつかった魔術について口にする。


「なるほど、オレが不在の間、貴様らがこの土地を支配していたわけか」


 今の魔術は、彼女の内から直接がった魔力によるものではない。

 恐らくは、この土地自体のもつれいみやくを利用した魔術だろう。

 それを肯定するように、少女はそこで初めて表情を浮かべ、顔を地に向けたまま、どこか寂しげに言葉を返した。


「支配ではなく、共生です。……すいさつの通り、このスノーフィールドの土地を出れば、私の一族はただの人にございます」

「雑種は雑種に過ぎん。魔術の有無など区別する程の差にはならぬ」


 自分以外はすべて同等とでもいうようなごうまんな物言いに、少女は何も言い返さない。

 彼女の右手には、すでにじゆつの右手にあったはずのれいじゆが転写されている。

 魔力の流れが魔術師から少女に移り変わったことを確認しながら、えいれいはやはり変わらぬ威光を放ちながら、やはりどこか退屈そうに──しかし、どこまでも堂々と言い放つ。


「ならば改めて尋ねよう。貴様が、そんにも王の光輝にすがらんとする魔術師か?」


 金色の英霊。

 英雄の中の英雄。王の中の王といわれるその存在に──

 少女は力強くうなずき、再度、敬意のもった一礼をしてみせた。


         ×             ×


「……私は、せいはいを求めているわけではありません」


 どうくつの外に向かう道すがら、少女は静かに言葉をつむぐ。

 少女は、みずららを『ティーネ・チェルク』と名乗り、黄金のサーヴァントを得て聖杯戦争へと参加した。

 だが、彼女は聖杯を求めるわけではないという、矛盾ともいえる言葉を口にし、それに続いてくわしい真意を言葉に変えた。


「この土地をいつわりの聖杯戦争の場として選び、すべてをじゆうりんしようとしている魔術師達を追い払いたい……我らの悲願はそれだけでございます」


 あっさりと『この聖杯戦争をつぶす』とつぶやいた少女に対し、金色の英霊──六種類用意されたクラスの中で、弓兵アーチヤーのクラスとして再度この時代にけんげんしたという『王』は、さしてきようもなさそうに言葉を返す。


オレも聖杯などに興味はない。本物ならばオレの宝を奪おうとするらちやからどもを罰し、にせものならばそのままこの儀式をおこなった輩ごとちゆうするだけだ」

「ありがたきこと


 少女は礼を言った後、なおも自分達のじようについて語り続けた。


「このスノーフィールドは、一千年前から我々の部族が共生してきた土地……東よりこの国を制した者達からの圧政からも守り抜いた土地です。それを、政府の一部が魔術師などという連中と手を組み……わずか70年足らずで蹂躙されました」


 言葉に悲しみと怒りをぜて語る少女に、英霊はとくに感慨を抱いた様子はない。


「下らんな。だれが上に乗ろうと、すべての地はオレの庭に帰するのだ。庭で雑種がいさかいを起こそうと、本来ならば捨て置くところだが……それがオレの宝をかすろうとする輩ならば話は別だ」


 あくまでも自分のことしか考えていない男に、少女は何を思ったのだろうか。

 とくに不快を抱いたわけでもなく、あきれたわけでもない。

 彼はどこまでも王として振る舞い、だからこそ王として認められるのだろう。

 いつしゆんだけそのごうがんさにせんぼうのような感情を抱き、気を引き締め直してどうくつの外に踏みだした。


 洞窟の外にて彼女達を待っていたのは──数十から数百を数える、黒服の男女。

 少女と同じようにかつしよくの肌をした者が多いが、中には白人や黒人の姿も見受けられる。

 あからさまにかたではないとわかるふんを持った大集団が、けいこくふもとまで何台もの車で乗りつけ、洞窟を厚く取り囲んでいる状態だった。

 彼らは洞窟から出てきた少女と、そのかたわらに立つ威圧的な男を目にし──。

 いつせいにその場へとひざまずき、少女と『えいれい』に対して敬服の意を表す。


「こやつらは何者だ?」


 淡々と尋ねる王に、ティーネはみずからも跪きながら答えを返す。


「……我らの部族が生き延び、じゆつ達と対抗すべく、都市の中に作り上げたしきの者達にございます。私が父の後を継ぎ、そうだいとしてこのいくさにも選ばれた次第です」

「ほう」


 多くの人間達が一斉に自分をすうけいし、跪いている。おのれの肉体が存在していたころの光景を思い出したのか、金色の王は目を細め、少女に対するにんしきをわずかに改めた。


「雑種同士とはいえ、随分としたわれているようだな」

「王の威光を前にして言われては、ただきようしゆくする他ございません」

オレの威を借りようとするだけのことはある。それなりの覚悟でこの戦に挑んではいるようだ」

「……」


 光栄と受け取るべき言葉だが、少女には不安もあった。

 目の前の『王』は、そう言いながらも、やはり退屈そうな感情を隠しもしていないからだ。

 そして次の瞬間、彼女の不安が的中したとばかりに、英霊は淡々と言葉をつむす。


「だが、しよせんまがいものの台座。オレ以外に引き寄せられたぞうぞうなどたかが知れておろう、そんなものにいくら裁きを下そうが、りようなぐさめにはならぬ」


 言うが早いか、彼はどこからか、一本のびんを取り出した。

 その瞬間を見ていた黒服は後にじゆつかいする。『空気がゆがんで、その中から一本の小瓶が直接英霊の手中に落ちた』と。

 美しい装飾がほどこされているものの、いったい何を素材としているのかわからない。陶器なのか硝子ガラスなのか、なめらかな表面は半透明に透き通り、中になんらかの液体がただよっているのが見える。


ならば児戯らしくたわむれ程度に相手をしてやるのが相応ふさわしかろう。オレが一々本気になるまでもない。本気を出すにあたいする敵が出るまでは、しばし姿を変えるとしよう」


 彼はそうつぶやくと、そのまま瓶のふたを開け、それを飲み干そうとしたのだが──。


 まさにそのしゆんかん

 偶然というよりは、何かの運命が作用したとしか思えないタイミングで──。


 大地が、いた。


【── ̄ ̄──__ ─ ─  ̄  ̄ ─ ─ 】



『!?』


 ティーネも、彼女の配下たる黒服の集団も、いつせいに空を仰ぎ見る。

 遠くから聞こえてきたのは、天と地を揺るがす、巨大なほうこう

 だが、咆吼というには余りにもれいな音で、まるで巨大な天使か何か、あるいは大地そのものが子守歌を歌っているような音だった。

 それでいて、その音がはるか遠く──スノーフィールドの西方に広がる森の方角から聞こえてきたということもわかる。

 物理法則すら無視したその鳴動に、ティーネは何故なぜか確信することができた。

 これは、何かが生まれたことを示すうぶごえのようなものであり──。

 それは恐らく、てつもなく強力なサーヴァントなのであろうと。