アリソン

第一章 「アリソンとヴィル」 ⑦

「お金にはとても換えられない。価値がありすぎてな。ただ……」

「ただ?」


 二人と会話を見聞きしながら、


「うん。おいしい」


 ヴィルがのんびりとお茶を飲んで小さくつぶやいた。


「ただなあ」


 老人はアリソンをがんこう鋭くにらむ。アリソンも睨み返した。


「その宝は、ロクシェとスー・ベー・イルの間の戦争を終わらせることができる。それだけの価値のある宝だ」


 老人はそう言った。ヴィルが老人を見た。


「どうだ、すごいだろう?」


 誇らしげに老人が言った。


「それが本当なら、凄いわね。でも、どうやって知ったの?」


 アリソンがたずねた。ヴィルはカップを持つ手を下ろし、二人の会話をじっと聞く。


ぐうぜん見つけたんだ。大戦中にこの近くで行われた、ロクシェの毒ガス作戦を知ってるかい?」


 アリソンがうなずいた。


「ナントカちゆうと特殊たいの話でしょう。昔パパに聞いたわ」

「ああ。そしてわしはその隊員の一人だった。作戦の帰りに、本当に偶然に宝を見つけた。そりゃあ驚いたよ。しかしとても持って帰れるようなものではなかったから、全員で秘密を守ることにして、その場に残してきた」

「マクミラン中佐以外は、全員せんしたと歴史で習いましたが……?」


 ヴィルが発言する。老人は、


「それは陸軍がついたうそだな。本当は全員だったんだが、スパイのほうふくを恐れて、そう嘘をついたんだ。さらに言うなら、マクミラン中佐という人は実在しない。毒ガスを使ったことを非難されて、そのほこさきをかわすための、くうの人物なんだ。驚いたかい?」

「……それが本当なら、僕が教師に教えられてきたのは〝いいかげんなこと〟になります」


 ヴィルの言葉を聞いて、老人はにやりと笑った。


「歴史とは、常にいいかげんなものだよ。重要なのは〝真実をどうやって伝えるか〟ではなく、〝何を自分達の都合のいいように伝えるか〟だからね」

「…………」

「じゃあ、なんでその宝を発表しないの?」


 アリソンが聞いて、


「んー……、宝があまりにも凄すぎてな。みんな恐れをなしてしまったんだな。それに……、ほら、発表だけじゃ信じてもらえないだろう。何かしようを見せつけないと」


 老人の歯切れが急に悪くなる。


「じゃあ、なんで取りに行かなかったの?」

「そりゃあ……、戦中や戦後すぐは、混乱していたからなあ。おまけに、宝のあるところはスー・ベー・イルのせんりようだった」

「今は?」

「……かんしよう地帯の内側、だな。だれも住んでいないところだ。いやあ、おかげですぐに誰かに発見されるわけでもないし、安心しているよ。もし誰かが発見したら、それでもまたよしだ。わしは無欲だから、別にどうでもいい。いまさらお金持ちになってもしょうがない。素晴らしい宝のありを知っているだけで十分だ。いつかだれかに発見されることを心待ちにしているんだ。どうだい、夢のある、おもしろい話だろう?」

「おもしろいわ。──本当に、あるの? そこに行ったら、絶対にすごい宝がある?」

「ああ」


 老人はうなずいた。


「発見者は英雄になれる?」

「間違いないな」

「ふーん……」


 そうつぶやいて、アリソンは考え込む。


「信じるかい?」


 老人が聞いた。ヴィルはこたえず、アリソンを見ていた。


「信じてもいいわ」

「おお。それはうれしい。もう一杯どうだい?」


 老人は顔をほころばせて、ポットに手をかける。アリソンは左手を振って、


「お茶はもういいわ。それより──」

「ん?」

「信じるから、その場所を教えて。わたしがおじいさんを連れていってあげる。わたしとヴィルの名前で発表しましょう」


 老人の手が止まった。


「…………。し、しかしなあ、サイドカーでは行けないな」

「それなら心配ないわ」


 アリソンはそう言うと、かばんから自分の飛行ジャケットを出した。


「これを見て」


 アリソンが突き出して広げて見せたジャケットには、えりくびかんであるちようかいきゆうしよう、右胸と左胸に空軍と名字のしゆう、そして左腕には、セロンのやり

 老人は、しわだらけの目を見開いてつぶやく。


「これは、驚いた……。お嬢さんは軍人さんだったのか」

「空軍よ。わたしのしよぞく部隊は、飛行機を飛ばしてあちこちに運ぶのが任務なの。近くを飛ぶ任務があれば、こっそりおじいさんとヴィルを乗せて、そこまで連れていってあげる」

「アリソン……。そんなことをして大丈夫なの?」


 ヴィルが聞いた。アリソンはヴィルを見て、当たり前のように言う。


「ううん」

「〝ううん〟って……」

「間違いなくえいそうりだけれど、でも、結果的に価値のある宝を見つければそうさい以上でしょう? ──どう、おじいさん?」


 アリソンが顔を向けると、老人はまだジャケットを見ていた。


「驚いたなあ。お嬢さんのような軍人がいるとはなあ……。時代は変わったもんだ。ちょっとよろしいか?」


 老人はアリソンのジャケットに手を伸ばした。アリソンから受け取ると、セロンのやりしゆうを見て、そしてかいきゆうしようのあるえりもとへ手をやる。しばらく指ででるように触った後、


「〝おお。親知らずの小鳥はまでも飛んでいく〟、か」


 小さくつぶやいた。


「ん? ──どう、行かない?」


 アリソンが身を乗り出してたずねる。

 老人は、アリソンにジャケットを返した。小さく何度かうなずいて、


「うん。君達は楽しいな。教えてみるのも、おもしろいかもしれないな」


 そして一度せきばらいをした。