アリソン

第二章 「誘拐と放火と窃盗」 ①

「そうだな、何から話そうか──。ん?」


 老人が口を開くとほぼ同時に、家の前で自動車が止まる音がした。次いで、車のドアが開いてそして閉まる音。

 老人は発言を途中でめて、家のドアを見た。すぐにノックされた。


「なんだい? 開いてるよ」

「失礼します」


 そう言いながら、三十歳ほどの、背広姿すがたの男が入ってきた。


「……!」


 男は、自分を見るアリソンとヴィルを見て、一瞬おどろいて動きが止まった。そしてせきばらいをして、老人にていねいな口調で話しかけた。


「失礼ですが、あなたがこの家のご主人でいらっしゃいますか?」


 老人がうなずく。


「わたくしは、地方役場のぜい課の者です。あなたと、この土地の税金についてのお話がしたくて参りました。えっと、……そちらの方達は? ご家族ですか?」


 男はアリソンとヴィルを、手のひらで示してたずねた。


「お客さん……、だな。住んでいるわけじゃないよ。そんなに驚かんでくれよ」

「なるほど、そうですか。いや、お一人と聞いていたので」


 男はそう言ってうなずいた。ヴィルの顔色が変わった。目つきが、ほんの少しだけけわしくなった。

 男は老人に向かい、


「申し訳ありませんが、これから、わたくしと一緒に役場までお願いできますか? ここでは専門的な話はできかねますので──」

「ちょっと! 私達、お話の途中だったんだけれど」


 アリソンが、みつくように言って、男がやりにくそうに顔を引いた。


「あ……。しかしですね……」

今日きよう、今じゃないといけないかね? 断ったら?」


 老人が聞いた。男は渋い顔をして首を振ると、


「わたくしは、今日中にお連れしろという指示を受け取っています。正式な書類もあります。お見せしますか?」


 そして背広の内側に手を伸ばした。老人はそれを見て、ふう、と声に出して肩を落とした。


「ああ、分かった分かった。役人さん、一緒に行くよ。もんは役場で言わせてもらう」

「そうしていただけると助かります」


 男は言いながら、立ち上がった老人の背中に手を添える。老人は、ぶつちようづらのアリソンに、


「すまんがお嬢さんに学生さん、お話は後でだ。のんびりしていきなさい。まりはどうでもいいよ。盗まれる物はないし」


 そう言い残して、ドアに歩いていった。


「えっ。ちょ、ちょっと……」


 アリソンが言ったが、老人と男は止まらず、家から出た。

 アリソンも外に出て、それを見たヴィルも立ち上がって追った。家の前に、自動車が一台止まっていた。黒塗りで最新型の高級車。後部座席や後ろの窓には、白いレースのカーテンがかかっている。

 男は老人を後部座席に誘い、老人が乗り込む。その際アリソン達を見て、老人は笑顔で手を振った。


「それでは、わたくしたちはこれで」


 男が言って、助手席に乗る。運転手が、すぐに発進させた。車は、たいして広くない道のひだりはしを走り出した。そしてすぐに、右側に大きく寄って、走り去っていった。


「なにあの人? 役人だか仕事だか知らないけど、失礼すぎない?」


 アリソンが、ふんがいしながら言った。だいぶ小さくなった車は、道のうねりによって見えたり見えなかったりを繰り返している。

 アリソンは空を見上げ、太陽の位置で時間を計った。確認のためにうで時計も見る。昼は半分を過ぎていた。


まりして行きましょ、ヴィル」


 そう言って家に戻ろうとして、


「……どうしたの?」


 ヴィルの真剣な顔を見て、立ち止まった。ヴィルがアリソンを見て言う。


「変だよ」

「何が?」

「あの人が。役場からきたって言ったのに、なんで僕達を見て驚いたり、家族ですかなんて聞いたりしたんだろう? そんな、分かり切ってることを」

「……どういうこと?」


 ヴィルは、自分達のすぐ脇に止まっているサイドカーを指さした。


「これを見れば、うちの学生か教員がいるって、ネイトの人ならだれにだって分かるんじゃ──」


 言い終わらない内に、アリソンは鋭い目つきでヴィルを指さした。

 そして家に取って返すと、自分のジャケットをりながら、かばん二つとヴィルのうわを持って戻ってきた。ヴィルに上着を投げて渡す。かばんそくしやに放り込み、ジャケットのポケットからゴーグルを取り出す。バイクにまたがって、


「アリソン?」


 近づいてきたげんそうな顔のヴィルに、


かぎ!」


 鋭く言い放った。


 サイドカーは突っ走っていた。

 運転するのはジャケットを着て飛行ゴーグルをつけたアリソンで、側車ではヴィルが手すりにしがみついていた。

 エンジン音と風切り音、そして道が悪いことによる振動音に負けないように、ヴィルは大声でる。


「追いついてどうするの? アリソン」

「話を聞くのよ!」

「…………。それで?」

「それで……。とにかく話を聞くのよ。〝役人〟さんに! 身分証を見せてもらいたいわ!」


 ヴィルが何か言おうとして、さらに加速したサイドカーの揺れに、手すりを握り直した。


「速すぎだよ!」


 ヴィルが思わず叫ぶ。直後に、アリソンはぐっと速度を落とした。


「ありがと」


 ほっとしたヴィルの礼と当時に、


「見つけた!」


 アリソンが鋭く言った。

 どこ? とヴィルが聞いて、アリソンは、進む先の左前を指さした。どんなに捜しても、ヴィルには畑しか見えなかった。

 アリソンは速度を落とし、さらに細い道へと左に曲がった。再び加速する。ようやくヴィルの目にも、道の先にある小さな点が見えてきた。先ほどの車だった。


「どこ行くつもりかしら?」

「町、じゃない……。まったくの反対方向だ。向こうには……、たしか農地のほかは何もないよ」

「それは、ますますあやしいじゃない」


 アリソンは楽しそうに言った。


 サイドカーが追いつくと、車は急に速度を落とした。

 アリソンは十メートルほど後ろから、けいてきを何度も鳴らす。車はさらに速度を落として、しかし止まらずに、そのままゆっくりと走り続けた。

 ふんがいしたアリソンが言う。


「何あれ? ──追い抜いて、前に止めるわ」

「無理だよ。幅が足りない」


 ヴィルが言った。みちはばは車一台半ほどしかない。かたは、一メートルほど下のきゆうかんへと斜面になっていた。


「…………。このっ」


 悔しまぎれに、アリソンは警笛をさらに鳴らしたが、車はからかうようにていそく運転を続ける。


「こうなったら、ねんりよう切れるまで追いかける!」

「そんなちやな……」


 ヴィルが言ったとき、車が道の中央に寄った。進む先に幅の狭い橋があった。

 アリソンも、うるさく警笛を鳴らしながら、サイドカーを中央に寄せる。


「ん?」


 車の右後ろの窓から、何かが出てきたことにヴィルが気づいた。それは人の手で、握っているのは黒くて小さい、細長い物。

 先端のまるつつが、こちらを向いた。


「……! アリソン! 銃だ!」


 ヴィルが叫んた。そくしやから立ち上がって、アリソンのジャケットをつかんで引っ張った。


「わっ!」


 驚いたアリソンが側車に乗って、運転手をなくしたサイドカーがぶれる。ヴィルはアリソンを掴んだまま、かたに飛び降りた。

 二人は、雑草だらけの斜面を転がり落ちた。空のあおと草の緑が、こうに何度も見えた。

 無人のサイドカーはバイク側に曲がるように進んで、橋のらんかんに側車をぶつける。反動で半回転して、載っていたものをぶちまけて、横倒しになって止まった。

 車内へと、手が引っ込む。車は速度を上げて走り去った。


 アリソンは、路肩と農地のさかいで仰向けになっていた。ゴーグルの上に雑草がかぶさって、かいは緑におおわれていた。

 軽く手足を動かした。動かないところも、痛いところもない。


「ん?」


 ふと、自分に何かが乗っていることに気がつく。ジャケットははだけていて、シャツの上から、胸を押す奇妙なかんしよくがあった。

 アリソンは、ゆっくりと雑草を払いのけた。


「ヴィル……?」