アリソン

第一章 「アリソンとヴィル」 ⑤

 アリソンも言葉に詰まった。しばらくせんを泳がせた後、


「そう! おもしろい話があった。会ったら話そうと思っていたんだ」


 楽しそうに言った。ヴィルに向け人差し指をぴっ、と立てて、


「わたし、この前ラブレターをもらったのよ!」

「……ふうん」

「〝ふうん〟、って、それだけ?」


 アリソンがにらんで、


「いや。まあ……」


 今度はヴィルが視線を泳がす。


「それがおもしろい話だから、かつに続けるわ。なんとその差出人は、かわこうの人」


〝河向こう〟に反応して、ヴィルは驚いてアリソンを見た。アリソンは楽しそうにヴィルを見ていて、目が合った。


「……どうして?」


 ヴィルが、これ以上ないほど真剣な顔で聞いた。


「半月ちょっと前に、ロクシェ空軍と向こうで、合同のきゆうなん訓練があったの知ってる?」


 ヴィルはうなずく。


「ラジオで聴いたし、新聞でも読んだ。両方の軍が同じ場所で何かをして、初めて死人が出なかったって書いてあった。にくたっぷりに」

「そう。水上飛行機を使って、そうなんした船乗りを救出する訓練。ルトニ河の広いところの、かんしよう地帯の島で行われたの。たてまえ上は、最近まとまった漁業協定で河に出る漁船が増えるから、〝その救難時に突発せんとうにならないような連絡方法と緊急信号の取り決めとルール作り〟ってこと。でも本当は、両方とも自分達の飛行士がちやくしたときに助ける方法をはかりたかっただけなんだけれどね。それでも、みつげつだってことで実現して、うちの部隊から数人が機体運びに参加して、わたしも頼み込んでついていったの。控えの控えのそのまた控えの飛行士っていうことだったんだけれど。で、その時にスー・ベー・イル空軍の若い空軍しように、たどたどしいロクシェ語で話しかけられたのよ」

「それで?」

「彼の第一声がこうよ。『こんにちは。あなたはロズメーツたいの娘さんでしょうか?』──ちなみにロズメーツ大佐ってうちのかんね。バカンス気分で、近くの町まで家族を連れてきていたの。わたしはカチンときて、『いいえ。自分は飛行士としてここにいます』って半分うそでも言ってやったの」

「そしたら?」

「そしたら、向こうはいたく感激して、まずれいびて、それからわたしをお茶に誘ったわ。とは言っても、てんまくの下のと机だったけれど」

「で?」

「おもしろそうだったからついていって、向こうの兵士達にとんでもなく注目されて、飛行機についてお話しして、少しだけ盛り上がって──その時はそれっきり。訓練が終わって四日ったら部隊に手紙がきたわ。隊長あてに。わたしと正式につき合って、手紙を交わしたいってさ」

「…………。それ、けんえつされていただろう?」

「もちろん。でも、ちゃん届いたわよ。でね、部隊ではちょっとした話題になって、勇気のあるかわこうの士官をたたえてはやし立てて、結局はわたしが、角が立たないようにお断りの手紙を書いた、と。けつこう格好いい人だったんだけれどね」

「…………」


 黙り込んだヴィルに、


「驚いた?」


 アリソンが少し自慢げにたずねた。


「驚いた。驚いたよ……。それに感心もした。うん。驚いた」


 ヴィルが、アリソンを見ながらつぶやいた。


「でしょう?」


 きんぱつを揺らしながら、アリソンが楽しそうに言う。そしてヴィルは、まったく違うところを見ていた。


「そんな段階まで大丈夫なのか……」

「はい? 何が?」

「両方の関係がさ。軍事交流があっただけで驚いたけれど、軍人同士がそんなに気軽に話して、ましてや手紙が送れるなんて思ってもみなかった……。アリソン、とりあえず手紙だけでもやりとりしようって返事を出せばよかったのに──いてっ」


 アリソンはヴィルをたたいた。


    *  *  *


 ヴィル運転のサイドカーは、畑の中を走っていた。道は一段高くなっている。土を固めただけで、舗装はされていない。

 アリソンは、そくしやからのんびりと景色をながめていた。畑の作物と、地平線と、遠くに中央山脈の山々。

 何もないところで、ヴィルが速度を落とした。前を見ながら、アリソンに話しかける。


「そう言えば先月、僕はカアシに行った」

「……先月ってことは、例のお祭りでしょう?」


 アリソンは顔をヴィルに向けた。ヴィルがうなずく。


「それは、ちょっといいな。楽しかった?」

「それが……、遊びに行った訳じゃなくて、しやげき大会に出たんだ」

「ヴィルが? どうして?」


 アリソンが驚いて聞き返した。ヴィルは運転しながら、のんびりとした口調で話す。


「春学期に友達に誘われて、拳銃しやげきの体験授業を取った。軍事学の将校ていの。それまで鉄砲なんてったことなかったから、おもしろそうかなって。そうしたら、『お前はすじがいい』なんていきなりめられて……、次の日から強引に射撃部に入れられた。まあいいかなと思ってしばらく教わっていたら、今度はとつぜん学校代表にされて、カアシ祭に出ろって言われた。その時は、ついこの前卒業したせんぱいに、ものすごにらまれた……」

「それは、そうでしょう。ラプトア共和国の射撃部なんて、一度はあの祭りに出て、みんなの前で撃ちたくて練習してるんだから」


 アリソンがあきれながら言った。そして、


「それで、結果はどうだったの? 何かもらえた?」


 軽いようで聞いた。


「六位だった」


 ヴィルがぼそっと答えて、


「なんですって? 六位?」


 アリソンはそくしやから身を起こして、大声で返した。ヴィルがちらっと顔を向ける。


「立つと危ないよ。──偶然だったのか、たまたま調子がよかったのか。緊張していて、よく分からない間に始まって終わったみたいだった。でも、みんながめてくれたし、せんぱいにらまなくなったし。面白かったよ」


 アリソンはゆっくりと座った。


「それは、そうでしょう……。はー、驚いた。どうしてそれをさっき言わないのよ?」

「なんか、自慢したいみたいで」


 ぽつりと言ったヴィルに、アリソンが人差し指をさす。


「ヴィルはね、何度も言うけれどもっと自分を誉めた方がいいわ。多少まんしてもいいの!」


 そしてその手を開いて空に向けて、


「──って、そんな性格じゃないか。いいわ。代わりにわたしが、今度からとなりでヴィルのことを自慢してあげる。〝この人は、八七年カアシのしやげき大会六位入賞者よ!〟って。決まりだから」


 ヴィルは、苦笑いと照れ笑いの中間の顔を作った。


「ヴィルに鉄砲って向いているのかもね。ほら、のんびりやさんほど射撃はいって」

「そう言ってくれたのは、アリソンで二十七人目だよ」

「数えてるの?」


 アリソンが聞いて、


「いや。覚えてるだけ」


 ヴィルは何気なく言った。アリソンはふーんとつぶやいた。そして、


「射撃の腕がいいのはいいな。わたしなんか、拳銃の訓練で五メートル先のスイカに当たらないのよ。隊長には、『そんなんじゃせんとう機に乗ってもたまだろう』なんてあきれられるし。そもそも、手で撃つのと飛行機で撃つのとじゃ全然違うわよね?」

「……僕に聞かれても」


 細い道は、用水路をまたぐときに橋になる。

 石橋のらんかんに、老人が一人座っていて、空を見ていた。空の下には、中央山脈のみねみね

 七十歳を過ぎたほどの男性で、頭は禿げ、残った頭髪もほとんどが白髪しらが。あちらこちらにあて布があるチェックのシャツに、農作業によく使われるサスペンダー付きのズボン姿。

 老人は、遠くからやってくるサイドカーを見つけた。


「ああ。あのおじいさんだ」


 ヴィルが、道の先で手を振る老人を見て言った。速度とギアを落とす。


「知り合い?」