Fate/strange Fake(1)

プロローグⅡ 『バーサーカー』 ②

「その覚悟をしてでもみんなが追い求めるものなんでしょう? ますます見たくなるじゃないですか!」


 あっさりと答える青年に、よく考えろと怒鳴ろうとしたが──。

 ──多分こいつは、よく考えても同じ答えを出す。

 という真理に辿たどき、別の方面からの問いを投げかけた。


「おまえは、それだけのために相手を殺す覚悟があるのか?」

「うッ……。殺さないで勝てる方法とかは……チェスで決めるとか……」

「ああすごい! 相手の魔術師がチェスの世界チャンピオンならしようだくしてくれるかもしれんな! チェスボクシングでもいいがね!」

「……むずかしい問題ですよね。他の英雄とかも凄く凄く見てみたいし、できれば仲良くなりたいじゃないですか! 英雄を六人も友達にできたら、これ、魔術師として凄いでしょ! 世界征服だって夢じゃないっすよ!」


 相手の話を聞かぬどころか、途中から趣旨が完全にずれているフラットの言葉を聞いて、エルメロイは完全に沈黙する。

 ところが、怒鳴りつけることもあきれることもしなかった。

 あごに手を当て、しばし何かを考えているようだったが──。

 やがて、ハっと正気に戻り、


「……駄目に決まってるだろう」


 と、にべもなく突き放した。


「ま、ま、ま、頼みますよ教授! いえ、グレートビッグベン☆ロンドンスター!」

「本人を目の前にして二つ名で呼ぶな! しかもよりによってその二つ名を選ぶか普通!? 鹿にしてるだろ、おまえ、絶対に私を馬鹿にしているだろう!」

「そこをなんとか! 教授にピッタリな新しい二つ名を考えてあげますから! ええと、ほら、『絶対領域マジシャン先生』とか!」

「死ね! 永遠に卒業できんまま死ね!」


         ×             ×


 結局冷たくあしらわれたフラットは、あからさまにションボリとしながら学府内をうろついていた。もう二十歳はたちになろうかという青年の姿にはとても見えず、「とぼとぼ」と口でつぶやきながら長い階段を下っていた。

 すると──


「あ、ちょうどよかった」


 と、階下にいた女性から声をかけられる。

 けいとうの事務員の女性で、手には大量の郵便物と──一つの小さな小包を抱えていた。


「これ、あなたのところの教授への荷物よ、渡しておいてくれるかしら」


 そうして、彼は先刻一方的に突き放されたマスター・Vへと荷物を届けることになったのだが──。

 ──うう、まだ怒ってるだろうな。

 と、ネガティブな想像をしつつ長い階段を上る最中──彼は箱の中身が気になって、透視のじゆつで中にあるものを確認する。

 それは、何か儀式で使われるような、まがまがしいデザインの短剣のようだった。

 次のしゆんかん、彼のまされた透視能力は、ナイフの刃に彫られためいを見て、全身に電流が走ったような感覚にとらわれる。

 ──これは……もしかして!

 ──教授……! !?

 自分勝手ここにきわまれりな勘違いをした少年は、その箱を持って走り出す。

 箱の中には色々と文字が刻まれていたが、自分にはまったく読めない文字だ。恐らくは異国の魔術的な説明書きか何かだろう。

 だが、その文字の内容を解読するよりも先に、彼は一心不乱に学舎の中を駆けだした。


         ×             ×


「やれやれ……また来たか」


 廊下の奥から走ってくる姿を見つけて、エルメロイⅡ世はあからさまに嫌な顔をしたのだが──フラットは手にした小包を掲げながら、せいはいせんそうとは無縁の言葉を吐き出した。


「教授ッ……こッ……こッ……この荷物ッ……おれッ……おれにッ!」


 百メートルをす距離を全力で駆けてきたせいか、急速に酸素不足となったフラットは息も絶え絶えにその箱を差し出した。

 一方の教授は、何事かと箱を見たのだが──そこに書かれていた住所や包装紙のロゴマークなどを見て、ああ、とうなずきながら尋ねかける。


「ああ、こいつは……なんだ、君はこれが欲しいのか?」


 その問いに対し、ヘッドバンキングをするようにブンブンと首をたてに振る青年。


「まあいい。君が欲しいならくれてやる。私には必要のないものだ」


 教授の答えを聞いて、フラットは人生で最大といってもいい輝きを顔の上に浮かべて見せた。


「ありがとうございます! 本当に……本当にありがとうございます! おれ、教授の弟子でしでよかったです!」


 半分涙ぐみながら駆け去っていく弟子を見て、あきれたようにつぶやいた。


「まったく、私の若いころとは正反対のやつだな。恐らく透視で中身を見たんだろうが……あいつ、そんなに欲しいものが入ってたのか?」



 数分後──。

 自室に戻ったエルメロイⅡ世は、しようの弟子の事を思い出しつつ、部屋の奥にある一つのだなを移す。

 物理的なものとじゆつてきなもの、二重にかぎをかけられた戸棚の前に立つと、エルメロイⅡ世はていねいにその鍵を外し、中にあったものを手に取った。

 それは、特殊な保管ケースに収められた、一枚の布地だった。

 見るからに年代物の一品であり、てたその生地には実用性などないだろう。

 だが、部屋のあらゆるものの中で最もげんじゆうに保管されていた事から、その布がただのれではない事を証明している。


「他のサーヴァントを従え、世界征服とはな……」


 先刻のフラットのざれごとを思い出し、彼はまゆしかめたまま口元をゆがませた。


「まさか、私の弟子からそんな鹿げた、ひびきを聞く事になるとは」


 そして、ケースの中の布地を、どこかきようしゆうはらんだひとみで見つめ、独り言を呟いた。


「どうしても止められぬようならば、これを渡す事も考えたが、そうならずに済んだことにかんしやすべきか」


 エルメロイⅡ世は眉を顰めたままあんの息を漏らすと、ケースのふたを閉じながら、弟子に渡した荷物の事を考える。


「しかし、私が言えた義理ではないが、個人宛の荷物を他人に届けさせるというシステムも考え物だな。別段重要なものでもなんでもないが」


「まあ、なんにせよ、あの景品でせいはいせんそうのことを忘れてくれるならばいいことだ」



 数カ月前──。


 教授は自室で趣味である日本産のゲームにきようじた後、ていねいなことに、ゲームソフトのパッケージにどうこんされていたアンケートハガキを記入していた。

 わざわざ高い切手をってエアメールで送るわけだが、その物珍しさが功を奏すのか、アンケートハガキの抽選による関連商品などが部屋の中に所狭しと並んでいた。

 もっとも、彼はそうした商品のほとんどに興味がなく、純粋にゲーム会社に意見を反映してもらうためだけに送り続けているだけなのである。


 そして、数カ月後──。


 本当に欲しい商品があれば直接注文して買いそろえるタイプの彼は、小包に書かれた日本のメーカー名を見て『またいつもの特典商品だろう』と判断し、目を輝かせながら迫ってくるフラットに開封もせぬまま贈呈してしまったのだ。

 彼の判断した通り、それはいつもの通り、ゲーム関連のプレゼントだった。

 彼はメーカー名から、ロボットを主体としたゲームのアクションフィギュアか何かだと思っていたのだが──。

 実際は、『大英帝国ナイトウォーズ』と書かれたシミュレーションゲームのものだった。


 そして、その特典の商品とは──────。


         ×             ×


数日後 スノーフィールド市 中央公園


 頭上にさんさんと太陽が輝く昼下がり。

 フラットは準備もろくにせぬまま飛行機に飛び乗り、そのままアメリカ本土へと渡航していた。

 せいはいせんそうについて、おおざつには調べたものの、彼は細かい点についてはまるで理解していない。

 そんな状態の、参加資格云々うんぬん以前の問題であるフラットなのだが──。

 彼は現在、自分の右手に浮かんだもんよううれしそうに眺めていた。


「カッコイイなあ、これ。れいじゆってのを使うと消えるのかな、これ」


 しげしげと手をさすり、時折何かをつぶやき──次のしゆんかん、がっくりと肩を落とす。


「消えちゃうみたいだ。よし、令呪は絶対に使わないようにしよう!」


 如何いかにして『使うと消える』というシステムを見抜いたのか、その場に『せいはいせんそう』の関係者がいたらつかみかかってきつもんするところだろう。