Fate/strange Fake(1)

プロローグⅡ 『バーサーカー』 ③

 だが、運がよかったことに、まわりには一般人の親子連れなどしか見あたらない。

 フラットはそのまましばしれいじゆを眺めた後、手にした布包みを開け広げた。

 中から出てきたのは、ひと振りのナイフ。

 まがまがしいデザインの、黒と赤を基調とした悪趣味な一品だ。

 歯止めはしてあるものの、刃の光沢などはどことなく高級感がある。


「でも、本当に教授にはかんしやしなきゃね。なんだかんだ言って、おれのためにこんなにカッコイイ遺物を用意してくれたんだから!」


 箱から取り出した後もみずからの勘違いに気付くことはなく、むしろ、より一層誤解を深めながらこの土地まで来てしまったのだ。

 そして──あろうことか、聖杯は彼を選び、聖杯戦争への参加資格である令呪をその身に宿らせたのだ。

 ただ、ナイフと令呪を見比べながら──彼は先刻と同じように、時折何かをつぶやつづける。


 30分ほど経ったころだろうか──。

 他の令呪の持ち主達が知れば卒倒しそうな出来事が、その公園の中で巻き起こる。

 それは正しく奇跡とでもいうべきもので、仮に彼のであるエルメロイⅡ世がここに居たら、とりあえず三度ほどひざりを入れた後でいらたしげに賞賛することだろう。

 奇跡と呼ぶべきか偶然と呼ぶべきか、あるいは彼自身の才覚を理由とするか。いずれにせよ、彼のしたことは、ある意味でこのいつわりの聖杯戦争に対する多大なるじよくであるともいえた。

 ただし、それを知覚したのは当のフラット本人だけだったのだが。



『問おう。なんじが我をしようかんせしマスターか?』



「は、はいッ!?」


 ヤケにハキハキとした声がひびわたり、思わず立ち上がって周囲を見渡すフラット。

 だが、周囲には家族連れやカップルがかつするのみで、今しがたの声の主がどうにも見あたらない。


『今の返答は肯定と見ていいのかね? ならば契約は完了だ。共に聖杯を望む者同士、仲よくやっていこうではないか』

「え? ええッ!?」


 首を上下左右にはげしく動かすが、やはりどこにもそれらしき姿は見あたらない。

 混乱する青年を余所よそに、声はなおも語り続ける。


『なんと……さいだんもなく、こんなしゆうじんかんの中でサーヴァントのしようかんを行うとは、我がマスターとなる者は中々にごうなことよ! ……いや、待て……。祭壇がないということは、もしや召喚のじゆもんもなしか!?』

「え、ええと……すいません、色々りよくの流れとかいじってるうちに……なんか、『つながっちゃった』みたいですね。いや、すいません、こんな召喚の仕方で」

『ふむ……まあいい、それだけ優秀なじゆつということなのだろう』


 どうやらサーヴァントらしき存在の声は、みずからの頭の中にひびいているようだ。

 自分の中から、れいじゆを通して魔力が『どこか』に流れていくことを確認しながら、フラットは恐る恐る自分の頭の中に話しかけた。


「あ、あの……どうにもおれ、いや、私、感動のタイミングを逃してしまったみたいなんですけど……サーヴァントって、みんなこういう感じなんですか?」

『いや、私が特殊なだけだ。とくに気にしないでくれたまえ』


 サーヴァントの声は思ったよりも気さくな調子で、奇妙なことに、しんふうではあるが具体的なじようはまったく感じさせない。


『何しろ私には、確たる「素性」というものがないのでな。姿も形も、如何いかようとでもいえるし──如何様にもいえぬという次第だ』


 男なのか女なのか、老人なのか子供なのか、どのようなしよくぎようについているのか、普通ならばどこか声に表れるものなのだが、頭の中に直接響くその声はおどろく程に特徴がなく、まるで顔のない怪物とでも会話しているような気分になる。


「あの……貴方あなたの名前を聞かせていただいてかまいませんか?」


 ふと、そう尋ねてみた。

 自分が手にしたナイフの出自が事実ならば、その正体は自分の想像通りのはずだ。

 だが、フラットの中ではどうしても頭の中の声と、彼のイメージする『えいれい?』との印象が一致しない。

 頭の中で『英霊?』としたのは、フラットにも、それが『英雄』と呼ばれるたぐいの存在ではないと知っていたからだ。

 だが、恐らく──英国産の映画や小説が普通に出回る国ならば、ほとんど知らぬ者はいないだろう。もっとも、知名度ではシャーロック・ホームズやルパンに劣るだろうが──彼らと違い、その存在は過去に確実に実在した存在である。

 何故なぜか問いかけに返事はなく、フラットは不安げに視線をおどらせたのだが──。

 その視界の中に、不意に黒を基調とした大柄な男の姿が目に入る。


「あ、やっとけんげんしてくれたんですか!」

「何を言っている?」


 げんな顔をする男の姿を見て、フラットはアッと声をあげ、途端に顔を真っ青に染め上げた。

 黒い服なのは当たり前だ。

 腰にけんじゆうをぶら下げたけいかんが、いかめしい顔をして噴水に座る自分を見下ろしていたのだから。


「ナイフを握って独り言とはあやしいやつめ」

「い、いや! あの! 違うんです!」


 おおあわてで弁解を始めようとするフラットだったが──。


おどろいたかね?」


 と、眼前の警官が突然柔和な態度となり、手にした警棒をフラットに持たせる。

 それは質感などは本物の警棒であったのだが──その質量が、途端に手の中から消え失せる。

 驚いて前を見ると、そこにはすでに警官の姿など存在せず、代わりにせんじようてきな服装の女が一人たたずんでいた。

 そして、その女性が、女の声のまま、先刻頭の中にひびいたものとまったく同じ口調の言葉をつむす。


「自己紹介の前に、私の特性を理解してもらおうと思っただけだ」

「え? え? あれ!?」


 さらに驚くフラットの前から、いつしゆんにして女の姿が消え去り──。


『驚かせてすまない。我がマスターよ。実際に見せたほうが早いと思ってな』


 声は再び、頭の中に。

 周囲にいた家族連れの何人かはその『異常』の一端を目にしていたようで、目をこする者や首をかしげる者、「ママ、おまわりさんが女の人になって消えちゃった」などと言って親に笑われる子供など様々だった。

 その様子や、目の前に残るハイヒールの足跡などを見ても、今しがた見た者が幻覚などではないと確信できる。

 いぶかしむ一般人達を置き去りとし──真実は、青年の頭の中でだけ明かされる。


『では、改めて自己紹介するとしよう。我がしんめいは──』


 フラットはゴクリ、と息をみ、相手の言葉の続きを待った。

 彼はこのサーヴァントの正体を知っている。だが、真命はその『伝説』にとって、まったく別の意味で重要な意味合いを持つ。

 彼は期待をこめて相手の声が脳内に響くのを待ち続けたのだが──。

 サーヴァントの答えは、彼を別の意味で驚かせる結果となった。


『正直な話、

「ちょっとッ!?」


 思わず中腰になる青年だが、中腰になったところでつかみかかる相手もいないことに気付き、恥ずかしそうに周囲を見回しながら腰を下ろす。

 そんな青年の様子を相手にすることもなく、声は、やはり感情も特徴も感じられない調子でみずからのじようを語りだした。



『私の本名を知る者が居るとすれば──恐らくは、伝説ではない、真実の私と……あるいはその凶行を止めた者だけだろう』



         ×             ×


 フラットの持つナイフは、実際遺物などではなく、イミテーションに過ぎなかった。

 だが、そのえいれいに限っていえば──。

 大衆向けとして作られたイミテーションだからこそ、より強くたましいを引き寄せられたともいえる。


 そのサーヴァントに名前などなく、だが、確実にこの世界に存在したあかしはある。

 だが、人々はだれもその正体を知らない。

 姿すらも、本当の名前すらも、男なのか女なのか、

 いや、果たして人間であるのかさえ。


 恐怖の象徴として世界を恐れさせた、性別すらわからぬ『彼』は、やがて人々の手によって様々な姿に想像され、数多あまたの物語や論文の中に記され続けてきた。

 あるいは医者、

 あるいは教師、

 あるいは貴族、

 あるいはしよう

 あるいは肉屋、

 あるいはあく

 あるいはおんねん

 あるいはいんぼう

 あるいは狂気。