一方、その声に動きを止めたのは、アーチャーとて同じことだった。
口につけかけた瓶を持つ手を止め、そこで初めて、金色の王は強い感情を顔面に浮かび上がらせる。
仮に、彼を以前から知る者ならば、その表情について『滅多に見られるものではない』と驚きを見せることだろう。かの『王の中の王』は激高しやすく、決して泰然自若とはいいがたい存在であったが──果たして、こんな顔をすることがあるのかと。
「この声は……まさか」
彼の目に浮かんでいたものは、驚き、焦燥、戸惑い、そして──感動。
「……おまえなのか?」
ティーネはそう呟いた英霊の表情を見て、ほんの一瞬だけ、彼から王としての威圧感が揺らいだことに気がついた。
だが──次の瞬間、アーチャーの顔には王としての傲慢な威圧感が戻り、高く高く、ただひたすらに空高く笑い声を響かせる。
そして、一頻り笑い終えた後──。
「ハッ……なんということか! 斯様な偶然に巡り合うも、我が王たる証と謳うべきか!」
先刻までの退屈に満ちた表情が噓のように、彼の顔には歓喜と英気が満ちあふれていた。
「雑種の小娘よ! 喜べ、どうやらこの戦、我が本気になるべき価値となったようだ!」
らしくないことを口にしながら、胸が空いたとばかりに饒舌になる英雄の王。
「かの広場での決闘の果てに向かうも一興か。……いや、もしもあやつが狂戦士として顕現していたのならば、あるいは……いや、言うまい。雑種に一々拝聴を赦すことでもなかろう」
上機嫌になりつつも、自分が王であることは欠片も損なわず、くつくつと笑いながら咆吼の震源を見据え、傍らに跪いたままのティーネに声をかける。
「面を上げよ。ティーネ」
突然名前を呼ばれたティーネは、驚きながらも言われるがままに英霊の顔を見上げた。
すると、ティーネの手に、先刻まで王が手にしていた小瓶が投げ渡される。
「若返りの秘薬だ。貴様の齢で使う必要はなかろうが、今の我には不要となった。ありがたく拝領せよ」
「はッ……? は、はい!」
驚き目を開く少女に、アーチャーはわずかに視線を向け、威厳に満ちた声を口にした。
「我の臣下となるならば、一つおまえに命じておくことがある」
一方のアーチャーは、こちらには目もくれぬまま、だが、じつに機嫌のよさそうな声で王としての言葉を賜った。
「幼童ならば少しはそれらしくせよ。万物の道理のわからぬうちは、ただ王たる我の威光に目を輝かせておればいい」
それは皮肉混じりなのかもしれないが、あまりにも力強い言葉だった。
一族のために感情を捨てたはずの少女は、英霊の言葉に、わずかに揺らぐ。
感情を捨てたつもりだからこそ、目の前の男に心底からの敬意を払いつつ──少女はまだ目を輝かすことができず、ただ申し訳なさそうに頭を垂れた。
「努力致します」
こうして、一組のサーヴァントとマスターが戦の中へと躍りこむ。
英雄王ギルガメッシュと、土地を奪われた少女。
彼らはこれが偽りの聖杯戦争と知りながら、ただ、我を通すためだけにすべてを賭ける。
この瞬間より、王と少女は君臨する。
偽りしかない戦の全てを、己という偽らざる真実に塗り替えるために。
王の戦が、幕を開けたのだ。