アリソン

第一章 「アリソンとヴィル」 ⑥

「知り合いかどうかはともかく、うちの学生であの人を知らない人はいない。町はずれの一軒家に一人で住んでいて、何をやってるのか全然分からないんだ。毎日町や草原をぶらぶらしていて、たまに学生をつかまえて、変なうえばなしばかりする」

「変なって?」

「いろいろ。自分はかつてとある王家でしつをしていたとか、ダイヤモンド鉱山を持っているとか、鉄鋼業界で財をなしただいごうだとか、首都大学の学長をしていたとか、ごう客船の船長をしていたとか、著名な作家だったとか、とつきよをいくつも持っている発明家だったとか……」

「なにそれ」

せんぱいいわく、まあその……、どっかの病院から逃げ出してきたんだろうって。学校のみんなは、〝うそつきじい〟って呼んでる」

「ふーん」

「たぶん、家まで乗せていってほしいって言うと思うよ、だいぶ前にも一度あった」


 ヴィルは、道をふさいで両手を振る老人の少し前でサイドカーを止めた。彼は、老人とは思えないほど素早く駆け寄って、


「やあ! いつも勉学にいそしむ上級学校の優秀な学生さん。……と、なんともれいきんぱつのお嬢さん。すまんがわしの家まで乗せていってくれないかね? 散歩をしていたんだが、ちょっと疲れた。なあにすぐそこだよ。きのじゃまはしないよ。もしよかったら、ウチでのんびりしていってくれてもいい」


 ヴィルが軽く周りを見渡す。草原しか見えない。質問をするために、そくしやのアリソンに向いた。すでにアリソンはおりていて、


「どうぞ」


 老人にその席をゆずる。


「おおこりゃすまんの」


 老人は側車に、アリソンはヴィルの後ろのサドルに座った。


「いいの?」


 ヴィルが振り向いて聞いて、


「どうせそのつもりだったんでしょ? ヴィルが頼まれて断る訳ないし。それに──」


 アリソンは笑いながら言う。


められたし。──ヴィルが」


 すぐそこと言われた老人の家は、たっぷり十キロは離れていた。

 バス道から外れて、だれも通らない細い道を行く。やがて、数本の木に囲まれた小さな家が見えてきた。あかれんづくり。本当に小さな、必要最低限の大きさで、電気も通っていない。

 井戸の前に、自転車にエンジンをつけたような、小さなバイクが置いてある。ヴィルは、そのとなりにサイドカーを止めた。エンジンを切る。


「いやあ、助かったよ。どうもありがとう。とてもていねいな運転だな。感心した」


 老人がそう言いながらそくしやからおりた。同時に、家の中から女性が一人飛び出してきた。四十代後半ほどのお手伝いさんだった。こんいろのスカートにエプロン姿。


「おじいさん! 今までどこに行ってたんですか!」


 彼女はエプロンを脱ぎながら、いきなり大声を出した。


「まったく! こっちの都合というのもあるんですからね。戻ってこられないんでしたら遠くまではいかいしないでください。お買い物に行く時間がなくなります!」

「いやあ、すまんすまん」


 老人が、少しも申し訳なさそうではない態度で言った。


「そうそう、こちらは乗せてくれた親切な学生さんと、そのお知り合いのきんばつさん。お二人さん、こちらは家のうるさいまかないさんだ」

「うるさいはけいです。私は町に行きますから。学生さん達にお茶をお出しするのでしたら、準備はできていますから」


 そう言い残し、お手伝いさんは小型バイクに乗ってエンジンをかける。


「きぃつけてな」


 老人が言うと、彼女は振り向いて、驚いたようで彼を見た。


「はい」


 小さく言い残して、小型バイクは走り去った。そして老人は、二人をお茶に誘った。


「せっかくだから、午後のお茶でのんびりしていきましょ。どうせ予定ないし」


 アリソンはそう言って、そつせんして小さな家の中に入る。ヴィルが続いた。

 ドアを開けてすぐに小さなテーブルがあって、イスが三つ。かべぎわにはだいぶくたびれたソファ。中央にはまきストーブ。その上で、やかんから湯気が立っている。だなには、ポットとカップとちやつの缶が用意されていた。


「ああ、二人とも座っていていいよ。すぐにできる」


 老人はそう言うと、手際よくポットにお茶を作り、テーブルに持ってきた。アリソンとヴィルは、礼を言ってカップを受け取った。

 老人は自分の分もなみなみとついで、イスに座った。


「いや。疲れたらお茶だな」


 楽しそうに老人が言った。お茶をひとくち飲んだアリソンが、


「おいしい! こんなおいしいの初めて飲んだ」


 ヴィルも飲んで、静かにうなずく。


「おいしいです」


 老人がぱしんと手をたたいて、


「それはよかった。何せこれは、スターツ王室ようたつの品だからな。普通の人には、まず手に入らん。わしは若いころなつおうきゆうにわをしていたから、特別に分けていただいてるんだ」

「へえ、いいですね。──で、その話もうそなんですか?」


 アリソンが聞いた。ちょうど飲み込もうとしていたヴィルがむせた。


「アリソン……」

「だって──」

「あはははは! 実は本当じゃあないんだ。すまんな。王家は全然関係ない。そう言えば庭師もしたことないなあ」


 老人はごうかいに笑い、そしてまったく悪びれずに言った。


「やっぱり」


 アリソンも楽しそうに言った。ヴィルは老人を見て、


「以前せんぱい達と一緒にごちそうになったときは、いま首都で一番売れているお茶で、こっちに回ってくるほど数が作れないいつぴんだって聞きました」

「おお。よくそんな昔のことを覚えているな。……一年以上前だろう」


 老人がいたく感心したようで言う。


「ええ。それは本当ですか?」

「いいや。すまんな」


 老人が正直に答えて、アリソンは笑った。


「お嬢さんも、あそこの学生さんかい?」

「ううん。私はそんな頭よくないからとっくに働いてるわ。休暇で遊びにきただけ」


 老人は頷いた。


「ヴィルはもちろん学生で、成績もよくて、カアシ祭のしやげき大会で六位入賞」


 アリソンは、ヴィルの背中をはたきながら言う。


「ほお、それは大したものだ。自慢していい」


 老人が目を大きくして言った。


「でしょう?」

「ただ、わしにはやや及ばんな。わしが若い頃は、優勝が四回、二位が三回だった。あまりに勝ちすぎて、もう出るなって言われたよ」

「それもすごいわね。──たとえ嘘でも負けてるわよ、ヴィル」


 アリソンがヴィルを指さして言う。


「これからがんばります」


 苦笑いしたヴィルがそう答えて、老人とアリソンは、同じように笑った。


「いやあ、お嬢さんはなかなか楽しい人だ。学生みんながそうだと、わしも一生退たいくつしなくてすむのになあ。お代わりはどうだい?」

「いただきます」


 アリソンが二杯目をもらって、老人はヴィルにも勧める。ヴィルはねこじたですからと言って、まだ残っているカップを見せた。

 自分のカップについだ後、老人はイスに座った。


「ところで、だ。お二人さん。退屈しのぎにもう一つ、おもしろい話をしてあげよう。これはまだ、あまりおおぜいに話してないんだがな。聞いて、どう思うかな? ……実はな、わしはな」


 老人はさんざんもったいぶって、そして言う。


すごい宝のありを知っているんだ」

「宝?」


 言い返したアリソンがヴィルを見た。ヴィルはカップに口をつけながら、にがい顔をして小さく肩を動かした。


「ああ、宝だ。興味はないかい?」


 老人が身を乗り出して言った。アリソンが聞く。


「それ、本当の話ですか?」

「ああ。わしはたくさんでまかせを言ってきたが、実はこれだけは本当だ」


 老人が、しんぴようせいのない台詞せりふを言った。


「もしうそだったら、わしの命をあげてもいい。まあ、残り少ないけれどな」


 そう言いきった老人を見て、数秒ってからアリソンは、


「そう……。興味あるわ。──どんな宝?」

「凄い宝だ」

「いくらくらい?」