Fate/strange Fake(1)

プロローグⅠ 『アーチャー』 ④

 一方、その声に動きを止めたのは、アーチャーとて同じことだった。

 口につけかけたびんを持つ手を止め、そこで初めて、金色の王は強い感情を顔面に浮かび上がらせる。

 仮に、彼を以前から知る者ならば、その表情について『滅多に見られるものではない』とおどろきを見せることだろう。かの『王の中の王』はげきこうしやすく、決してたいぜんじやくとはいいがたい存在であったが──果たして、こんな顔をすることがあるのかと。


「この声は……まさか」


 彼の目に浮かんでいたものは、驚き、しようそう、戸惑い、そして──感動。


「……おまえなのか?」


 ティーネはそうつぶやいたえいれいの表情を見て、ほんの一瞬だけ、彼から王としての威圧感が揺らいだことに気がついた。

 だが──次の瞬間、アーチャーの顔には王としてのごうまんな威圧感が戻り、高く高く、ただひたすらに空高く笑い声をひびかせる。

 そして、ひとしきり笑い終えた後──。


「ハッ……なんということか! ような偶然に巡り合うも、オレが王たるあかしうたうべきか!」


 先刻までの退屈に満ちた表情がうそのように、彼の顔には歓喜と英気が満ちあふれていた。


「雑種の小娘よ! 喜べ、どうやらこのいくさオレが本気になるべき価値となったようだ!」


 らしくないことを口にしながら、胸がいたとばかりにじようぜつになる英雄の王。


「かの広場でのけつとうの果てに向かうもいつきようか。……いや、もしもあやつがきようせんとしてけんげんしていたのならば、あるいは……いや、言うまい。雑種に一々はいちようゆるすことでもなかろう」


 じようげんになりつつも、自分が王であることは欠片かけらも損なわず、くつくつと笑いながらほうこうの震源をえ、かたわらにひざまずいたままのティーネに声をかける。


「面を上げよ。ティーネ」


 突然名前を呼ばれたティーネは、おどろきながらも言われるがままにえいれいの顔を見上げた。

 すると、ティーネの手に、先刻まで王が手にしていたびんが投げ渡される。


「若返りの秘薬だ。貴様のとしで使う必要はなかろうが、今のオレには不要となった。ありがたくはいりようせよ」

「はッ……? は、はい!」


 驚き目を開く少女に、アーチャーはわずかに視線を向け、げんに満ちた声を口にした。


オレの臣下となるならば、一つおまえに命じておくことがある」


 一方のアーチャーは、こちらには目もくれぬまま、だが、じつに機嫌のよさそうな声で王としての言葉をたまわった。


ようどうならば少しはそれらしくせよ。万物の道理のわからぬうちは、ただ王たるオレの威光に目を輝かせておればいい」


 それは皮肉混じりなのかもしれないが、あまりにも力強い言葉だった。

 一族のために感情を捨てたはずの少女は、えいれいの言葉に、わずかに揺らぐ。

 感情を捨てたつもりだからこそ、目の前の男に心底からの敬意を払いつつ──少女はまだ目を輝かすことができず、ただ申し訳なさそうに頭を垂れた。


「努力致します」


 こうして、一組のサーヴァントとマスターがいくさの中へとおどりこむ。

 えいゆうおうギルガメッシュと、土地を奪われた少女。

 彼らはこれがいつわりのせいはいせんそうと知りながら、ただ、我を通すためだけにすべてをける。

 このしゆんかんより、王と少女はくんりんする。

 偽りしかない戦のすべてを、おのれという偽らざる真実に塗り替えるために。


 王の戦が、幕を開けたのだ。